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第五章 境界、揺らぐ
「こんな小せえ普通の村なのに、女子供まで……ひでえ話だ。レリウス、なんとかこいつら浄化してやらねえとな……」
 と、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)を見やったハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、あれ?、と首を傾げた。
「おいレリウス? なんかものすごくやる気満々に見えるんだけど。なあ、嫌な予感するんだけど気のせいだよな?」
 たらり、とこめかみの辺りをイヤな汗が伝う。
「あそこの殺気立ってる方々の所に行ったり……しやがったあああああ!」
「戦争による死者は、生き残った者の糧となり、次の生の礎となる。無駄な死などない」
 レリウスが思い出す、師とも兄とも慕っていた、団長の言葉。
 兵士として、傭兵として戦っている間、同朋が、仲間が何人も死んだ。
 その度に団長はそう言っていた。
 名前をくれた大切な団長の死も、あの人の言葉通りレリウスの糧となった。
「凄まじく苦しく痛みを伴うものでも、俺が今生きているのは団長の死があればこそ」
 だと言うのに、と目の据わったレリウスに眼前の戦士たちがビクリ、と気圧された。
「ここにいる死者は礎になる所か、次の生の営みの邪魔をしている」
 いくら荒野と言ってもここだけ草木一本生えないのは、この村に留まっている無数の怨念のためだと、周辺の草木に聞いた。
「殺された無念は分からないでもないですが、死者が生者の邪魔をするなどあってはならない。これから生きる者達のため、この場を明け渡してもらいましょう」
 言って振るわれた幻槍モノケロスが、周囲の戦士を容赦なく吹き飛ばした。
「レリウス! それ浄化じゃねえから! 力ずくであの世に叩き込んでるって言うやつだから!」
 団長に関しては異様にナイーブになるくせに、この差は何だろう?、とハイラルがトホホな気持ちになる。
 だがしかし、勿論その様な余裕をかましていられる暇は無かった。
「うわわわわオレのとこにも殺気だった連中が! こうなったら仕方ねえ! 死んでもまだ戦い足りねえ戦闘狂共が! かかってきやがれえええええ!」
 やけくそ気味の雄たけびが、空気を震わせた。
「聖なる光に慄き、ここより退去せよ」
 同じように、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)もまた、【バニッシュ】の聖なる光で無理矢理悪霊を排除、浄化していた。
「止めろっ! そんな真似をしなくても、彼らはちゃんと自分で気付く事が出来る!」
「その通りです。これ以上の苦しみを与えては、それこそ魂に傷がついてしまいます」
 優や真人、村人達に話して説得して、その魂を浄化に導いていた者達は押し止めようとし。
「無念に凝り固まった死者の霊。一人ひとりに手を掛けていては、夜が明けてしまいますわ」
 だが、リリィは気圧される事無く言い返し。
 そしてそれは在る意味で、とても正しい事なのだ。
 月はこうしている間にもどんどん動いていくのだから。
「だけどそんな……そんなの、可哀相だわ」
 それでも零は言う。
 最後まで、彼らの魂に寄り添い慰めたいと。
「可哀想だとか、そういう問題ではありません。彼らは、既にわたくしたちとは別の生き物なのです」
 けれどそれさえも、リリィは切って捨てた。
「生きた人間に害を及ぼしたというなら、排除せねば続くというなら、死人を追い出す理由には十分ですわ」
 その決意には揺らぎがない。
「平和に送り出されようとしているならば、わざわざ邪魔したりはしませんわ」
 勿論、優や博季のやり方にケチを付けたり邪魔したりするつもりはない、けれど。
 こちらのやり方にも口を出さないで欲しい、だけ。
 リリィとは反対に生者よりも死者に肩入れしているニコあたりが聞けば、本気で殺意を芽生えさせるだろうが。
 しかし、脅威はレリウスやリリィではなく。
 空から、飛来した。
「…今回は変わったお仕事なの。何でもこれは除霊って言うらしいけど…ハツネは壊せればそれでいいの」
 【光学迷彩】で姿を隠し【我は纏う無垢の翼】で空より放たれし【我は射す光の閃刃】。
 降り注ぐ光の刃が、死者達を無秩序に無造作に無慈悲に、貫く。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!』『ひっひぃぃっ?』『あぁっ……あぁぁぁぁぁっ』
「ふふっ、もっともっとイイ声を聞かせて♪」
 ペロリと舌舐めずりしそうな斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)の声だけが、楽しげに落ちる。
 だが、その顔は村人を庇うコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)を認め、不機嫌そうに変わった。
