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学生たちの休日8

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学生たちの休日8

リアクション

 
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「へーえ、これが正規の天御柱学院のイコンシミュレータなのね」
 特別講義用のイコン教室にならんだカプセル型のシミュレータの列を見てカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が言った。
「許可はもうとってあるから、W01号機に入ってくれ。データはもうセットしてある」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)が、カチェア・ニムロッドをうながした。
「分かったわ。行くわよ、リーン」
「うん」
 リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が、カチェア・ニムロッドと一緒に指定されたシミュレータカプセルに入っていく。
 一口にシミュレータと言っても、イコンのコックピットタイプによって様々な種類がある。
 初期は、基本形としてのベーシックタイプのイーグリットコームラントの物しかなかったが、今ではイコンのタイプも様々に増えたため、S−01などのような可変戦闘機型コックピットなどの標準に合わせた物も用意されている。
 カチェア・ニムロッドたちの乗るのは、フィーニクスタイプのバーミリオン・Sだ。すでにデータは登録されており、その性能に即したシミュレートが可能となっている。
 バーミリオンは、以前から緋山 政敏(ひやま・まさとし)が使用していたS−01タイプの陽炎のデータを移植してある。同じ可変戦闘機型イコンなので、データの利便性は悪くないため、取り回しは思っていたよりはよい。ただし、飛行形態のバーミリオン・Fにくらべ、人形のSはより人間の形状に近くなっているため、操縦にはまったく新しいセンスを要求される。
 飛行形態のフィーニクスは、別名バード形態と呼ばれるように、真紅の鳥の姿に近い。不死鳥の名をいただく理由でもある。前進翼の下部には、ミサイルポッドが装備されている。胴部下部には、一つに合わされたツインレーザーライフルがメイン武装として異様を放っていた。その両サイドには、追加武装のスマートガンとグレネードランチャーがハードポイントに装着されている。また、人形時の武装として、銃剣つきビームアサルトライフルが背部に装着されていた。メインブースターの左右にはパワーブースターが二基装備され、バード形態のときは、他の追従を許さない加速力を誇る。
 この鳥形形態が変形を始めると、機首部分が後退し、下部ユニットが左右に広がって頭部が現れる。ツインビームライフルを保持する形であった両手が展開し、折りたたまれていた脚部がのびる。同時に、主翼がV字型に跳ね上がり分割変形して背部バインダーに変化するのだった。
 アルマインのように脚部がやや華奢なフォルムではあるが、基本は空中戦であるのであまり問題ではなかった。
「準備はいい?」
「メインエンジンは暖まってるわよ」
 訊ねるカチェア・ニムロッドに、リーン・リリィーシアが、もちろんと答えた。
「電磁カタパルトロック解除。メインブースター点火。発進!」
 シミュレータ用のイコン基地の電磁カタパルトから、加速されたバーミリオン・Fが空中に飛び出していった。バトルステージは、海京近くの海上だ。
 
「さて、新型のデータはどれほどの物であろうな」
「データ上は、完璧に再現していますから安心して。敵はフィーニクス型のようだから、射撃主体の高速戦闘をしかけてくるでしょうね」
 後部のサブパイロット席に座った有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が、事前情報を吟味しながら綺雲菜織に言った。
