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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■6−2

「う〜〜〜〜ひょっひょっひょっひょーーーーーーっ!!」

 さんざんルナミネスに痛めつけられたのち、突風によって吹き飛ばされていく河馬吸虎という、頭の痛くなるような光景から目をそらして、リカインは少女に向き直った。
 少女は河馬吸虎が無作為に振りまいていたヴォルテックファイアのシャワーを受け、呆然自失となっている。リカインが早めに消し止めたため、大事にはいたっていなかったが、サテンの布地はあちこちが焼け焦げ、穴が開いて無残な状態だ。
「……まったくあのばか! 向こうへ戻ったら私からもおしおきよ!」
 それはともかく、今は少女をどうにかしなければならない。

 どうしたものか……この本での自分の役回りはオペラ歌手だ。オペラ歌手として、どうすればこの少女を救える?

「歌を教える、とか?」
 歌わせることで体を温める。これならできるかもしれない。
 こう、ビシバシしごいて、スパルタで厳しく仕込むのだ。オペラは全身を使うから、体を温めるにはピッタリだとは思う。

 ただそれだけに、今のこの少女の状態でそれをするのは、残り少ない体力を奪ってしまう結果にもつながりかねないような気がした。
「適当にすればいいのかもしれないけど……そういうの、できない性分なのよね」
 きっと夢中になって「もっともっと熱くなれ!」とか「頭の芯まで燃やし尽くして!」とか「あなたの本気はこんなものじゃないはずよ!」とか「いつかあなたを応援している人がきっと現れる! その人のために今はがんばれ!」とか意味不明なこと吐きまくって、時間も忘れて指導したあげく、気が付いたら少女は倒れて動かなくなっていました……とか、本気でありそうでコワイ。


 うーん……と考え込んでいた、ちょうどそのとき。
 見知った2人が路地の前を通り過ぎようとしていた。

「佑一さん、ちょっと待って」
 ぴたっと歩くのをやめたミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が、となりを歩いていた矢野 佑一(やの・ゆういち)の上着を引っ張って止める。
「どうかした?」

「きみ、大丈夫?」
 路地奥でうずくまったボロボロの少女に、ミシェルは駆け寄った。
「あ、リカインさん。こんばんは。こちらへ戻られていたんですね」
「こんばんは、ミシェル。ええ。年末年始くらい生まれ故郷へ帰ってみてもいいんじゃないかと思ってね。あなたは? パーティー巡り?」
「はい。次はこの1区画先のお屋敷に誘われていて……この子、どうしたんです?」
 質問に、どう答えたものか…。リカインは少しの間、天を仰ぐ。
「年の瀬で頭のネジが飛んだばかが騒いでね、火を振り回して暴れたの」
「ああ…」
 なんとなく理解して、ミシェルもそれ以上突っ込んで訊くのはやめることにした。

「それでこちらの方が騒がしかったんですね。てっきり路上パフォーマンスをしている芸人でもいるのかと思っていました」
 佑一が路地へ入ってくる。
 彼の登場に、少女はびくりとおびえた。
 どんどん見知らぬ者が現れて自分の周りを取り囲みだした……そう思ったのだ。

「寒いの? そうだよね。ごめん、気付かなくて」
 ミシェルはしゃがみ込み、少女をおおう影を1つなくすと、自分のマフラーをはずして少女の首にふわりとかけた。
「大変だったね」
「あの……私…」
「あ、そーだ。これもあげる!」
 ミシェルは脇にはさんであった紙袋の中を探って、真っ白いふわふわのミトンを取り出す。
「これね、さっきパーティーのプレゼント交換でもらったやつなんだけど、ボクそれと全く同じの持ってて…。でも使わないのももったいないし、どうしようかなぁって考えてたんだ。きみが使ってくれるなら、そっちの方がずっといいよね」
「でも…」
「あのね! それ、すっごくあったかいんだよ! 同じの持ってるボクが言うんだから間違いなし! ほら、はめてみて。――ね? 温かいでしょ?」
 ほとんど強引にミシェルにミトンをつけさせられた少女は、しげしげと手を覆ったミトンを見て、こくんと小さくうなずいた。

「じゃあ僕も。
 これ、やっぱりさっき当てた景品なんだけど、サイズが合わないんだ」
 佑一は下げたバッグの中から靴と靴下のセットを取り出して少女の足元へ置く。
「あとでミシェルにあげようかと思っていたんだけど……いいよね?」
「うん! すっごくいいと思う!」
 さっそくミシェルがかがんで、遠慮して足をひっこめようとする少女の足を掴んで履かせた。

「あとは服だけど…」
 佑一やリカインでは大きすぎる。
「やっぱりボクかな」
 と、おもむろにミシェルはボタンをはずしてコートを脱ぎだした。
 ミシェルの物でも大きいが、2人よりはマシだ。
「そんな、いただけません!」
 さすがにこれは駄目だと、少女はぶるぶる首を振るが、ミシェルの手は止まらない。
「大丈夫。次の会場はすぐそこだし。走ればあっという間だから」
 ボタンをはずし終え、いざコートを脱ごうとしたとき。


「今こそ本当に私の出番というわけね!!」


 もーうマッチがつくのなんか待ってられない。
 低い方の建物の屋根から、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)ならぬまぼろし天狗が夜風にツインテールと黒マフラーをなびかせて姿を現した。

「きみは一体…?」
「よくぞ訊いてくださいましたッ!」
 もしかしたら初めてかもしんないッ!!
 くっ、と言葉を噛み締め、そして彼女はおもむろに決めポーズをとった。

「どこのだれかは知らないけれど、体はみーんな知っている! 弱きを助け強きをくじく・まぼろし天狗、ただいま参上!」

(できたわ…! ついに名乗りを乞われて高台で決めポーズという、ヒーロー王道シーンができたのよ!)

