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学生たちの休日8

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学生たちの休日8

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新しき年、空京

 
 
「いらっしゃいませー。福神社、元旦大サービス中でーす。空京神社の初詣に零れた方は、こちらでお引き受けしていまーす」
 時は少し遡って2022年元旦、福の神 布紅(ふくのかみ・ふく)は一年で一番忙しい日を呼び込みで過ごしていた。
「うん、やっぱり福神社の方は空いていたですぅ」
 空京神社での初詣を、そのあまりの人混みで敗退してきたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、ほっと一息つきながら晴れ着のあちこちを整える。
「そうだよね、もう人混みはこりごりだよ」
 ほっとしたように、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も言う。
 しかし、この場合、人が少ないというのは褒め言葉かどうかは微妙なところだ。それでも、落ち着いた参拝ができるのはいいことであった。
「さあ、参りましょう」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が二人をうながす。
 本殿の所にしつらえられた賽銭箱に五ゴルダを投げ込んで、パンパンと二礼二拍手でお参りを済ませる。
「――本当に一年間パートナーたちと共に一緒に無事に過ごせました。今年も一年間セシリアをはじめとするパートナーたちと共に無事に過ごせますように」
「――今年も、美味しい物がたくさん食べられますように」
「――今年も撲殺天使の正体がばれず、正しく撲殺できますように」
 それぞれに、今年への思いを神様にお願いする。
「えっ!?」
 布紅がちょっと戸惑うような顔になったのは、気のせいだろうか。主に、最後のお願いのせいかもしれないが……。
「みんなと一緒の初詣も、もう何度目でしょう。こうして、毎年お参りをすると、新しい年の最初に身が引き締まる思いですね」
 空京神社の参道を下りていきながら、フィリッパ・アヴェーヌが言った。
「うん、今年一年も、みんなで頑張って活躍するですぅ」
 メイベル・ポーターがうなずく。
「じゃあ、ちょっとあそこの甘味処で、今年の作戦を練ろうよ」
 セシリア・ライトが、メイベル・ポーターの晴れ着の袖を引っぱりながら言った。作戦と言っても、そんなことは口実、いや、お汁粉撃退作戦と言うところであろうか。
「それはいいですね。たくさん食べましょう」
 メイベル・ポーターがニッコリとうなずく。
「あ、でも、食べ過ぎには気をつけようね。ただでさえ、お正月は危険期間だから」
 誘っておいて、セシリア・ライトがみんなに注意する。帯にキュッと締めつけられたお腹のあたりをちょっとさすってから、もうちょっと上にお肉がつけばいいのにとちらっとメイベル・ポーターとフィリッパ・アヴェーヌの胸のあたりを見た。
 参道の左右には、甘味処やお土産屋がならんでいる。今はお正月なので、出店の屋台も多いようだ。団子に、甘酒に、焼きそば、ホットドッグ、ゆる焼き、べっこう飴、たこ焼き、じゃがバター……。誘惑は多い。
「はあ、暖まりますぅ」
 お汁粉を啜りながら、メイベル・ポーターがほうっと白い息を吐き出した。
「ここは、角餅のようですね」
 お餅をぴろーんとのばしながら、フィリッパ・アヴェーヌが言った。
「うーん」
 そんな中、セシリア・ライトがちょっと難しい顔で、空のお椀を見つめている。
「どうしたんですぅ?」
 不思議に思って、メイベル・ポーターが訊ねた。
「うーん、やっぱりおかわりするべきかなあ……。でもなあ……」
 お腹周りの肉と相談しながら、セシリア・ライトが悩む。
「あらあら、大変な悩みですねぇ」
 でも、幸せな悩みだとメイベル・ポーターが笑った。
 