「高機動戦ではヒットアンドアウエイが基本になるってことであるかな? 最小旋回半径がどれくらいかによって、戦法も変わってくるか」
「ええ、多分。ただし、変形できるから、通常の戦闘機と同じだと考えると、背後を取られるわよ」
「なあに、そこは、この不知火・弐型の力の見せどころであろう」
 自信を持って、有栖川美幸が言った。だが、不知火・弐型もまだロールアウトしたばかりの機体だ。操作は以前の不知火と基本は変わらないとは言え、イーグリットからジェファルコンへ、第一世代から第二世代へと変わっている。同じであるはずがない。
 ホワイトブルーのパーソナル機体カラーは同じだが、不知火・弐型は以前よりも無骨なフォルムになっている。大腿部にはエネルギーカートリッジが内装され、耐久力もエネルギー量も以前の不知火の倍近いスペックだ。
 特徴的なのはそのフローターで、シェルフフローターとでも呼ぶべき複数の可変型フロートシステムが繋がり、翼のように広がっていた。これらが自由に方向を変えることにより、様々な方向に推力フィールドを展開して複雑なベクトル機動をも可能にしている。そのスペックは驚くべきものだ。
 腰部後方には、BWSをかねたバインダーがついている。背部にはビームライフルを背負い、両手には長砲身のバスターライフルがかかえられていた。
『さて、ただ戦うのも面白くはないであろう。戦闘に勝った方が、『次の休日』に緋山君とデートをするというのはどうかな?』
 不知火・弐型をカタパルトから射出させながら、綺雲菜織がカチェア・ニムロッドにむかって通信を入れた。
『ちょ、ちょっと、いきなり何よ!』
 思いっきり、カチェア・ニムロッドが動揺する。
「ええっと、カチェア、落ち着いて。もう戦いは始まっているのよ」
 あわてて、リーン・リリィーシアがカチェア・ニムロッドに声をかけた。
『勝負に勝って、政敏はもらうぞ』
『そんなことさせるものですかあ!』
 言い返すなり、カチェア・ニムロッドがレーダーに捉えた遠方の不知火・弐型にむかって突っ込んでいった。
 パワーブースターが咆哮をあげ、一瞬にして音の壁を突破する。
「予想通り、水平12時方向から突っ込んできます」
 レーダーを見ていた有栖川美幸が、冷静に綺雲菜織に告げた。情報戦はもう始まっている。敵の通信を真に受ける方が迂闊なのだ。
「飛んで火に入る夏の虫であるな」
 綺雲菜織が、チャージのすんだバスターライフルの照準をバーミリオン・Fにむけた。心眼でターゲットをロックオンする。有栖川美幸の弾道補正が加わり、バスターライフルが完全にバーミリオン・Fを捉えた。
「落ちろ!」
 バスターライフルが火を噴く。
「回避!」
 リーン・リリィーシアが叫んだ。ほとんど本能的に、カチェア・ニムロッドがバーストダッシュを発動させる。まるで見えない手に突き飛ばされたかのように、バーミリオン・Fが真横へと移動する。
 左90度ロールして右に移動したバーミリオン・Fの機体上部を、大気を斬り裂いて砲弾が通りすぎていった。
 だが、無茶な機動で、風圧を受けたバーミリオン・Fの翼がひしゃげた。いや、その抵抗を見越して、カチェア・ニムロッドが空中で変形をしたのだ。機体が縦回転して人形にかわり、各部にかかる力を分散させる。風がバーミリオンから手を放した。推力を失って墜落していく。
「下か」
 綺雲菜織がバスターライフルの砲身を下げる。
 落ちながら、バーミリオン・Sがツインレーザーライフルを放った。不知火・弐型が回避する。
 威嚇射撃で一瞬の時間を稼ぐと、海面にダイブする姿勢となったバーミリオン・Sが再び鳥形となる。海面ぎりぎりで機首を立てなおすと、タッチアンドゴーの要領で水平飛行に移った。衝撃波を叩きつけられた海面から凄まじい水柱があがる。それを、不知火・弐型のバスターライフルが粉砕した。
 二列の水の壁を引きながら、バーミリオン・Fが不知火・弐型の直下で垂直上昇に移った。同時に、ミサイルを一斉発射して先触れとする。
