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第七章 蘇りし、思い
「未だ戦いを求める戦士の妄念……俺にはその悲しみは伝わっても、その望みを叶える資格は無い。……幸村、頼めるか?」
 結界の揺らぎと伝播する混乱と恐怖の記憶。
 それは戦士達の焦燥を強くし、受ける攻撃も苛烈になり。
 微かに目を伏せた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は確りと頷いた。
「きっとお前なら、戦士達の望み…理解出来る。戦えなかったやつら、まだ戦いを求めるやつら……俺も及ばずとも、戦うからな」
 鬼払いり弓を握った氷藍に、幸村の目元が柔らかく細められ。
 だが次の瞬間、襲ってきた戦士に幸村の纏う気が変わる……闘気が膨れ上がった。
「【轟咆器・天上天下無双】!」
 槍に変形したそれを振るうと同時に、周囲に風が起こる。
 幸村と戦士達との間に言葉はない。
 ただ己が力をぶつけ合うだけ。
 槍と剣とが打ち合う度に、場を侵食していく穢れや歪みが打ち祓われるようだと。
 自身も弓を繰りながら、氷藍はそんな風に思った。
「心は貴方を知りたいし、俺を知って欲しい」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)は相手の懐に『踏み込んで』、刃を合わせた。
 肩口を掠めた切っ先が僅かに血を散らしたが、それさえ構わずに。
「……カチェア」
「分かってる、わ」
 押し止めるリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は唇を噛みしめた。
「政敏の望みは、あの人を知ることだから……ちゃんと、分かってるわ」
 それでも、その為に我が身を省みない政敏に、心が震える。
 だけど、政敏はカチェアやリーンが自分を信じてくれると、自分の意思を汲んでくれると信じていて。
 だからこそカチェアも信じなければならなかった。
「政敏。この程度でなんて事はないですよね」
 言い聞かせるように呟き、カチェアは政敏の一騎打ちを邪魔しようとする輩を牽制するべく、刀を抜いた。
「戦い足りなければ、何度でも付き合って差し上げますよ」
 志位 大地(しい・だいち)は相手の攻撃を紙一重で避けながら、両手持ちの剣でのカウンターを急所にお見舞いした。
 貫いた心臓に、しかし戦士の動きは止まる事がない。
「それにしても中々、良い顔になってきたではないですか」
 だが、戦士の顔を掠めた表情……悔しさに、大地の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
 村全体に蘇る、かつての記憶。
 その中で、村人達と違い戦士達は、かつての自分を取り戻しかけているように思えた。
「こんな時だというのに、随分と余裕がありますね」
 そんな大地を見ていたメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)……人型を取る今は氷月千雨と呼ぶべきか……は、一つ溜め息をついてから立ちあがった。
「とはいえ、大地の考えは分かりましたし、そろそろ私も飽きました」
 右と左、胸元で交差させた二丁の魔道銃。
「お付き合い、させていただきましょう?」
 千雨はダンスでも誘うような笑みを浮かべ。
 肉迫してきた戦士の一撃を交わすと、それぞれ火属性と氷属性の魔弾を戦士の胴へと叩きこんだ。
『……ぬ、ぬおぅっ』
「貴方の無念、貴方の悔しさ、貴方の悲しみ……」
 伝わってくるそれらを余すことなく受け止め、それでも政敏は「足りない」と思う。
 彼の願い、彼の思い、かつての彼に至るにはまだ足りない、と。
「どう、すれば……っ!」
 その時。
 戦場が震えた。

 空を覆う黒い影。
 それはラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)に召喚された黒曜鳥だった。
 だが、それは何という偶然か。
 羽根を広げた漆黒のその姿は、かつてこの地を蹂躙した黒き巨龍を思わせた。
 ラムズの意図した通り、それは正しく過去の再現であった。
 更に。
「どうしました? 抗う戦意さえありませんか、あの時のように……」
 黒曜鳥を守る様に立つ樹月 刀真(きづき・とうま)が挑発した。
 ノッてこい、戦士達を睥睨しながら、強く願う。
 政敏や大地達と戦士達とのやり合いで、戦士達は己を蘇らせようとしている。
 だが、それだけでは戦士達の心残りは晴れない。
 彼らの無念を晴らすには『戦士達が村を護るために強敵を皆で協力して討ち払う』という図式が必要なのだと刀真とラムズは悟っていたから。
 その意を正しく理解し。
「思い、出して下さい。あなたのあなた達の本当の、願いをっ!」
 政敏と戦士の間の間で、一際音高く獲物が思いがぶつかりあった。
『……俺は、俺達は、守れなかった。この村の人達を、守る事が出来なかった』
 零れた後悔は深く、その表情は苦渋に満ちて。
 それでも、戦士は今『取り戻して』いた。
 囚われた絶望から、己を。
 そしてそれもまた、連鎖する。
 大地や幸村や雫澄や瑠璃や、力の限り思いをぶつけ合ってきた戦士達もまた、昏い絶望から脱却していく。
「では守りましょう、今度こそ共に」
 大地は言って、刀真を、黒曜鳥を指し示した。


