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第六章:テロリスト追跡班

「了解した。松平岩造以下七名、これより追跡に向かう。情報提供、感謝する」
 無線越しにエステルと話しながら、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)たちのチームは工場内部の要救助者への救助や治療を行いながら、来里人の行方を追っていた。
 そんな折、エステルからの通信を受け、岩造たちのチームは工場を抜け、そこから少し行った所にある施設――工場への物資搬入および搬出を行う為の車両が駐車されているガレージへと向かった。
 大型車両を多数収容可能なガレージを目的として建造されているためか、ガレージといつつ小規模な工場と同等のスペースが確保されていることが伺える。
 幸い、このガレージは火災の被害を受けておらず、内部は勿論、外装も工場に面している立地にしては驚くほど軽微な損傷だった。「火災事故なんて、後方支援的には色々と大損害だよっ!? この工場維持と開発諸々に幾ら予算が投入されてると思ってるんだ。
許すまじ、テロリスト……! 総務の苦労も知らない連中が……各予算の割り振りとか中期的開発計画とか色々と台無しにしやがって」
 俯きながらエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)はぶつぶつと呟いた。声こそ小声だが、その声音には凄まじく剣呑な響きが宿っていた。
「情報的被害も大きいけど予算的にも施設維持的にも大損害。テロリスト共め総務課がいつまでも大人しいと思うなよ」
 物騒なオーラを身体中から放ちながら呟く彼を横目に、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)も呟く。
「エルヴァって時々公務員資質全開するからこーいう事にはウルサイのな。国軍なのに団の各工場に部外者やらテロリストが入る率、高すぎるぜ。こいつはセキュリティーを抜本的に見直す必要アリだな」
 周囲を油断なく警戒しながら一行が奥へと進んでいくと、やがて開けた場所に出る。今まで進んできた工場との連絡通路を抜け、駐車スペースに出たのだ。その証拠に、周囲にはずらりと大型トレーラーが並んでいる。
 その開けたスペースの中央に一人の青年が立っていた。ブルーグレーの作業服に同色のアポロキャップ。そして、背中に垂らした三つ編みの髪と、それを束ねる鈴とリボン――その青年こそが、岩造たちが探している人物に他ならない。
「こちらは教導団少尉、相沢洋。ブラッディ・ディバインの者とみた。抵抗するなら殺す。抵抗しなければ弁護の機会を与える。武装を解除せよ!」
「結城来里人ですね。おとなしくしてください。鏖殺寺院には容赦しませんので」
 相沢 洋(あいざわ・ひろし)乃木坂 みと(のぎさか・みと)は来里人に投降を促す。だが、パワードスーツを装備している二人から恫喝に近い降伏勧告を受けても、来里人は特に焦燥や恐怖を感じている様子も無く、ゆっくりと振り返った。
「予想よりも早かったな。まさかここを特定されるとは」
 言いながら来里人は作業服の内ポケットに隠していた拳銃を抜いた。セミオート式の9mm弾の拳銃というパワードスーツを相手に戦うには些か心もとなく感じられてしまう武器を平然と構えると、来里人はその銃口をみとにピタリと合わせる。
 だが、みとやそのパートナーである洋よりも先に動いたのは平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)と彼の相棒の出雲 カズマ(いずも・かずま)だ。
「やれやれ、若い奴についてくのも一苦労だ……ったく、年寄りをこき使うなよ……」
 苦笑とともにカズマは来里人に向けてギロチンの刃を放ち、それに合わせてレオも指弾を放った。まさに完璧な連携だ。
「相手が生身だろうとパワードスーツだろうと関係ない。僕を倒したいなら、そんな拳銃じゃなくて、それこそ第二世代機でも持ってくるんだね!」
 放たれたギロチンの刃に指弾、そしてレオの言葉にも動じることなく、来里人は平然としたままの振舞いを崩さない。それこそ命中すればただでは済まないであろう二人からの攻撃に晒されているというのに、まるで動じていなかった。
「奇遇だな。丁度良かった。なら、遠慮なくそうさせてもらおう」
 何か思わせぶりな言い方で来里人がレオに言葉を返した瞬間、来里人に直撃する寸前でギロチンの刃と指弾が突如として弾かれる。その光景はまるで、何か見えない壁のようなものに二人の攻撃が弾かれたかのようだ。
「防御魔法ってところか。いいよ、上等だ!」
 しかし、折れることなく第二撃をレオが放とうとした時だった。先程からの、来里人の振舞いに何か言いようのない違和感を禁じえず、サイコメトリーでこの場に残された情報を探っていたグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が咄嗟に声を上げると同時に、レオの身体に体当たりする。
 体当たりされたレオと、体当たりしたグレアムの二人はくんずほぐれつしながらガレージ内部をたっぷり数メートル以上は転がる。「グレアム! いったいなんのつ――」
 反射的に詰問していたレオの声は耳をつんざく轟音とガレージの床面を揺らす衝撃にかき消された。なんと、つい一瞬前までレオが立っていた所には巨大な弾痕が穿たれているのだ。
 その大きさたるや、9mm拳銃どころか大口径のライフルすらも凌ぐ。ここまで来ると、まるで小規模なクレーターと言えるだろう。
「言われた通り、第二世代機を持ってきた」
 来里人がそう言ったのを合図としたかのように、彼の背後の空間が一瞬だけ僅かに歪む。すると、彼の眼前に巨大な手の平が現れ、それと同時に巨大な人型が彼の背後に現れた。
「……光学迷彩!」
 唸るように声を上げたレオに、来里人は相変わらずの平然とした調子で答える。
「ご名答」
 巨大な人型――イコンの手の平に守られながら、来里人は素早くコクピットに乗り込む。つい先程、レオとカズマの攻撃を防いだ不可視の壁の正体は、光学迷彩がかかったイコンの手だったのだ。
 来里人が乗り込んだのと同時、まだ僅かに残っていた光学迷彩が完全に晴れ、来里人のイコンが実態を鮮明に現したのを見てレオは絶句した。
 細身のシルエットに漆黒のカラーリング――今、目の前に出現したイコンに釘付けになりながら、レオは喘ぐように声を絞り出す。
「シュバルツ……フリーゲ……?」
 かつて天御柱学院の生徒が駆るイーグリットと交戦したという鏖殺寺院のイコン。だが、眼前のそれは、シュバルツ・フリーゲと似てはいるものの、所々のディティールが明らかに違っていた。
「確かに、俺のグリューはカミロの機体と同型の機体をカスタムしたものだ。そういった意味では、シュバルツ・フリーゲという呼び名もあながち間違いではないが――どのみちここで消えるお前には関係のないことだ」
 機外スピーカーから来里人の声が響くや否や、再び先程の轟音が響き渡る。それと同時に、漆黒のイコンの頭部――左右のこめかみに当たる部分に装備されたバルカンから機銃弾が発射される。
 小口径のバルカンとはいえ、イコンサイズのそれを人間が被弾するようなことがあれば一大事だ。たとえパワードスーツがあっても、防ぎきれるかわかったものではない。
 慌てて射線からレオたちが身を逸らすと、来里人はそれ以上深追いすることはせず、漆黒のイコンを立ち上がらせる。そのまま漆黒の機体は左右の大腿部にあるハードポイントに取り付けられた鞘から二本のナイフを抜いた。
「次に会うことがあれば、その時はお前も第二世代機を持ってくるといい」
 スピーカー越しに言い放つと、漆黒の機体は両手にそれぞれ持ったナイフでガレージの天井をX字に切り裂くと、バーニアユニットに点火し、切り開いた屋根から飛び去って行った。