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リアクション
第2幕 小鳥たちはクマシデの並木道で
1
「変だな……今って、夜じゃなかったっけ?」
皆川 陽(みなかわ・よう)はきょろきょろと辺りを見回した。
辺りには穏やかな朝の光が、冷たい石畳を照らしている。
「えっと……ボク、どうしたんだっけ」
確か、祭に来ていたのだ。生まれてこの方モテたことなどない自分が、何故か、恋人たちの祭に。
そして一日リア充どものキャッキャウフフを見せつけられてうんざりして。
夜になって、後夜祭でヤケ食いでもしようと宿から出て、昼間以上に親密なムードを漂わせるカップルの群れを前に、パートナーの「神殿にお参りしたらモテるようになるかもよ!」という甘言の乗せられた自分を呪い、やはり宿に引きこもろうと足を戻した……そこまでは覚えている。
間違いなく、夜だった。
しかし、今はどう見ても朝だ。
まさか朝まで気絶していた……なんてバカげた落ちはない筈だ。
こんな街まで陽を引っ張り出した肝心のパートナーユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)はといえば、原稿用紙を抱えて「ちょっと観察に行ってくる」と目をキラキラ……いや、ギラギラさせて走り去ったきり、一向に戻って来ない。
一体、何がなんだかわからない。
「来るんじゃなかったなあ、もう」
うんざりと呟いて、ふと、誰もいないと思った生け垣の陰に人の気配を感じた。
耳を澄ませてみて、すぐ後悔する。
「ほらぁ、頑張りなよ」
「で、でもぉ」
「そのために来たんでしょ、勇気出して、ガンバ!」
ああ、またお祭りに浮かれた女の子か。
大好きな彼に告白したいの! 神様お願い! みたいなアレでやって来た女子どもに違いない。
どうせ自分には無縁の話だ。無縁だからこそ頭にも来るので、陽はさっさとその場を離れようとした。
しかし。
「あのっ、せ、先輩っ!」
あろうことか、その少女が声を掛けたのは陽だったのだ。
「は?」
陽は間の抜けた声を返す。頭の中を、虚ろに思考が掛け巡る。
せんぱい?
薔薇の学舎の生徒の僕に、女子が「先輩」?
普通に考えれば人違いだろうが、キラキラと輝く少女の瞳が真っ直ぐに見つめているのは、間違いなく自分だ。
もしかして……もしかして本当に、聖ホフマンの御利益が?
呆然と脳内で妄想を暴走させている陽に、少女は言った。
「お願いします、先輩っ、ボタンください」
……はい?
「だ、第二ボタン、お願いしますっ」
いろいろとおかしい。
なんでこのシチュエーションで第二ボタン。
っていうか、この服のどれが第二ボタン。
ウチの制服だって、第二ボタンとか、ないし。
っていうか、僕まだ卒業しないし。
しかし、それ以上におかしいことがあった。
他のことは人生初のモテキの前にはささいな事と無視していい。でもこれだけは、陽は譲るつもりはなかった。
「悪いけど」
陽は少女に向き直り、きっぱりと言い放った。
「僕、巨乳とイケメン以外は排除するから」
もちろん、本気だった。
「冗談にも程があるよ」
陽はすっかり腹を立てていた。
お祭りで調子に乗った連中が、陽のことを非モテと思ってからかったに違いない。本当に聖ホフマンの奇跡なら、あんな大切なことを無視するはずがないのだ。
「巨乳かイケメン、巨乳か……」
それでもどこかで奇跡を信じているのだろうか。呪文のように「大切なこと」を口の中で繰り返して歩いていた陽に、奇跡が起こった。
「……ボウヤ、可愛いメガネねぇ」
耳元で囁かれた言葉は、頭に入ってこなかった。
そんなことより、この。
背中の感触は。
……むにゅ。
来たのだろうか。とうとうボクにも春が。
モテなくて冴えなくて恋人なんていたことなくて無価値でフナムシ以下の存在だったボクにもついに春が……!
「ホント、可愛い……」
小柄な陽の体を背後からいっそう強く抱きしめて、セレンはもう一度言った。
「……その、メガネ」
「えっ」
背後から伸びたセレンの手が、陽のメガネをひょいと奪った。
「うわぁ」
慌てて両手をばたつかせると、背中に密着していた気持ちのいい感触が消えた。
もったいない……と微かに思ったが、正直それどころではなかった。
「返してよ! それがないと何も見えないんだから!」
慌てて振り返って、ぼやけた景色の中から人影らしきところを両手で探って、掴んだ。
……むにゅっ。
それが自分のメガネでないことはすぐにわかった。
次に何が起こるかも、だいたい想像がついた……。
「来た……とうとうこの時が」
頬に手形をつけた陽が涙目で走り去るのを見送り、ユウはメガネの奥の瞳に謎めいた笑みを浮かべた。
振り返ると、陽のメガネとの別離に悲嘆にくれるセレンの姿。
……何かが起こっている。
人々の精神を愛の波動で暴走させる何かが。
「フフフ……ハハハハ! 今こそ、オレの女装がどこまで通じるのか挑戦するだァーーーーー!!」
ゴシック和装束の裾を華麗に翻し、ユウは陽の後を追って走り出した。
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