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<part1 ブレーメンの旅行客>


 ヴァイシャリーの街中。美味しいと評判のパスタ店『ピノキオ』には、テラス席にも大勢の人が座っていた。
 ついさきほどまでは、だけれど。
 今は、人ではない。かなりの客が動物の姿に変わってしまい、そして自分の身に起こったことを把握できず、あわあわしている。
 口コミの評判に釣られてやって来ていた師王 アスカ(しおう・あすか)オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)も、そうだった。
「なんで私小さくなっちゃってるの〜? 肉球? 手がもふもふしてる〜?」
 ふにふにと、自分の肉球で自分のほっぺたを抱えるアスカ。
「アスカ、黒いパラミタキャットになってるわよ。なかなか可愛いわ」
 とオルベール。そういう彼女は銀色のパラミタシマリスになっていた。
 アスカはテラス席を見回す。
「動物に変わってる人と変わってない人がいるわね〜。もしかして、契約者限定の魔法なのかしら〜?」
「かもね。まぁ、一時的なものだろうし、このまま観光しましょ!」
 オルベールが提案すると、アスカもうなずく。
「そうね〜。そうしましょ〜」
 呑気な二人だった。
 ペットのシルバーウルフ、『スタッカート』の背中に黒猫のアスカが乗せてもらい、アスカの背中にシマリスのオルベールが乗って、大通りをそぞろ歩く。まるでブレーメンの音楽隊だ。
「スタッカート、右に行ってくれる〜?」
「わふっ(分かった)」
 アスカの頼み通り、交差点を右折するスタッカート。
 動物化したせいか、アスカとオルベールにもスタッカートの言葉が理解できるようになっていた。
 せっかくなので、アスカは気になっていたことを聞いてみることにする。
「ねぇ、スタッカート。私たちのことどう思ってるのかしらぁ〜?」
「わふわふわふ(ご飯をくれると思ってる)」
 オルベールも尋ねる。
「好きな食べ物はなに?」
「がう!(カニ!)」
「不満とか……ある?」
「きゅーん、きゅんきゅん……(冬だからってストーブがんがんつけないで欲しい……)」
 スタッカートは尻尾を縮こまらせた。


「なんで俺がカラスなんだ? 普通、コウモリじゃないのかよ。ま、飛べるならどっちでもいいけどよ……」
 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)はつぶやきながら、ヴァイシャリーの上空を羽ばたいていた。
 空から見るヴァイシャリーは、人形の国のセットのようで新鮮だ。
 色とりどりのレンガ。群青色の河水。豆粒みたいな人々がせわしなく動いている。
 ソーマの飛ぶ下を、清泉 北都(いずみ・ほくと)が散歩していた。こちらは黒い豆柴犬。いつものイメージ通りの姿だ。
 体高が三十センチぐらいと極めて小さいので、地面が近い。
「ふうん、これが犬の視点なんだねぇ」
 北都は感慨深そうにつぶやく。
 石畳の道路にも匂いがあるということを初めて知った。犬の嗅覚も手に入れたのかもしれない。漠然と匂いを感じるのではなく、匂いが帯のように流れているようにすら感じられる。
 ソーマは時計塔の針すれすれを、体を斜めにして通り過ぎ、北都の背中に舞い降りた。
 北都はソーマのかぎ爪が自分の毛皮を掴むのを感じる。
「どう? なにか面白いものあった?」
「おうよ。町中が面白いことになってるぜ。何百匹って動物が溢れてる」
「なにが起きてるんだろうねぇ」
「さあな。それより、腹が減った。食い物はないか?」
「んー……」
 北都は鼻を突き上げ、空気を吸い込んだ。オリーブオイルの香りが鼻腔に流れ込む。
「向こうに美味しそうなものがあるみたいだよ」
 北都はソーマを背中に乗せて大通りを歩いた。
 香りの出所、パスタ店『ピノキオ』の店先に近づき、ドアを押して中に入る。
「あのー、すみません。なにか食べ物をもらえませんか? お金は後で払いますので」
 北都が丁寧に頼み込むと、店中の視線が北都に集まった。
「きゃー可愛い!」「豆柴!?」「あげるあげる! なに食べたいの!?」
 店にいた人たちが、こぞって押し寄せてくる。
「えっと、これでも本当は人間なのですが……」
 お客たちに撫でまくられ、たじろぐ北都だった。


