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リアクション
6.――『過去という名の地獄絵図 〜姉妹(強大)引力〜』
◆
先行班が出発してより三十分が経過し、海たちは行動を開始し始める。
「そろそろ頃合いだろうし、俺たちも行こうか」
そう切り出した海に返事を返した面々は、海に続いて遺跡の入り口へと向かっていく。
と、雅羅が彼の横に並ぶと、訝しげな顔のままに声を掛けた。誰にも聞かれない様に小さな声で。
「ねぇ海。なんとなくの説明は衿栖さんたちからして貰ったんだけど、これってどういう事なのよ」
「ん? どうって? 何を聞いたのかは知らないけど、そのままだよ。本とか色々、ラナロックさんに関係のある情報を手に入れる、それだけ」
「いや、だから具体的には……」
「俺もわかんねぇよ、ウォウルさんからは本とかの回収ってしか聞いてないんだから」
そんなやり取りをしていると、海の隣に柚がやってきて二人に声を掛けた。
「あの、もし危なくなったら無理はしなくて、良いんですよね?」
「え、あぁ。ウォウルさんもそう言ってたし、きつかったら逃げても問題なんだと思うぞ」
「じゃあ、その……海君はあまり危険な道を進まないって言う提案は、どうでしょう?」
「何で俺だけ?」
「ウォウルさんに頼まれたのは海君ですよ? 海君が責任を持ってウォウルさんのところに集めた資料を持っていかないと」
暫く考えながら、しかし海は苦笑を浮かべる。
「確かにそうなんだけどさ、俺も頑張んなきゃいけないし、な」
「……そうですか」
その返事に肩を落とす柚の横、三月が並んだ。
「柚、僕たちが何とかして海を守ればいい話じゃない。そんなに気にしなくてもいいよ」
「そうですよね、そうですよ。私たちが何とか支援してあげれば、海君も皆さんも無事に帰れますよね」
両手で小さく拳を握り、彼女の決意は固まった。
「(それにしても……朝のウォウルさんの言ってた『頑張ってください』って、なんの事だろ)」
首を傾げながら進む彼女を、三月は意味ありげに苦笑して見ている。
「そう言えば、これからのルートって決めたんですか?」
今海たちと遺跡の入り口に向かっている面々に聞こえる様に、誰にともなく大声で尋ねたのは佑一だった。確かに彼等の進路は決まっていない。目的地やら目的やらは話していたが、具体的な通路を決めてはいないのだ。
「なんだ、適当に進めばいいんじゃねぇの?」
素っ頓狂な表情のままに未散が言うと、隣を歩いていたハルは苦笑ながら説明し始める。
「未散君、これだけの人数がいて役割分担があったのならば、適当に動くよりは幾らか行動の方向性を見出した方がいいでしょう?」
「んー、まぁそうだけどさぁ……」
「敢えて此処は、先行してる方たちとは別ルート、と言うのはどうだ?」
静かに彼等のやり取りを見ていたレオンが口を開き、彼等に提言する。
「考えても見れば、先行している彼等だって、ただトラップを壊しまわって進んでいる訳ではなかろう。と、なると、我々は彼等が調べていない通路を重点的に調べればいい。まぁ、先行する彼等がもし調べていないとしても、後から来るであろうラナロックたちがそのルートを通れば安全なのはたしかだ」
「そうですよね、ラナさん怪我してますし、私たちは何とか自力で罠、掻い潜れますもの」
「良いよ、なんか出て来たときは私がぶった切ってやるんだから! ま、任せないって!」
衿栖の言葉に続ける様に、朱里は明るい声でそう言うと、自身の胸をどんと叩いた。
「え……でもそれだと海君が危ない目に……」
「よし、じゃあ俺たちはトラップがある方に向かって進んでく。それでいいな」
柚がおろおろしながら海に声を掛けようか迷っていると、そんな気も知らずに海がまとめる。
「大丈夫ですか、プリムラ。結構忙しないルートになっちゃいそうですけど……」
「何心配してんのよ、ってか、私を誰だと思ってるのかしら? 仕事はきっちりやらせて貰うから安心しなさいよ」
「ボ、ボクも出来る限りお手伝いするからね! 頑張ろうね、プリムラさん!」
「はいはい、精々空回りしない様にね、ミシェル。それに、あなたこそ無理しないでよ。肝心要の回復役なんだからさ。私より、皆が困った時はそっちにいっておやんなさい」
ミシェルの気遣いを思ってか、プリムラはそう返した。あまり直接的ではないが、その言い回しはある種の、彼女なりの心配の仕方なのだろう。
「それより佑一。さっき言ってた話、本当でしょうね?」
「え? なんの事ですか?」
「ちゃんとこれ終わらせたら、ちゃんと私も紹介なさいよ? 何であなたとミシェルは面識があって、私に面識がないよ。おかしいわ絶対」
「わ、わかりましたよ………」
苦笑し、彼は足を止めた。何も彼だけが足を止めた訳ではない。一同が遺跡の入り口に到着したのだ。
「よし、みんな気をつけろよ」
海の言葉でもって、彼等の探索任務が開始する。
◆
