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我が子と!

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〜 8th phase 〜


 「……さて、他の者は解決の為に動き出したようじゃが……どうしようかの?」

頭の耳をそばだてて天神山 保名(てんじんやま・やすな)は庭先で思案に暮れる
遠くからアダムと他の者の波動は感じるが、それがかなり微弱なのは、この空間が強固だからだろうか?
……現に多くの者がバグの影響から開放され、真実に向き合っている中、自分の相手にその様子は無い

彼女が天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)とこの仮想都市を訪れたのは単純な親子デートのつもりだった
それが、いざ気がついてみれば街並みは森に変わり、目の前には「白狐の里」という集落があり
傍にいたはずの葛葉が集落の一角の屋敷で膝を付いて出迎えていた

そしてもっと驚いたのが葛葉の傍らにいた一人の童
……そこでようやく、この仮想都市に導入されたシュミレーターの存在を思い出したのである
なぜか自分は葛葉の様な環境変化の影響を受けなかった様で
色々調べるうちにバグの影響で葛葉の様な事になった者が大勢存在する事がわかった

……ちなみに自分達の設定は、主である斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)達と決別した後、二人でここに住み
幼い時から育てた葛葉と自分が夫婦となって出来たのが……清明というなの童なのだそうだ

まるで逆光源氏計画と突っ込みを入れたくなる設定や
バグの影響を受ける程の自分への想いと願望が、子ほど歳離れた葛葉にあった事にも戸惑い
切実どうしようかに悩み戸惑ったものの
巫女服にエプロン姿でかいがいしく自分や子供の世話をする
そんな葛葉の姿も新鮮で、ついつい今の今まで現状維持でいてしまったのである

(「……まぁ、白狐神拳を教えたり、葛葉と清明を膝枕で寝かしたりと楽しかったがな」)

気がつけばバグの影響も弱まり、多くの者達が事態の収拾に動き始めたようだ
……できればそれに付き合うのが筋なのだろうが………

 「ババ様おかえりなさいませー!清明、ちゃんとかか様とお留守番出来ました!」
 「ババ様言うなこのやんちゃ坊主が!で、葛葉はどうしたのじゃ?」

元気良く抱きついて縁起でもない名で自分を呼ぶ息子に葛葉の居場所を尋ねると奥の部屋を指差した
半開きの襖越しに彼女の背中が見える。溜息をつき、保名は彼女の元へ歩みを進める

 「お帰りなさいませ、保名様。今、急いで夕げの仕度を……」
 「よい、そのまま続けてくれ………ええと………変わりは無かったか?親子共々」
 「ええもう……あの子ったら片付けは苦手ですけど、お手伝いはちゃんと出来るので助かります」

背中を向けて息子の着物を繕っている葛葉の姿に変化は無い
生い立ちからか、通常はやや狂人じみている所があり、それが性根とは思ってなかったが
彼女がここまで家族に優しい良妻賢母だとは、付き合いの長い保名ですら思わなかった

その見たことも無い笑顔につられたのも、真実を切り出せない理由の一つだったわけで
その本心を確かめにくく、保名の気持ちに迷いが生じて他愛ない会話を続けてしまう

 「……それは、清名の足袋か」
 「ええもう、元気に遊びまわるのですぐに破けてしまって……
  新調すれば早いのですが、こう泥が染み付いた物を何度も使うのも味があります」
 「………幸せそうだな、葛葉」

それは、さり気ない保名の本心だった。だが彼の言葉に突然葛葉の手が止まる

 「ある獣人の方に言われた「希望」という言葉……僕、希望なんてないと思ってました
  でも、今の僕にはあります…この幸せな生活をいつまでも続けたいって希望が……」
 「……葛葉?」
 「あの子の清明という名…清栄な未来を照らす希望の明りになって欲しいという願いでつけました
  その気持ちに変わりはありません、例えその未来が無いのだとしても」
 「……………お主、まさか……」

全てがわかって……と問いかけようとして、保名は傍らの我が子に気がつく
清明はぎゅっと袖を握り締め、頭を自分の肩に預けて俯いている

(「そうか、わしが居ない間に話し合ったのだな……二人とも」)

繕い物を置き、葛葉が自分の方を向く、その瞳は涙に溢れていた

 「不思議なんです。この様な不条理、いつもなら壊したい程に憎いはずなのに……
  そんな気持ちに時間を費やすよりも、今は少しでもこの子と!保名様との時間を過ごしたい!」

