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リアクション
第4章 答えと応え 2
「ったく、しつっこい!」
「あっちにいってくださーいっ!」
戦いが佳境に入っていた頃には、立派な魔法使いを目指す一介の少女も巨熊を相手になんとか大立ち振る舞わなければならなかった。長剣を振るう獣人娘と一緒に、背中合わせになってビッグベアを追い払う。熊たちの身を案じて、雷撃の魔法『サンダーブラスト』で威嚇するようにして戦うのが、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)のせめてもの優しさだった。
「リーズさん、こ、このままだと数がどんどん増えていく一方ですよ〜!」
「そろそろ決着つけないといけないかな……」
リーズの言葉に応じるように、仲間たちもうなずきを見せる。
「ご主人! 遅れるなよ!」
「わ、わわ、分かりましたぁ!」
パートナーの白熊ゆる族雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に呼びかけられて、ソアは後ろから魔法によるバックアップに転じた。ベアが切り込むその背後で、見習い少女の雷撃が轟く。
「ふう……かってぇ」
相手の鋼鉄の皮膚に振るった剣が弾かれ、回転しながら青年が着地したのはそのときだった。
「どう、勇者さま? アレを突破する方法はある?」
「うーん、まあ……とってのおきの方法を取ってある」
冷や汗をぬぐう勇者――相田 なぶら(あいだ・なぶら)はしごく普通の会話を交わすように応じた。その口に苦笑めいた笑みがほころぶ。
「一カ所に向けてなんども攻撃を加える。これっきゃないね」
「実にシンプル。そういうの大好き」
獣人娘は期待どおりの返事を聞けたことが嬉しかったのか、不敵に笑って、なぶらの剣と自分の剣の刀身をカツンと合わせた。
直後、二人は地を蹴る。狙いは一点。敵の心臓だった。
「思い知らせてやるぜ……最強の熊は、白熊だってことをな!」
「き、聞いたことないです……」
ソアのツッコミは無視しておいて、ベアは群れの長に向けて強烈な徒手空拳の一撃を叩きこんだ。羅刹の武術と不壊不動によって極められた筋肉が盛り上がり、敵の体躯に沈み込む。およそ可愛いマスコットゆる族とは思えない戦いっぷりだ。
が――その攻撃の的が敵の心臓に近かったことは好都合だった。
「ベア! どけええぇ!」
「あいよぉ!」
ベアが飛び退いたその直後、二つの刃が一閃した。
叩きこまれる斬撃は一撃ではない。二発、三発。次々と刀身が皮膚を打つ。むろん、その間もビッグベアは反撃に打って出るが、獣人娘と勇者の俊敏なスピードはそれを翻弄した。
刹那、刃がめり込む音。
鋼鉄の皮膚は破られ、なぶらの剣――守護宝剣スターライトブリンガーが相手の体を斬り裂いていた。一度引っこ抜いた剣は、再び振りかざされる。
「成……敗!」
勇者の一閃は、そのままビッグベアの意識を失わせるに十分の一撃だった。
巨熊のトップが倒されたことで、他のビッグベアたちはリーズたちに恐れを成して戦闘領域から脱出していった。その後に残るのは、ともに戦っていた謎の金髪獣人たちとリーズらの面々である。
どうやら他の仲間たちはそれぞれに顔見知りもいるらしく、意気投合をしているが――リーズだけはどうしても金髪獣人の青年に声をかけることが出来なかった。
いや、正確には気になってしかたがないと言うべきか。恐らく、間違いでなければ、相手の金髪獣人も。
どうしてこんなに気にかかるのだろう? なにか、重要な何かを見落としているような、そんな気がする。それは――
脳裏に浮かび上がった人影は、かつて英雄の記憶の海で見た、祖父とその親友の姿だった。その後ろ姿は、青年のそれに似ている。
リーズは、おそるおそる青年に近づいていった。足音と気配に気づいて、金髪獣人もゆっくりとそれに振り返る。二人の目が合ったとき、周囲は静けさを生んだ気がした。
「あの…………あなたは……もしかして……」
――空気を破砕する雄叫びが聞こえたのは、そのときだった。
「なに……!?」
振り返れば、いつの間にかリーズたちを囲んでいるビッグベアたちの姿がある。
「どうして、彼らが戻ってきたの?」
トップを倒せば彼らは戦意を消失するはずではなかったのか? なぜ、こうも敵意をむき出しに……?
疑問に答えたのは群れのトップでもなければ、仲間でもなかった。
「それはね、ハツネたちが呼んだからなの」
薄闇の影から現れたのは、どこか人形めいた雰囲気を思わせる幼い少女だった。その表情に浮かんでいるのは無垢な微笑だったが、そこには、背筋を凍らせるほどの冷たく、不気味な色合いが含まれている。
少女――斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)の背後からは、彼女のパートナーであろう人影が数名現れた。
「あなたたちは……!」
「クスクス……お兄さんたちは熊さん壊しに来たんでしょ? だったら、ハツネと同類なの…楽しみましょ」
彼女たちを見据えて驚愕に顔を歪ませるリーズに、不気味な少女は笑う。
ただ者ではないことだけは本能的に理解しながらも、いまだ正体が分からぬことでいぶかしげに眉を寄せるリーズに、仲間の一人が補足した。
「斎藤ハツネ。通称『透明なる殺人人形(キリングドール)』や。他人を壊すこと……要するに殺すことを楽しみとして、癒やしにもしている狂った女の子。殺し合いも楽しみの一つにしてるみたいだから、より実力のある契約者の前に度々現れる。厄介な――敵だ」
「透明なる殺人人形……」
どうやら、リーズ以外の仲間の大半は彼女を知っているようだった。
思えば、自分ももしかしたらどこかで出会っているか、あるいは見かけているのかもしれない。だが、いまやそんなことはどうでもよかった。金髪獣人の青年も、狼の本能をむき出しにして威嚇の声を発している。
殺人人形の娘はビッグベアたちを配下に置いているようだった。新たな巣の長というわけだ。あるいは、最初からそう仕組まれていたのかもしれない。彼女たちは元々のビッグベアのトップをけしかけて、影から消耗戦を楽しんでいただけなのか?
ただ、はっきりしているのは――
「詳しくは分からないけど、とにかくアンタたちが悪者だってのはよく分かったわ。自分が楽しむためだけに他人を壊そうなんてこと、みすみす見逃すわけにはいかない」
リーズの感情が火を灯したように燃えさかり、その手が自然と長剣を握りしめているということだ。
「そんな理由で他人を傷つけようなんて、絶対に許さない」
金髪獣人の青年も因縁があるようだ。
彼女たちを討ち、ビッグベアを解放する――。
「クス…………楽しみましょう」
囁くようなその声を皮切りに、リーズと殺人人形の一団は激突した。
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