    ★    ★    ★
 
「ふう、凄い人混みだったねぇ。やっぱり、普段着で来て正解だったかな」
 参拝客の群れの中からやっと抜け出して、清泉 北都(いずみ・ほくと)が言った。
「そうでございましょうか? 私は着物姿の北斗が見られなかったのが残念ですが……。まあ、でも、こうして一緒に初詣に来られたのはよかったです。……邪魔者はおりますけれどもね」
 チラリとモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)の方を見てからクナイ・アヤシ(くない・あやし)が言った。
「まあまあ、着たこともないモーちゃんには堅苦しすぎたろうしねぇ。でも、こういう地球の風習は、二人も珍しかっただろぅ」
 清泉北都が、あわててとりなした。
「それで、二人は何をお願いしたんだい?」
「もちろん、今年も大切な人を守れますようにでございます」
 清泉北都の方を見据えて、クナイ・アヤシが言った。
 らしいなあと、清泉北都が思う。でも、できればもっと自分を大切にしてほしいとは思う。一方的に守られる存在だなんて思いたくはないし、お互いに足りないところを補い合う仲が理想なんじゃないだろうか。それこそが、パートナーだと清泉北都は思った。
「それで、モーちゃんの方は?」
「我の今年の目標か? それは主に我を纏ってもらうことであろうか。なにしろ、目覚めてから一度も主に纏ってもらったことがない。好きで魔鎧にされた訳ではないが、鎧である以上は身に纏ってもらわねば存在意義がないと言うもの。そうであろう?」
 軽く銀縁メガネの蔓を指先でつまんで位置をなおしながら、モーベット・ヴァイナスが答えた。
「なんです、それは! 魔鎧を纏うだなんて、前からですか、後ろからですか! つまり、モーベットが北都の体に纏わりついて……いけません! そんなこと、私が許しません!!」
 人間体のままモーベット・ヴァイナスが清泉北都の身体にしがみつく妄想をして、クナイ・アヤシが叫んだ。
「そこの天使、何を変な妄想を見ている」
 やれやれと、モーベット・ヴァイナスが軽く溜め息をついた。普段は冷静なくせに、主が絡むととたんにこうだ。
「うーん、その願いはちょっと難しいかもぉ……」
「そうですよね、そうでございますよね」
 清泉北都の言葉に、クナイ・アヤシが目をキラキラと輝かせる。
「モーちゃんはただの魔鎧じゃなくて、ザナドゥの村で見つけた紫銀の魔鎧だから。人の欲望を暴走させる性質をもっているんだよね? 昔、奥底にしまったまま封印した思いなんて、今さら表に出されても困るし、僕自身、それが何であるか知らないから……。まあ、どうしても必要になれば纏うだろうし、気長に待っていてよ」
「はい、お待ち申しております」
 ならばいつか時は来るのだろうと、モーベット・ヴァイナスは清泉北都に頭を下げた。
 
    ★    ★    ★
 
「藤乃様〜」
「これ、今はセシリア・ナートです」
 マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)に本名を呼ばれた伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)が、あわてて訂正した。
「ああ、すみません。今はセシリア様なのですね」
 あわてて、マリカ・メリュジーヌが口裏を合わせる。
「それにしても、もの凄い人出ですわね」
 空京神社に初詣に来ている人混みを見て、伊吹藤乃が言った。先ほどからなんとか本殿に近づこうとしてはいるのだが、もみくちゃにされてほとんど進めていない。すでに小正月も近いというのに盛況なことであった。
「地球の風習はよく分からないけど、これが恒例の儀式らしいです」
 そういえば、地球に帰省しているはずの崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)はどうしているのだろうかとマリカ・メリュジーヌはちらと思い出したが、すぐに忘れた。なにしろ、今はデートの貴重な時間だ。
「うむ、ジャガンナート教としては若干理解しがたいですけれども、郷に入っては郷に従え。宗教行事とはそういうものでしょうね」
 ぎゅうぎゅうと人混みに押しくらまんじゅうされながら、伊吹藤乃が答えた。いつもであれば、面倒なので一気に吹き飛ばしてしまうところだが、不可抗力という大義名分でマリカ・メリュジーヌとぴったり身体を密着できるので、これはこれで……。
「これは……。退け一般人。二人の邪魔をするでない」
 分厚いロングコートにハンチング帽を被り、マスクとサングラスをかけてカモフラージュしたリニア・グランシュタイン(りにあ・ぐらんしゅたいん)が、伊吹藤乃たちを押す参拝客を一所懸命排除しようと奮闘していた。だが、晴れ着姿の参拝客が多い仲で、その出で立ちはあまりに怪しすぎる。
 けれども、そんなリニア・グランシュタインのおかげもあったのか、なんとか伊吹藤乃たちはお賽銭箱に辿り着けたようだ。無事願かけを済ませると、人の列から抜け出していく。
「やれやれ。結構大変でしたわね」
 屋台のたこ焼きをつまみながら、伊吹藤乃が言った。手には、さっき買った無病息災のお守りと破魔矢の入った袋がぶら下がっている。
 二人共末吉というよく分からないランクだったおみくじは、周りの人をまねてとりあえず木に縛ってきた。二人は知らないが、今ごろはリニア・グランシュタインが、末の字を消して大に書き換えて縛り直しているころである。
「それで、藤……、いえ、セシリア様は、何をお願いしたのですか?」
 一緒のたこ焼きを楊枝でつつきながら、伊吹藤乃にマリカ・メリュジーヌが訊ねた。
「今年は、より自分らしくなれますようにとお願いしましたわ」
 より自分らしく、つまりは、欲望に忠実にと言うことになる。
「それで、マリカさんは何を願いましたの?」
「いつか魔人になれますように……ではなくて、少しでも長く二人の時間を過ごせますようにです」
「そういえば、神になりたいといつかおっしゃっていましたわね」
「ええ。でも、それって神様に頼むことじゃないんじゃないかなあと思って」
「それは、どんな神様になるかによるのでしょうね。でも、どんな神様になるにしても、できれば、ただ私一人だけの神様になってほしい……。やだ、私何を言ってるんだろう」
 思わず口走ってしまい、伊吹藤乃が珍しく顔を赤らめた。
「たった一人のための神様というのも、なんだか不思議な感じですね。でも、素敵かもしれません」
 マリカ・メリュジーヌはそう答えた。