『お願っ、この子だけは助けて……』
「大丈夫、私達が必ず守ります」
 腕に幼い子供を抱いた母親に優しく声を掛けると、コトノハは中空を見上げた。
 姿は見えない、けれど。
 滴る悪意……無邪気なまでのそれは感じ取れる。
 蒼空学園を放校になって悲しくとも、それでも魂は歪まない。
 この『村人』達を、親子を護りたいと救いたいと心から思う。
 何より我が子である蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が、愛する夫であるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、この村の結界を守っているのだ。
「止めなさい。貴方の行為は結界に負担をかけるわ」
 レリウスやリリィの行動も村人達を刺激するが、ハツネのそれは最悪だとコトノハは見てとった。
 庇う親子の恐怖に震える眼差しは、ハツネを通して『かつて』を呼び起こされているのたろう。
「そぉんなハッタリ、通じると思った?」
 なのに声は気にした風もなく。
 その声の方向からの攻撃にコトノハは盾を構え。
 だが、攻撃は違う方角からもあった。
「っ!?」
「ちょっ、コト姉ちゃん無茶しないでよ! コト姉ちゃんに何かあったら、夜魅だって悲しむから!」
 息を飲むコトノハ、翼の剣で弾いたのは神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)だった。
 本当はこんな風に顔を合わせるつもりでは無かった。
 コトノハの復学の為に尽力しているジュジュである、事が成るまで会わないつもりだったのだ。
「ハツネの事、無視して楽しそうだねぇ。まっ、ハツネが壊すのは、幽霊さん達だから良いけどね」
「アイン!」
「させないッ!?」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の声に応えたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)の槍が突き出され、ハツネを捉える前に弾き返された。
「……まあ、同情はする。契約がなければ奴等の成仏の為に戦っても良かったが……仕方ねぇよな、仕事だし」
 弾いたのは、ハツネのパートナーである大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)だった。
「分かってんだろ? こいつ等は『無関係な旅人を殺した』という業を背負っちまったんだ……まあ、これも自業自得という事で……苦しんで逝ってくれ」
「勝手な事、言わないで!」
 噛みついたのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)のパートナーブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)
「リュー兄もシーナもあの可哀相な人達を救いたいって、本気で願ってる。だから私はリュー兄達を護るの! 信じてるから!」
「理不尽? かわいそう? 弱肉強食なこの世界で何言ってるんスか?」
 同じくハツネのパートナーである鮑 春華(ほう・しゅんか)は、身重の朱里やシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)、そして亡者を庇うブルックスを、せせら笑った。
「正直、成仏とかどうでもいいッス。それよりクソみたいな生にしがみ付くみっともない半端者は早く消えてくれないッスか?」
 死者達を、庇うブルックスやアインを嫌悪さえ込めて見下ろし言い放つ。
「弱いものほど良く吠えると言うけど、あなた、見苦しいわよ」
 受け止め、挑発で返したのはグロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)だ。
 リュース達にはやる事がある。
 ハタ迷惑な彼女達の相手をするのは自分達なのだと。
「?、何でハツネ達の邪魔するの?」
 その耳に届いた、不思議そうな声。
「この幽霊さん達は消さなきゃダメだって聞いたの。……それに結果的には『成仏』するから『偉い事』だって聞いたのに……なんでお姉ちゃん達は褒めてくれないの?」
「……結果の為ならどんな手段を使ってもいい、というのは間違いだからよ。こんな事を繰り返したら、この人達は『成仏』なんて出来ないから」
 無邪気とも感じられる声に返すコトノハの言葉は、対照的に苦い。
「……呪われた土地の魂達をなるべく苦しめて『成仏』させて欲しい、って。依頼人は殺された旅人の家族だよ」
 ハツネの姿は見えない。
 だが、グロリアもコトノハもハッキリと悟った。
 その顔が、無邪気に嗤っている事を。
「邪魔するなら……サンダークロスボウのサイドワインダーで感電して壊れちゃえ」
「アインっ!」
「大丈夫だ」
 ヒュッと空気を裂いた矢は、アインに両断され。
 けれどそれは確かに、『裂いた』。
 この閉ざされた空間の、緊張の糸を。

