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忘れられた英雄たち

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 十九章 茜空の鉄槌使 後編


「貴族として騎士として、何よりシュヴェルトライテの名を継ぐ者として! 貴方はここで止めてみせますわ!」

 通信が届いたか否かの差。
 心構えが出来ていたノートは爆発に怯んだナタリーの一瞬の差をついた。

「月虹の輝き、見せて差し上げますわ!」

 ノートは吼える。強化光翼を展開してライド・オブ・ヴァルキリーによる突撃。
 まるで人間砲弾かのような突進はナタリーに直撃する。

「っく、あぁ……! まだまだ――」

 ですよぉー、と言う言葉は光り輝く斬撃にかき消された。

 左から一撃。
 右から一撃。

 一瞬。
 それよりも早く。

「え……?」

 ノートに呼応するかのように繰り出された、上からの最後の一撃。
 瞬きする間もなく、ナタリーの身体に刻み込まれた三つの斬撃は空賊の戦闘技能の集大成、エアリアルレイヴ。
 この一連の技を組み合わせてノートが生み出したオリジナル。その名も――。


「奥義ズィーベンシュトラール!」


 ナタリーは弾けるように吹っ飛び、そのまま遺跡の残骸に向けて一直線。
 やや高さのある場所に勢い良く当たり、遺跡に亀裂が走る。

「……っ!」

 ナタリーの口から大量の鮮血が出た。
 光の翼は押し潰されたのか消えて、ナタリーが空中から力なく落ちる。

 サーバルが遺跡の残骸を足場に跳躍し、ナタリーに肉薄。
 しかし、これはナタリーの方が優位だった。光の翼はなくてもバーストダッシュがある。空中での自由が利く。

 サーバルが思いっきり拳を振りかぶり、ナタリーに肉薄した。

 ナタリーはバーストダッシュで軽く跳躍。
 サーバルの拳が勢い良く空を切る。

 ナタリーは好機とみなし、ハンマーに炎を纏わせた。
 大きく振りかぶり、絶大な威力を有した爆炎波を振り下ろそうと。

「――ズドン♪」

 サーバルの妙に軽い声と共に、一発の銃弾がナタリーの額を貫いた。
 ナタリーは信じられないといった顔で銃弾が飛来した方に目をやった。

「終わりだ……過去の英雄」

 マクスウェルの骸骨のエングレーブが施された銃の銃口から硝煙が洩れる。
 排出された空薬莢は遺跡の残骸に落下して、銀の鈴に似た清音を響かせた。

 それは、戦いの終わりを告げる音のように――。
 
 ――――――――――

「……負けちゃいました、ねぇ。本当に、良かった」

 途切れ途切れで言葉に詰まりながらも、ナタリーはほっとしたように言った。
 狂気は消えて、表情も声も穏やかだ。

「みなさん、が。あたしを倒してくれたんですよね」

 ナタリーは倒れた身体で立ち上がろうとした。
 が、力が入らず起き上がることすら出来なかった。

「……無理するな」

 マクスウェルがナタリーを腕に抱き抱え上げた。
 そして、戦士達もナタリーが顔を見えるよう近づく。

「これが、みなさんの、お顔ですかぁ」

 ナタリーの視野が狭窄する。
 おぼろげな視界は見えにくかったけれど、先ほどまでとは違い戦士達をはっきりと確認することが出来た。

「ありがとう、ですぅ。あたしを、止めていただいて」
 
 舌足らずな話し方のまま、ナタリーはにへらと笑った。
 目から赤黒い涙を流して、瞳を綺麗な青色に染め上げて。
 年相応のまだ幼さの残る笑みを浮かべた。

「華々しく散ることを望んだ英雄よ。貴方達の戦いの記録、必ず残すことを誓います」

 和輝はナタリーに一歩近づき、片膝をつき礼節をもって伝えた。

「英雄です、かぁ。あたし達、英雄なんて、呼ばれているんですねぇ」

 ナタリーは少し照れたように笑った。
 それを見た和輝は何かを感じたのか唇を強く噛み、ナタリーのぶらりと下がる手を両手で強く握った。

「……必ず、必ず、残します! 貴方達のことを誰も忘れはしないよう、語り継いでいきます……!」

 和輝の力強い言葉にナタリーはまた笑みを浮かべ、お願いしますと呟いた。

「……これで、心おきなく逝けますねぇ」

 ぽつりと洩らした言葉とほぼ同時にナタリーの瞳から意思の光が消えた。
 辛うじて残った温もりは、和輝の手からするりと抜け落ちた。

 魔鎧状態を解除したスノーがナタリーに深く一礼をした。
 フリンガーは敬礼をする。レナも、幻舟も。

 礼の仕方はそれぞれだ。
 けれど、敬意と共に労りの心を込めているという点では全てが一緒だった。