「護れなかったというその思い……擬似的にではあるが、叶えさせてやるとするかの」
「しかし手記も酷い事を言いますね。自分の鳥に『死ね』だなんて……」
 中で始まった命がけの演目、舞台を整えたラムズは手記に苦笑を向け。
「面白い事を聞かせてやろう」
 手記は静かに口を開いた。
「人の身で主の相手をする為には、否応なく上を向かねばならぬ。彼奴等は上を向いて戦い、上を向いて護り、上を向いて主を倒すじゃろう」
 かつては届かなかった敵、今度こそ手を届かせて。
「主の身が地に伏した時、彼奴等は村の『守護者』というものから、ようやく解放されるんじゃ」
「そう簡単にいきますか?」
「例え異種族といえど、その心情は伝わるものじゃ。本気で襲い掛かってきた敵に感化され、心を震わせ、本気になって村を護った彼奴等が成仏するのには、十分過ぎる理由じゃろう?」
 霜月やセレンフィリティとやり合った戦士達を鑑みれば、疑いようはないと手記は胸を張った。
「どうしようもなくなった時、人は空を仰ぎ鳥を眺めてはそれに自分を投影させる。その心は羨望か嫉妬か……ラムズはどちらだと思うかの?」
「そうですね……恐らく、その時の気持ち次第で、どちらにでも傾くと思います」
「戦いを求める戦人には成れず、命乞いをする村人にも成れぬ……そんな村の『守護者』と、良く似ておるとは思わぬか?」
 手記は彼らを『守護者』と捉えていた。
 ただ戦いを求める戦人であれたら、彼らはあれほど苦しまなかった筈なのだ。
 守りたかったから、守れなかったからこそ、彼らの絶望はより深かったと。
 証拠に、黒曜鳥を打ち倒そうとする彼らの闘志は眩い程なのだから。
「……その鳥を殺し、守護者に自分は鳥以上の物を得たと錯覚させるんですか?」
「さてな。どう思うかは守護者次第じゃろ?」
 けれど、そう嘯く手記の中に、自分の言動を疑う様子は微塵もなかった。
「守るべきものを守れなかった、『守護者』」
 結界の中に黒曜鳥を送りだす手伝いをしているのは、刀真のパートナーである封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)だった。
 囁きは小さく誰の耳にも届かない、けれど。
 この村はかつて妹が死んだ村ではない、妹が滅ぼした村ではない。
 大戦の折、闇龍に影龍に滅ぼされた多くの村。
 今まで取り残されてきた特異を除けば、この村の滅び事態はそう珍しい事ではなく。
 それでも、思ってしまうのだ傲慢かもしれないけれど。
 どうして守れなかったのだろう、と。
「守りたかった、大切な……今度こそ守りたい」
 結界に込める、ありったけの力。
 大切な者達を今度こそ失わない為に。
「……刀真の背中を護るのは私なのに、今回何もできない事が悔しい」
 そんな白花の耳に届く、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の声。
 今回は敵に倒される事が前提だ、と刀真は月夜に外で待つように指示した。
「そうぼやくでない。我らの仕事は事が終わってからよ」
 宥める玉藻 前(たまもの・まえ)は全てを見透かしているかのように。
 みんな誰かを守りたいと失いたくないと思っていて。
 それぞれの願い全てが叶うなんて事は、ないけれど。
 せめて今は祈ろう。
 遠き昔、失われた気高い魂達が、少しでも報われる事を。


 やがて、歓喜が湧きおこる。
 斬られた刀真と、その上に無数の黒い羽根を散らしながら、地に落ちる黒曜鳥と。
 実際にはホンの短い『討伐劇』。
 だがそれは、永い永い間ずっと、彼らが渇望していたもの。
 そうして。
「あなた方は既に生きていないのです」
 場を支配したのは、二礼二拍手一礼した永谷の両の手を打ち合わせる音と、凛とした声だった。
「護りたいものを護る気持ちは、俺も軍人としてよくわかる。でも、その護るべきものは失われてしまったんだ。もう苦しまなくて良いんだ。神として黄泉の国に旅立ってほしい」
 巫女の纏う清浄な気がその言葉が、己が願いを……断たれた願いを思い出した戦士達に届く。
「あなたたちは、既に神様になっておられます。現世に縛られることなく、旅立ってください」
 届けばもう、理解せずにはいられなかった。
 満月が傾く中。
「もう、苦しまなくて良いんです。来世では幸せになってくださいね」
 彼らの身体がゆらり、と揺れた。