言いながら肩を震わせる葛葉、そして傍らの清名の姿を保名は見る……少しして溜息と共に口を開いた

 「まったく、わしよりも親らしくなりおって……そうだな、そのような選択もまた一興、か
  ならばわしも付き合おう、この世界が元に戻る最後のひと時まで共に心ゆくまで過ごすとしようか」

仮初の母子が抱きついてくるのを抱きとめ、優しく保名は撫でてやる
嗚咽のあまり声にならない葛葉の代わりに、清明ははっきりと幼い声で保名に言葉を告げる

 「かか様は優しくて大好き!ババ様だって御胸も御膝もふかふかもふもふで大好きです!
  かか様…ババ様…大好きです。清明を産んでくれて…ありがとうです!
  清明は…かか様とババ様の…良き娘…でしたか?」

幼子に微笑みながら、保名はどこまでも胸に届くような声でその問いに返す

 「あたりまえじゃ、今までも……そしてこれからもな」



 「……本当にいいの?お兄ちゃん、みんなは動いているようだけど」
 「かまわないよ、たまには全てを他に任せるってのもいいだろうさ」

場所は変わって居住エリアのアパート風の一室
鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)の問いかけに大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は動じる事無く
ショッピングモールの買い物袋をごそごそと漁り、買ってきた物を目の前に広げる
娘と共にその中身を見た望美は意外とばかりに怪訝な声をあげる

 「これ……おままごとセットじゃない?」
 「ああ、娘と一緒にみんなでやろうと思ってさ」

沢山のピンクに彩られた遊び道具に目を輝かせる娘とは裏腹に
望美は現在の都市の状況も合わせて、剛太郎の真意が読めないでいた
そんな彼女に、玩具の包丁を手に取りながら剛太郎は語りかける

 「……覚えてないか?小さかった頃、一緒によく遊んだだろ?こいつでさ」
 「……あ」

声をあげる彼女に、いつもとは違う自然体の口調で剛太郎は続ける

 「俺と望美でお父さんとお母さん。持って来た人形を子供にしてさ……公園で良く遊んでたっけ
  色々あって、もうこんな歳になってしまったけどさ
  ああいう思い出っていつまでたっても忘れないもんなんだな
  小さい時も楽しかったけど、今それがこんなに大切な記憶になるとは思ってもみなかった」
 「そうね……あたしも楽しかったなぁ……」

遠くを見るような望美の言葉を聞きながら、剛太郎は娘を抱き上げる

 「自衛官になって、そしてパラミタに来て多くの戦場を辿ってきたけどさ
  今まで無事で居られたのって、そういう大切な思い出があったからだと思うんだ
  だからこの子にもそれをやってあげたい、その想い出を作ってあげたいんだよ
  ……この子がこれからどうなるのかは判らない、でもこの世界にずっと存在できるのであれば
  離れていても幸せで居られるように、時間をいっぱい与えてあげたいんだ……駄目かな?」
 「……そうね、この子と一緒にいられるのは、あたし達だけだものね…………わかったわ」

剛太郎の思いを知り、望美も彼に付き合うことにする
紅い夕日が窓から差し込む中、静かに親子3人の遊戯は続く

剛太郎が父親、望美が母親……子供は今度は人形ではなく、笑い声を上げる娘
それが仮初である以上、この関係はお遊戯と何ら変わりないのかもしれない
けれど、暖かく愛しい時間は何よりも本物で……あの小さな頃の時間が甦る
何ものにも縛られず、お互いを純粋に想い……共に歩む将来を本気で夢見たあの頃のように

結局あれから色々経た時間は変わらない、今やっているそれも時間がたてば終わるお遊戯
でも……それでも……

 「あれ?おかしいな……なん……で?」

手にぽたり…と落ちた雫に驚いて望美は自分の頬に触れる
気がつけば、目から溢れた涙が次から次へと溢れて止まらない
心配そうな顔をする我が子の傍ら、そんな彼女の肩を抱いて、剛太郎が言った

 「遊び終わったら、みんなで食事をしよう。
  この子が生まれた事を祝おう……精一杯の誕生パーティーとしてさ」
 「ええ……ええ……そうね」

夕暮れの中、静かに親子のおままごとは続いていく
……どこまでも……いつまでも……