「速い!」
 不知火・弐型のフローターが、俊敏に反応した。機体正面をバーミリオン・Fの予定進路へとむけつつ、横っ飛びに移動してミサイルを避ける。だが、次の瞬間、バスターライフルの砲身が熔解した。タイミングをずらして、バーミリオン・Fがツインビームライフルを撃ってきていたのだ。
「やるな」
 不知火・弐型がバスターライフルを投げ捨てるところへ、バーミリオン・Fがノイズ・グレネードを撃ち込んできた。直後に、上向き開花で素早く離脱していく。バスターライフルに命中したグレネードが、パラミタ波を発信して不知火・弐型のレーダーを潰す。
「目を潰しましたね」
 有栖川美幸が、直前まで追っていたミサイル群の予測位置データを記憶に従ってタッチパネルに叩きつけた。
「下へ。迎撃を」
 綺雲菜織が機体を降下させた。上空から、反転してきたミサイル群が迫る。それにむかって、不知火・弐型もサイドバインダーからミサイルを発射した。AAMが、有栖川美幸が予測した方向へと飛んでいく。
「ミサイルにミサイルを命中させるなんて芸当ができるわけない」
 背面飛行から機体を起こしながらカチェア・ニムロッドがつぶやいた。
 それぞれのミサイルがすれ違おうとした。その瞬間、近接信管で不知火・弐型のミサイルが爆発する。直撃を受けたミサイルは誘爆し、爆風で進路が変わったミサイルは海面に命中して水柱を噴き上げた。ミサイルの爆風にあおられてバランスを崩したかに見える不知火・弐型が、その水柱に呑み込まれる。
「今よ、こちらは見えないままでしょ!」
 空中で、バーミリオン・Fが素早く変形した。両手に持ったツインビームライフルを叩きつけるように合わせて再び一つとする。エネルギーの大半が、ツインビームライフルに回る。
「カチェア、手加減無用よ♪」
「政敏さんは私の物です!」
 カチェア・ニムロッドが思いきりトリガーを引いた。
 必殺のレーザーが水柱に突き刺さった。身動きのできない不知火・弐型を呑み込んだ水柱が、激しい水蒸気爆発を起こす。もうもうとたちこめる水蒸気の中から立て続けに爆炎が広がった。
「やった♪」
「違う……、まだ!」
 機体の破片がないことに気づいて、リーン・リリィーシアが叫んだ。あれは、廃棄されたミサイルの誘爆だ。
 水面下を巨大な影が移動する。
 次の瞬間、バーミリオン・Sの真下の海中から、不知火・弐型が飛び出してきた。円筒状に機体をつつみ込んで水中推力を作りだしていたシェルフフローターが、翼のように左右に円弧状に広がって周囲に水を飛び散らせながら機体を安定させる。
「水中からですって!?」
 一撃必殺でレーザーライフルにエネルギーを回していたバーミリオン・Fの動きが一瞬遅れる。
「こちらも、天学のプライドがある。ゆえに、負けるわけにはいかん!」
 下方から迫りくる不知火・弐型が、バインダーのラックから新式ビームサーベルを抜いた。不知火・弐型とともに空中に跳ね上げられた水飛沫が、ビームに焼かれて音をたてて蒸発する。
 一閃。
 バーミリオン・Sの右脚部から腕にかけてが斬り落とされた。背部に移動していたパワーブースターが誘爆してバーミリオン・Sが墜落する。
『YOU ARE LOST』
 カチェア・ニムロッドのメインモニタに、屈辱的な文字が浮かんだ。
「みんな、お疲れ様ー」
 やれやれ、やられたと、リーン・リリィーシアが肩を揉みながらシミュレータから出て来た。
「い、今のはなし!! 練習です、練習。今度は、本番です」
 緋山政敏とのデートがかかっているので、カチェア・ニムロッドが必死に叫んだ。
「いいだろう。だが、今度も私が勝ったら、政敏は私の婿だ。よいな?」
 にやりと、綺雲菜織がほくそ笑む。
「ええっと……。か、勝てばいいのよね!」
「まあまあ、カチェア、落ち着いて。もうごはん食べようよー」
 興奮するカチェア・ニムロッドをなだめながら、リーン・リリィーシアが言った。
「ごはん……」
 食べられるのかなあと、有栖川美幸が軽く唇に手を当ててつぶやいた。