 ヴァイシャリーの商店街にてショッピング中の立川 るる(たちかわ・るる)
 彼女がふとブティックのショーウィンドーを見やると、もこもこした四足歩行の動物がこっちを見ていた。
 それが自分だと気付くまで、数秒。
 るるはびっくりしてショーウィンドーに鼻面を寄せる。
「えー!? なにこれなにこれ! どうして動物になっちゃってるの!? しかもこれって憧れのアルパカ!? ひゃう!」
 変身したことを嫌がるどころか、めっちゃハイテンション。
 でも残念ながら、半分正解。正しくは、アルパカじゃなくてリャマである。似ている動物ではあるけれど。
 るるが連れているペットのアルパカ三匹は、勘違い中のるるをどっぺりした眼で生暖かく眺めている。
 なぜアルパカなんぞをショッピングに連れてきているのか。それは不明である。それがるるである。
 五芒星侯爵 デカラビア(ごぼうせいこうしゃく・でからびあ)は、ヒトデの姿に変身してるるの頭に貼り付いていた。まるで星形の髪飾りみたいな彼は、親切にるるの間違いを指摘しようとする。
「おい、るる。それはアルパカじゃなくてリャマ――」
「頭かゆいなあ」
 るるが建物のざらついた壁にデカラビアごと頭を擦りつけ、デカラビアは皮膚をげっそり削がれる。
 るるは決していじわるをしているわけではない。デカラビアの存在を忘れているのだ。
 るるの隣には、彼女のパートナーである立川 ミケ(たちかわ・みけ)がいた。普段は黒猫の姿だが、今は人間の女性に変身している。
 きっと自分は黒髪ロングの美しい乙女になっているのだろう、とミケは思う。このままではナンパなどをされてしまう。きゃーどきどき。そんな心境だった。
 もし、ミケがちゃんとショーウィンドーを見ていたら、気付いただろうに。美しい乙女というより、乙女???? と疑問符がたくさんつくような姿になっていることに。
 まあそれはともかく。
 るるとミケは買い物を続行することにして、ブティックに入った。デカラビア? そんな者はいない。
「それにしてもミケってば、やっぱ正月太りだよね。猫だったら許されるけど、人間だと、ね」
 るるは気の毒そうな視線をミケに向ける。
 ――なに言ってるの、るるちゃん、太ったとか物騒な。
 ミケはそう思いながら、ようやく壁の姿見を確認し、
「な、なぁ――――!?」
 悲鳴を上げた。
 そこには、百キロは超えてそうな超ヘビー級の乙女???? がいた。
 ――どどどどどどういうことなの!? これがあたし!? これが!?
 頭真っ白。気が遠くなってくる。ナンパされるどころか駆逐されそうだった。
「そろそろ春物も用意しないとね。これなんかいいんじゃないのかな」
 るるはハンガーからストールを取った。手は使えないので、口で。はむはむと噛んで素材感も確かめる。
「珍しい素材だね。しっとりしてる」
「いやお前、しっとりしてるのはお前の唾がついてるから……」
 デカラビアは言うが、るるは聞いていない。
「んー、このストールとは合わないかな。アルパカさん、ちょっとこの髪飾り取ってー」
「ぎゃあああああ!」
 デカラビアはアルパカに噛まれて、るるの頭から剥がされた。
 そして、ぽいっと店の外に放り捨てられる。

 ちょうどそこへ、アスカとオルベールがやって来た。
 突然現れた奇っ怪な生物に、二人は思いきり警戒する。
「アスカ! 気をつけて! 先に動いた方が死ぬわよ!」
 とオルベール。
「見るからに凶悪そうな化け物ね〜。どうしましょ〜」
 とアスカ。
 デカラビアはこほんと咳払いし、決め顔を作る。
「俺は五芒星侯爵 デカラビア。俺のあまりのイケメンぶりに驚かれるのも無理もない。実はぎゃあ!」
 スタッカートがデカラビアをくわえ上げ、遠くに放り投げた。

 デカラビアはくるくると回りながら、今度は北都とソーマの前に落下した。
 パスタ屋から出てきたばかりの北都は、仰天して飛び退く。
 デカラビアはよろめきながら北都に歩み寄ろうとする。
「お、おい、物は相談だが、俺をるるのところまで連れて行って――」
「北都、近寄るな! こいつはやばい! 関わったらタダじゃすまないぞ!」
 ソーマはデカラビアに襲いかかった。クチバシでデカラビアをくわえ、できる限り速く飛ぶ。
 北都は自分が守らなければ。その思いがソーマを急き立て、高く高く飛翔させた。
「待て、話せば分かる! まずは俺を下に降ろして話し合おう! あんまり高いところに行ったら鼓膜がぱこんってなるから! ぱこんってえええええ!」
 デカラビアは絶叫した。