 くるっと背を向け、じーーーんと1人感動しているまぼろし天狗。
 やがて彼女は「とうっ!!」という掛け声とともに跳躍し、月面宙返りを披露しつつ軽やかに着地した。

「きゃっ!!」
 うす闇の中、肌色スーツは微妙につなぎ目が肌と溶け合い、全裸と見誤ったミシェルはパッと両手で佑一の目を隠す。
「わっ! な、なにっ!? ミシェル?」
「見ちゃ駄目! 佑一さんっ!!」

(いいの……そういう目で見られるのにはもう慣れたわ…)
 でも、やっぱり涙がでちゃう。女の子ですもの。

 ふふっと笑い、心で泣いて。まぼろし天狗は2人を見ないようにしながらまっすぐ少女へと歩み寄った。
「あ、あなたは…」
 少女もまた、全裸で股間に巨鼻の赤天狗面という、奇異な姿に気圧されている。ただ、純真無垢な性質ゆえに彼女の格好を性的なものと結びつけることもなく、顔を赤らめたり目をそらしたりはしていなかった。
「セラ、お待たせ! 私はまぼろし天狗! 次元を超えてセラを助ける為にやって来たのよ」
 セラが恥じらいをみせず、また無垢な目で見ていることに勇気づけられ、どうにか声が震えずにすんだ。
「助け?」
「そうよ、あれを見て!!」

  ババーーーーン!!

 まぼろし天狗が颯爽と指差した先! そこには、リフティングポーズを取るハゲまっちょたちが道を埋めていた!
 ……ちなみに彼らはみーんな太まっちょ。細まっちょは残念ながら1人もいない。

  ――これをどうしろというんですか? まぼろし天狗。


「セラ! 商売で成功するためには、常にひとの数歩先を行かなくてはならないのよ! そして今から未来、私のいた次元ではエコロジーが最先端なの!」
「エコロジー?」
「そう! つまりマッチは消耗するでしょう? 1度使えば終わりだし、ゴミになってしまう。でも彼らは違うの!! 見て、彼らの周囲を! あそこだけかすみがかかっているように見えるでしょう? あれは彼らの立てる湯気なの! 分かるわね? まっちょたちは発熱することができるのよ! しかもあれは1回使えば終わりというわけじゃないわ!! ほぼ半永久的に使えるのよ!」

  ――その分維持費が相当かかりそうですが。


「エコが費用対効果で見合ってないのは周知の事実よ! 当然よ! だから無問題だわ!!」

  ――あー……まあ、そうですね。でもこれって、人身売買じゃあ…?


「いーの!!
 あれを売るの、セラ! 時代の先取りよ! 絶対これは当たるわ!」
 これぞ『マッチ(ョ)売りの少女』!!
 まぼろし天狗は自信満々だ。
「え? でも…」
「もちろん、お試ししてみるといいわ! 今あなたは凍えそうだからちょうどいいと思うの! 自分で効果が確認できたら自信を持ってお客さんにおすすめできるでしょ?」
「え? ……え?」
「いーからいーから。――カモーン、ハゲまっちょず!!」

 まぼろし天狗の合図でハゲまっちょたちがセラの元へ走り込んだ。セラはとまどいっぱなしで、自分を取り囲んだ屈強な男たちにおびえて今にも泣きだしそうになっている。そんな少女の様子など意に介さず、ハゲまっちょたちは少女の至近距離でリフティングポーズをとりだした。

「ふおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!」

 みるみるうちにハゲまっちょたちの熱で少女の周りの温度が上昇を始める。それを、思ったとおりと悦に入って見守るまぼろし天狗。
 そこにやってきたのは、妻・コトノハを捜して今日もさすらっていたルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)だった。

「コトノハのやつ、一体どこへ消えたのだ? マッチ売りの少女を助ける為にと、あのドアをくぐったはずなのだが…」

 そのあと1人こっそり本の外へ戻っていたとは知らないルオシンは、朝からずっと街のいたる所を巡り「妻の行方を知らないか?」と訊き込み続けたせいで、すっかり疲れ果てていた。ふらつく足元で、それでも捜し続けているのは妻への愛ゆえか。しかし注意力がかなり散漫しており、前方での異様な光景に気付けていないようである。

「るっ、ルオシンさんっ!?」
 まぼろし天狗が先に気付いた。彼の登場に、見るからに動揺している。
 自ら変質者ルックをしている以上、それなりの覚悟もできているかと思っていたら、存外そうでもなさそうだ。まぁ、まさしく彼は決め文句どおり「体は知っている」のだから、顔が女王さまマスクとマフラーで隠れているからといって安心できる相手でないのは確かだが。

「――はっ! あれは一体…?」
 遅ればせ、路上に両ひざをついて身をかがめている少女に向かってハゲまっちょたちが自分の筋肉を見せつけているという変態チックな光景に気付いたルオシンが驚きに目を瞠る。

「い、いやっ!! 見ないでーーーっ!!」
 同じ視線の先で、自分が見られていると勘違いしたまぼろし天狗は、屋根を跳んでこの場から逃げ出したのだった。

  ――せめてハゲまっちょ連れて帰れ、コトノハ。