ラナロックの姿をしたそれの攻撃を防ぐ刀真は、しかし何食わぬ顔で立ち尽くしていたゼクスを抱えると、一足で元いた場所、月夜の隣に着地する。
「なんだ。ラナロックじゃないな、あいつ」
「え?」
抱えていたゼクスを下ろしながら呟く刀真の発言に思わず首を傾げ、月夜は思わず聞き返した。
「だって確かにラナロックでしょう? あの見た目……」
「違う、全くと言って良い程に違う。あの時の感じが全くしない。不吉な、何処か危なげな雰囲気がない。あれは偽物だ。いや……この場合は『似せ物』とでも言った方が良いか」
そんな事を言いながら、彼はラナロックの姿をしたそれの攻撃――銃撃を手にする剣で払っていた。
「なら、あれは一体――」
「恐らくは姉妹機じゃないのか? 知らんが」
暗がりの中、よくよく目を凝らす月夜もどうやら彼女の違いを見つけたらしい。
「瞳の色が銀………あの時のあの、凄く不気味な目じゃない」
「後から聞いた話だと、本来ラナロックの瞳の色はあの色なんだそうだ。正気の状態で手合せはした事ないが、それでもあれは雑すぎる。とても狙っている様には見えないぞ」
話している二人に向け、今度は何処からともなく鉈を持ち、それを刀真、月夜に向けて投擲するラナロック。二人が慌てて飛び退こうとしたとき、『ディフェンスシフト』によって守りを固めたゼクスが二人の前に躍り出る。彼に当たった鉈はそのまま地面へと落下し、甲高い音が辺りにこだました。
「ゼクス……」
「……すまなかったな」
「勘違いするな、守ったのはマスターだけだ」
二人には見向きもせず、ゼクスは月夜の横に立つ。
「マスター、貴方の事は僕が守ります」
「……ありがとう……!? 気を付けてまた来るわよ!」
月夜が声を荒げ、二人が再びラナロックの方へと目を向ける。彼女は再び引き金に指を掛け、銃口を三人に向けていた。
「ちょっと待ったぁ!」
刀真の隣にいる筈の三人、司、シオン、イブが、いつの間にか反対側、ラナロックの背後を取っている。
「ワタシたちがいる事を忘れて貰っちゃ困るわよっ!」
「わわっ!? シオンさん!? 何で言っちゃうんですかぁ! こっそちじゃないと不意打ちになってないですよぉ」
「そう言うの、あまり好きじゃないですものね、シオンくんは」
「好きとか嫌いとかそう言う話じゃないですよぅ……」
シオンの声に反応したラナロックが、今度は三人に体を向けて攻撃を始める。
「わわっ!? ちょ、少しは躊躇いなさいよ!? そんなんあたったら死んじゃうから!」
「おやおやシオンくん、格好悪いですね」
「かっこいいとかそう言う問題じゃないからっ!」
あわあわと銃弾を避けまわる三人。と、今度はラナロックの背後から銃弾が数発、彼女の足に向けて撃たれる。
「こっちよ、さぁ、掛かってきなさい」
月夜の声に反応したラナロックが振り返るが、そこで不意に、彼女の足が縺れる。月夜の撃った弾丸が足を貫通していたらしく、ラナロックは体制を崩していた。
「ふん、所詮はまがい物……俺たちの前に立ちはだかる事のそれ自体が間違えだったようだ」
手にする漆黒の剣を振りかぶり、涼やかな顔でそれをラナロックの首筋目掛けて打ちつけた。と、そこには何故か、ゼクスの姿。ラナロックの前に立ちはだかり、刀真の攻撃を防いでいた。
「……何をしているんだ?」
「………」
「邪魔をするな」
「………」
その光景にはさすがにその場の全員が息を呑んだ。
「ツカサ、あの子何してるの? ってかなにこれ、仲間割れ?」
「どうでしょうね……」
「どうしよう……困ったですぅ」
司たちも動きを止めて二人を見つめる。
「そもそも、やり方が気に食わないんですよ。そこまで簡単に相手の命を奪い、破壊のみと言うそのやり方に」
ゼクスはそう言って刀真を押し切り、ラナロックの方を一瞬だけ見やる。
「どけ。ゼクス。邪魔をするな」
「…………」
彼は何も語らない。
「俺は俺のやれることをするだけだ。俺は俺の守るべき物を知っている。そして俺は、その方法も知っている。ならばお前は、どうだ?」
「…………」
彼は何も口にしない。
「俺たちは、そんな甘い考えで生きていける程の世界にはいないんだ、今すぐ理解しろ、とは言わない。でもな、それでもいつかはその決断を迫られる時がくる。簡単にすべてを守れる、などと思えば、いつか足元を掬われるぞ」
「…………」
彼は何も言いはしない。
「わかってくれ、とは言わないさ」
刀真は大きく息を吐き、そう呟いた。たった一度、構えを解いて苦笑して。彼はそう言うとその姿を消す。ゼクスの元に彼のその後の言葉が繋がったのは、恐らくほんの一刹那程度の時間の隙間の後だろう。
今まで真正面に捉えていた男の声が、突如として後ろから聞こえた。
「――ただ、邪魔だけはしないでくれ」
慌てて振り向いたゼクスの前には、首から上を失った、ラナロックの姿がある。銃をゼクスに向けたまま、その体制のままに首から上を失い、胸を黒い剣に穿たれて、たったままで絶命するラナロック『らしきもの』の姿があった。