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<エピローグ>


 夕刻。
 百合園の離れ、エリスの実験室。
「解毒薬、できたよー……」
 エリスは疲れきって実験用のテーブルにうずくまった。
 お疲れ様です、とメイドがテーブルの脇に紅茶を置く。
 実験室には、動物に変身してしまったコントラクターたちが集まっていた。部屋から溢れた者や、サイズ的に入れなかった者たちは、実験室の外に待機している。
「どうぞ、お使いください」「どうぞ」「どうぞ」
 メイドたちが解毒薬のカプセルをコントラクターたちに配っていく。
「やっと戻れるんですのね……」
 美緒もカプセルを受け取った。
 それを、実験器具の隙間からドキドキしながら眺めているハムスターがいた。絹谷 姫百合(きぬたに・ひめゆり)である。
 彼女は美緒を熱心すぎるほど慕っている。
 せっかくハムスターになったのだから今日がチャンス。美緒が人間に戻った瞬間を狙い、美緒の胸元に潜り込んで告白しようと企んでいた。
 美緒がカプセルを飲み下す。すると、ウサギの体がどんどん大きくなり、人の姿を取って、元通りの美緒に戻った。ちゃんと百合園の制服を着た状態だ。
 今だ! と姫百合はテーブルから跳躍した。美緒の体に爪を引っかけ、素早く駆け上って、ブラウスと胸のあいだに入り込む。
「な、なんですの!?」
 美緒はすぐさま姫百合の首根っこを引っ捕まえた。
「そういう不届き者には、これをお使いください」
 メイドがスプレー式の解毒薬を美緒に渡した。美緒はそれで姫百合に一吹き。姫百合は百合園生の姿に戻ってしまう。
 だが、構わない。このまま告白しよう。姫百合はそう思い、美緒に抱きついた。
「私は姫百合と申します。入学した時から、美緒お姉様を見ておりました。これからもお姉様だけを見ています。だから私めを愛してください。駄目でしょうか?」
「えっと……」
 美緒は戸惑いがちに姫百合の肩を掴んで自分から引き離す。
「あなた、どなたですの?」


 人間に戻った佐野 亮司(さの・りょうじ)は、いまだ黒猫のままのエリスに説教した。
「……一歩間違えたら大惨事になっていたんだからな。今度からは実験をするときはちゃんと注意しろよ」
「うん! 今度はもっと面白い魔法薬作るっ!」
「いや、そうじゃなくてだな。それと、野菜泥棒は悪戯じゃなくて犯罪だ。二度としたら駄目だぜ」
「えへへ♪」
 エリスはニコニコ笑っている。
 本当にこの子は分かっているのだろうか、と幾ばくかの疑問を抱きつつ、亮司は実験室を後にした。
 今回の事件をおおごとにしないでもらおうと、街の人たちの説得に向かう。
 悪乗りして暴れていたコントラクターたちを、半ば無理やり引き連れている。彼らを謝らせ、被害を償うために街でタダ働きさせようと思っていた。面倒見の良い兄貴だった。
 虎になって肉を強盗して回っていた麦子も、その一人。
 亮司は麦子を肉屋に連れて行き、事情を話して働かせる。
「じゃあ、しっかりと働けよ」
 次の店へと出発する亮司。
「はいい……」
 麦子は肉屋の調理台の前でうなだれた。
 肉を切ってはトレイに仕分ける。虎の姿でさっきまで貪っていた物だ。
 ――美味しそうです……。
 麦子は牛肉をつまんで口に運んだ。
「……生肉を食うな」
 肉屋の店主が叱りつけた。


