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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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 1.――『夜明け前にて、彼等は踊り』



     ◆

 月明かりが綺麗な夜空。日付が代わってより僅かに数分――彼等は月明かりに照らされながら、その身を薄ぼんやりと現した。
「こいつぁ何の間違いだろうなぁ………よう? ハツネ」
「ハツネに言われても知らないの! 元々お仕事取ってくるのはハツネじゃないの」
「どうでも良いけど、早く行った方が良いんじゃないんですか?」
「そりゃあ尤もッス! さぁさぁ兄貴、チュインもぉ! 行こうッスよ♪」
 大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)の言葉に反応して頬を膨らませる斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)。二人を諌めるように天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)鮑 春華(ほう・しゅんか)が二人に声をかけた。声を絞っていない辺り、周りを気にしている様子はない。
「まぁまぁ待てよ、落ち着けって。仕事はどうであれ………幾ら訳のわかんねぇ仕事であれ、段取りっつーのは案外大事なんだよ。わかるか? わかんだろ」
「まぁ………」
 鍬次郎の言葉に向かい、何処かたどたどしい様子で葛葉が頷く。
「もぉ! そんな事どうでも良いから早くいくのぉ!」
「わわっ! ちょ、チュイン!? そんなもの振り回さないで欲しいッス……………」
 鍬次郎の制止に苛立ちを覚えたハツネは、手にするダガー・タランチュラを握ったまま駄々をこね始めた。隣にいた春華の近くを刃先が掠め、彼女が思わず後ろに飛び退く。
「まぁ落ち着けっつーんだよ。良いか、よく聞けよ。まずは、だ。全員で一気に三階まで行くぞ。ハツネ、葛葉が前衛。障害が出てきたらハツネがヒプノシスで何とかしろ。葛葉はハツネのバックアップだ、良いな?」
「嫌だ、と言ってもやらなければならないでしょうに………はぁ」
「何でヒプノシスなの ハツネのギルティクラウン使っちゃえば一発なの」
 隣で溜め息をつく葛葉を尻目に、ハツネは鍬次郎へと尋ねた。
「大勢の人間が死んじまったら怪しまれんだろ? 俺たちの今回の依頼はそこじゃねぇんだよ」
「むぅ…………紛らわしいの。判りづらいの。苛々するの」
「最後まで聞けっての。んで、だ。三階まで行ったら二手に分かれる。片方は防衛、片方は下拵え、だな。持ってきてるか?」
 鍬次郎の言葉に、今までやや不機嫌そうだったハツネの瞳の色が変わる。退屈そうで、苛立ちに揺れていた瞳が、キラキラしたものへと変化した。彼女はそのままの様子で「勿論なの」とだけ返事を返し、提げていたバッグを軽く数回叩く。
「俺たちの道を開き次第、ハツネ、春華は下拵えをしといてくれや」
「合点承知ッス! 兄貴っ!」
「ハツネ、たぁくさん爆弾仕掛けてやるの」
 「うっし、良い返事だ」とにやける鍬次郎は、徐に刀を鞘から抜き放つと、肩越しにそれを担いで口を開く。
「んじゃあおめーら、いっちょ仕事と行こうか」

 四人はさながら機動隊のそれよろしく、しっかりと隊列を組んで病院内へと足を踏み入れる。ハツネ、葛葉がさも『迷子ですよ』という雰囲気を醸し出し、出入り口に座っていた警備員の気を引くや鍬次郎がそれを羽交い締めにした。ヒプノシスから逃げない様、警備員の首を押さえて。
「また今度、機会があったらハツネが遊んであげるの。今はお休みなさいなの」
 羽交い締めにしていた鍬次郎はしっかり瞳を閉じていた為にその術にかかる事無く、手に伝わる感触だけでヒプノシスの対象が睡魔に落ちたことを知る。すかさず警備員から手を離すと、彼は再び刀を握り、それを肩に乗せると歩みを進めた。悠然と、威風堂々と闊歩する。その間、僅か数十秒の出来事。
「まぁ、こんな調子だな。悪かぁねぇ」
「もしかして、これからずっとこんな調子なんですか?」
 先行しているハツネの隣、葛葉は表情を変えないままに鍬次郎へと声をかける。彼は短く「あぁ」とだけ言って、尚も悠然と歩みを進めていた。
「何だか良いッスね、こう言うのも。皆サン、かっくいーッスよ♪ 向かうところ敵ナシ! みたいな感じッスよね!」
 その数歩後ろ、春華はケラケラと笑いながら三人の後に続いている。窓には、闇夜に浮かぶ月がただただ白く光っていた。