 憎しみは恐怖は伝播し連鎖する。

「とらせるわけにはいかねぇってな」
「そうそ、仕込みが終わったら長居は不要ってね☆」
 グロリアの攻撃を黒刀・無限刃安定で受け止め即座に力任せに払った鍬次郎。
「まだまだ暴れ足りないですけどねぇ」
 春華は言うハツネと鍬次郎を守りつつ、躊躇なく撤退に入る。
 楔は入れた。
 結界は壊れる。
 亡者は滅びる。
 失意のままに憎悪のままに絶望のままに。

 ピシリ、世界が悲鳴を上げた。



「空気が変わった……歪みが、澱みが増大した」
 『空』に走る亀裂を、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は険しい眼差しで見上げた。
「村人だけじゃもうダメだ。この空間そのものも浄化を施さないと、結界が内側から破裂する」
 その言葉にゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は、パートナーの顔を見つめた。
 そこにあったのは、静かな覚悟。
 確かに以前より暴走率は下がったが、狂った魔力そのものは増大を続けている。
 故に安定を保つのは難しくなる一方だ。
「暴走率が下がったと言っても、安定を保てなければ意味がない。いずれ一時的な処置では抑えられなくなるだろう」
 とグラキエスは冷静に判断していた。
 だから懸念しているのは別の事だ……そう。
「その時真っ先に犠牲になるのは、側にいるゴルガイス達だ」
 だからこそ、何か対抗手段を考えなければと思っていた。
 ゴルガイスとベルテハイトを、大事なパートナーを殺してしまう前に。
 そして考えた末に思い至ったのが、浄化の力。
 自身の魔法には少なからず狂った魔力が混ざる。
 だからグラキエスは回復系すら滅多に使わず、浄化に至っては狂った魔力との相性は最悪であり正直、避けていた。
 それでも浄化の力を使えれば使いこなせれば有効な抑止力になるのは確かだった。
「”浄化”の力は狂った魔力と最も相性が悪い。確かに、効果的な抑止力になるだろうが、身体への負担を考えれば避けるべきだ。特に今は体の安定までもが危うい状況なのだからな」
「グラキエスが心配なのは私も同じだ。浄化をするという事はこの地に染みついた怨念をその身に受ける事にもなりかねない」
 ゴルガイスとベルテハイトの案じる声音に、だがグラキエスは首を横に振った。
「私はグラキエスに恨みや悲しみなど知って欲しくない。今以上の苦しみなど、味わわせたくない。……グラキエス、何故苦しむような事をするんだ」
 尚も言い募る、ベルテハイトの悲しげな面持ち。
 それでも、グラキエスは応える事が出来ない。
 一番の苦しみは、恐怖は、この狂った力が大切な者達を葬る事なのだから。
 揺るがない決意を見、ベルテハイトは悲しみを強め、ゴルガイスは諦めの息を吐いた。
「だが抑止力が強くなれば、今後グラキエスの苦痛は軽減される。何よりグラキエス自身思う所があって浄化の方法を選んだのだ」
 ゴルガイスの理性的な部分はグラキエスの選択を是としているが、感情は苦しませたくないと訴えている。
 しかし、グラキエスがそれを望むのならば。
「我はその意志を尊重する。そして、我にできる方法で助けるのみ」
 咄嗟に向けられた怒りを、ゴルガイスは静かに受け止め。
 そして。
「……うっ、ぐあっ!?」
 浄化の力は狂った魔力と相性の悪い、分かっていた筈だった。
 だが容赦なく己が身の内側を責め苛む暴風に、堪らずくぐもった苦痛の声がもれた。
「だが、ここで……浄化の力、を使いこなせるように、なれば……狂った魔力への抑止力に、なる」
 だから血ヘドを吐きながら、グラキエスは浄化の力を使い続けた。

「ママやパパが放校されたのはあたしのせい。だからこの村の後悔・無念・哀しみを蒼天の巫女であるあたしが、全部身に受けて大地に還すの」
 小さな両手を必死に張って、結界を支える夜魅を抱きしめ、ルオシンは苦く呟いた。
「リカバリで夜魅の傷付いた心を癒すことが出来ないのが辛いな……」
 ルオシンにとって白夜・アルカナロード(びゃくや・あるかなろーど)も夜魅も大事な大事な我が子である。
 その夜魅がこんなに必死で頑張っているのに、支えてやる事しか出来ないのが歯がゆかった。
 それでも。
「我達は夜魅に蒼天の分まで共に生きよう!、と約束した。だからここで夜魅を喪う訳にはいかない!」
 大切な娘が消えてしまわぬよう、ルオシンはただそれだけを願ってその小さな身体を、悲鳴を上げる心を抱き締め支えた。
「ママだって戦ってる、この村の人達を助けようと頑張ってる、だから……あたしが負けるわけにはいかない!」
 それでも、負荷が容赦なく襲いかかる。
 唯斗にもエッツェルにもニコにもセラにも余力は無い。
 皆、必死で耐えている。
 だが、『足りない』。

 ピシリ

 結界に亀裂が入る。
 いつか見た悪夢のように。

「……ぁ」
 夜魅の心が折れ掛けた時。
「村人達の無念は、皆が何とかしてくれる。だからその間、結界を何とかして保たせよう」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が夜魅の手に自分の手を重ねた。
 途端、冷えていた指先に温もりが宿る。
 同時に僅かだが結界への圧力が弱まる。
 グラキエスが少し、ホンの少しずつだが確かに、結界を壊そうと漏れ出ようとする歪みを浄化する事に成功しているのだ。
 それから微かに感じる気配。
「お、ねえ……ちゃ……?」
「うん。だから、大丈夫! 絶対、大丈夫だよ」
 アリアはニッコリ笑むと、夜魅からそっと手を放し。
「ここは古のプリンスに倣ってみよう……剣よ、力を貸して!」
 愛用している桃木剣を結界に突き立てた。
 そのまま、邪気を祓うその剣を介して、結界に自身の魔力を分け与える。
「【命のうねり】よ、【大地の祝福】よ、この地に力を!」
 悲鳴を上げる結界を、そのまま包み込む。
(「頑張って、あと少しで、貴方もあるべき姿に戻れるから……」)
 私達も、頑張るから、と。