「エリスお嬢様、そろそろ人間に戻らないと副作用が心配です」
「はぁーい」
 メイドがエリスの口元に解毒薬のカプセルを差し出した。
 エリスはメイドの手の平からぱくっとカプセルを呑む。黒猫の姿から、小さな女の子の姿に戻る。
 南 鮪(みなみ・まぐろ)はこのタイミングを待っていた。実験室からは人が減り、今が絶好の誘拐チャンス。
 鮪はエリスに駆け寄るや、通り抜けざまにエリスの体を小脇に抱えた。
「お嬢様ー!?」
 メイドの叫び声。
 鮪はそのまま実験室の外に飛び出し、スパイクバイクに跳び乗る。急発進する。
「おにーさん、なにしてるの?」
 エリスはきょとんとしている。
「ひゃっはー! 心配するな、空京に連れて帰って、スーパーエリート様の愛人にしてやるだけだぜぇ!」
「つまりー、おにーさんって悪い人?」
「ああ、俺は悪い奴さ! 泣かした女は星の数! 極悪非道の無法者さ!」
「ふーん、そっかぁ。じゃ、お仕置きしてもいいよね♪」
「へ?」
「アマゾネスさーん!」
 エリスが呼ぶと、周囲に不滅兵団が召喚された。女騎士の形をした、鋼鉄の兵士たち。
 一体がエリスを鮪から奪い取り、他の兵が鮪を周りから押さえ込む。そしてスパイクバイクごといずこかへ引きずっていく。
「お、おい! どこに連れて行くつもりだ! やめろ! うわああああ!?」
 鮪の悲鳴が響き渡った。
「きゃははー♪」
 エリスは両腕を翼のように広げて実験室に駆け戻る。
 そこでは、白い子猫のままの未散がメイドにしっかりと抱えられて(捕まえられて)いた。首にはファンシーな首輪までつけられている。
「あの……、お腹が空いたし、もう帰りたいのだが……」
「ダメー! 解毒薬作ったらなんでもするって約束したもん!」
 エリスは未散に霧吹きで解毒薬を吹きかけた。
 未散が少女の姿に戻る。それも、下着姿の。
 未散は裸身を両腕で抱えた。
「ひゃああああっ!? 着替え途中で変身したの忘れてた!」
「きゃーん! きれーい! 素敵ー! ホントに未散ちゃんだー!」
 エリスは大喜び。
 ぱん、と手を叩くと、メイドの一人が実験室のドアの鍵を閉めた。他のメイドたちが部屋の奥から大量の衣装を持ってくる。
 エリスはにこやかな笑顔で未散に迫る。
「いーっぱい、未散ちゃんを着せ替えさせてもらうねっ! 今日は帰さないからね♪」
「うー……」
 未散は身をすくめた。
 メイドたちもみんな笑顔だが、しっかりと退路を塞がれていて逃げられそうになかった。


 そして、百合園敷地のすぐ外で。
「困ったなぁ……」
「困ったね……」
「どうしたもんかなぁ……」
 パラミタダイオウイカに変身したアキラ、巨大タコに変身した茜、ティラノサウルスに変身した明子は途方に暮れていた。
 体が大きすぎて、解毒薬が足らなかったのである。原料も調達に時間がかかるらしい。
 日はだんだん傾き、気温も下がってくる。
 なにより、体が大きいせいでカロリー消費が激しく、さっきから腹ぺこで仕方ない。百合園生が食べ物に見えてくるレベル。だいぶ危ない。
 明子が提案する。
「よし、ひとまずタコの足を食べよう。そしたら百合園生を食べちゃわずに済むわ」
 茜が意見。
「足の数はイカの方が多いんだから、イカを食べるべきじゃない?」
 アキラが必死に首を振る。
「やだよ! ティラノサウルスの足を食べようよ!」
「嫌よ! 痛いじゃない!」
「イカだって足もがれたら痛いよ!」
「でも生えてくるでしょ!?」
「生えてきても痛いよ!」
 三頭の巨大生物の議論は夜になっても続いた。
 魔法薬の効果が自然に切れて彼らが人間に戻ったのは、それから四十八時間後のことである。

担当マスターより

▼担当マスター

天乃聖樹

▼マスターコメント

こんにちは、ゲームマスターの天乃聖樹です。シナリオへのご参加ありがとうございます。
寒さが厳しくなってきましたね。外では木枯らしが吹き荒れています。
今回も面白いアクションが多く、興味深く読ませていただきました。



結果について

エリスの捕獲、ハンターの撃退、共に十分な対策が取られました。
好き勝手にはっちゃけているアクションもあって良かったです。



お気づきの方も多いと思いますが、NPC『上園エリス』の初登場シナリオでした。
エリスはトリックスター的なキャラクターです。今後ともエリスをよろしくお願いいたします。


それでは、またなにかのシナリオでお会いできれば幸いです。