     ◆

 時刻は遡って夕刻。日が落ちてきたためか、やや肌寒い風が町並みを凪いでいる。
「此処、よね」
 『コート』と呼ぶには些か薄い生地の上着を羽織り、何やら小脇に抱えながら病院を見上げる伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、一人そんな事を言いながら見上げていた病院へと足を向けた。建物に入って直ぐ、ロビーに設けられている幾つものシートの一つに手荷物を置き、上着を脱いだ彼女は受け付けに向かった。
「すいません。友人が此処に入院したって聞いたんだけど……」
「ご友人様のお名前は?」
「えっと……あれ? 何だっけ」
 ふと思い出す明子。自分は誰の見舞いに来たのだろうか。顔は出ているのだ。姿はわかる。が、肝心の名前がわからない。あれはなんと言う名の男だろうか。一人首を傾げ、深刻な表情をしていた明子は、恐らく名前を思い出そうとするのを辞めたのだろう。恐る恐る、受付に座る女性に言った。
「あの、えっと……信じてもらえないかもしれないけど………私、以前に一度助けて貰ったんです。でも、名前を聞きそびれて、それでお礼が言いたくて」
 俯きながら、彼女はモジモジと呟いた。小脇に抱えられていたそれを、掌だけで持ちながら。恐らく、ダメと言われた場合はその『球体』でどうにかする気、満々なのだろう。が、受付の女性の対応は随分と優しかった。
「どんな人なんですか? その人」
「え………? えと、その…………ニヤニヤしてて、変な眼鏡みたいなものかけてて、それから――」
「あぁ、クラウン君ですね。彼、病院でも結構噂になってますよ」
「噂……へぇ?」
「ずっとニヤニヤしてて、ちょっと気持ち悪い患者さんって」
「あは、あははは………ホント、ドンマイな奴…………」
 病室を聞いた明子は、名簿の欄に名前を書いて「面会者」と書かれたバッチを渡される。一礼してその場を離れた彼女は、エレベーターに乗り込み二階へと向かった。
「に、しても。あのニヤケ眼鏡は何だって入院したんだ? 風の便りに入院したってのは聞いたけど、気になるわね」
 直ぐ様目的地にに到着したエレベーターが停まり、廊下に出ながらそんな事を呟いて、彼女は教えられた病室を探し始めた。
「『205』号室…………此処か」
 部屋を見つけた明子がノックの後に部屋に入ると、ウォウル・クラウン(うぉうる・くらうん)がベッドから、沈んでいく夕日をただただ眺めている。
「何ノスタルジックしてんのよ」
「おや また、何とも珍しいお客さんが来ましたねぇ」
 一人で使うには随分と広い病室の中、明子はウォウルのいるベッドまで歩いていくと、近くに立て掛けてあったパイプ椅子を開いて腰掛ける。
「何、風の便りに聞いたのよ、あんたが入院したって。ほら、なんか釈然としないけど、一応前に世話になったのもあるし、ね」
「そうでしたか、まぁ面白味のある場所じゃあありませんが、ごゆっくりどうぞ」
 ウォウルが言いながら掌で促したのは、ソファとテーブルが置いてあるスペース。彼女、上着も手荷物も全てそのままで座っている為に、彼としては気になったようだ。
「バッグやら上着やらはあちらに置いてくださって構いませんよ。そんな無理して持っていなくたって」
「ん………じゃ借りるわ」
「確かそこの扉にハンガーが掛かっているので、上着はそちらへどうぞ」
「すっかり家にいるノリかよ……………ところでさ」
 と、そこで、明子はハンガーに上着をかけながらに尋ねる。
「何で入院したのよ」
「ちょっとパートナー喧嘩しちゃいまして」
「喧嘩…………? 骨でも折れたか?」
「肺が潰れまし――」
「とーう」
 無表情のまま、明子はそこで近くにあった球体をウォウルへと投げつける。球体はそのまま彼の顔面に直撃し、彼の言葉はかき消された。
「何で喧嘩して肺が潰れるんだばかもーん」
「い、いや…………その」
 追撃、とばかりに彼女はそ球体を更にウォウルへとグリグリ押しあてて続ける。
「メロンが好きよねだからメロンをあげにきたのうふふふ」
「棒読みですよー」
 懸命に身を捩って明子の攻撃を避けようとする彼だが、努力も虚しくベッドに倒れた。