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●雅羅・サンダース三世、音楽ショップに行く

「本日臨時休業……!」
 久我内屋の店先の立て看板、これを見てがっかりと肩を落としたのは雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)だった。どうにもこうにも不幸体質が直らないらしい。今日はここに来るのが第一の目的だったのに。
 しかし、小さな不幸には慣れっこの雅羅である。さっさと思考を切り替える。
「ま、こういうの慣れてるけどね」
 それならそれで、ウインドウショッピングでもして帰るとしよう。ポートシャングリラであれば退屈することはないだろう。ちょうど、気に入っているバンドの新作も出たところだし、音楽ショップに寄ってもいい。
 と、くるり一八〇度ターンして歩み始めた雅羅だったが、途端、
「きゃっ」
 初めて来たポートシャングリラが物珍しく、きょろきょろよそ見して歩いていた少女とぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい! 怪我はない!?」
 相手はぺたんと尻餅ついてしまったので、慌てて雅羅は手を伸ばして助け起こす。
 三つ編みおさげの銀の髪、おっとりした顔立ちだが勉強はできそうな風貌の少女だ。百合園女学院の制服を着ている。
「ええ大丈夫……」
 と言いかけた少女――光智 美春(こうち・みはる)だったが、突然、「あー!」と声を上げてしまった。
 立ち上がった拍子に紙の買い物袋がやぶれ、中身がそこらじゅうに散らばってしまったのである。衣類や小物はいいとして……わざわざ別袋に入れられていた下着まで、その別袋がべりりと破れ中身がこぼれ落ちていた。ちなみにレースつき桃色の上下だ。
「あ、いや、もうなんていうか……本当にごめんなさい!」
 美春以上に慌てて、雅羅は赤面しながら落ちたものを拾い集めた。ああ、やっぱり不幸体質……買ったものはすべて無事なのが不幸中の幸いか。
「あの、もしかして……」
 袋を手渡されながら、おずおずと美春は切り出した。
「雅羅・サンダースさん……でしょうか?」
「え? はい。雅羅・サンダース、正確には三世です。アルカリ性とか酸性の『さんせい』じゃないわよ」
 などと雅羅が(照れ隠しもあって)おどけてみせたので、美春はあははと破顔した。これがきっかけとなったか口調もぐっと親しみを増した感じで、
「ということはもしかしてあなた雅羅ちゃんね? あの有名な!」
「有名かどうかは知らないけど、『あの』雅羅よ……疫病神(カラミティ)と呼ばれる不幸体質の……
 後半、消え入りそうな声でぼそぼそと雅羅は言ったが、美春がいう『あの』とはそういう意味ではなかった。
「すっごい美少女と聞いていたけど、噂以上じゃない! うわぁ! こんなところでお会いできて嬉しいわ!」
 などと言って美春は、雅羅の両手を握ってぶんぶんと振った。
「え、そ、そうかな……」面と向かって美少女と言われると随分気恥ずかしいが、悪い気はしない。「そういえばあなたは?」
「私? 百合園女学院の光智美春っ!」
「そう。よろしく。美春……美春って呼ぶよ? 美春も可愛いと思うわ」
「やーだーっ」
 眉をぴこーんと八の字にして、照れ照れの様子で美春はペンペンと雅羅を叩いた。
「もう! お世辞でも嬉しいけど困っちゃうわ!」
 その反応、若い子なのに近所のおばちゃん風である。
 これで二人はうちとけて、しばし街歩きを楽しんだ。
「私せっかちだからー。さっき袋が破れたのも飛び起きたせいなの。気にしなくていいから」
「だったらいいけど……。あ、そうだ。私、今から音楽ソフト買うつもりだから、良かったら店の袋、使って」
「いいのいいの。手提げ袋もまだ使えるし」
「いやでも……ほら、パンツとブラ入れている袋は換えたほうが……」
 言いながら二人は、某大型外資系レコードショップの自動ドアをくぐった。
「雅羅……」
 このとき、雅羅の姿を想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は目撃した。いや、目撃どころか会話の断片も聞いてしまった。
(「パンツとブラがどうの、って……」)
 なんだろう。なんの話なのだろう。訊いてみたい、訊いてみたいがそんな失礼名話を、男の自分がするのはどうなのだろう。ていうかダメだろう。
 すぐに雅羅は彼に気づいた。
「Hi、夢悠、偶然ね。あなたもなにかCDでも買いに来たの?」
「あ……うん」
(「パンツとブラの話は忘れよう……」)瞬時に決めて夢悠は答える。
「オレじゃなくて、瑠兎子が買いたいものがあるらしくて」
 それに呼ばれたかのように、レジのところから想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が戻ってきたのである。
「あ、ちょうど良かった。雅羅、会いたかったのよ。そちらの人は?」
「百合園女学院の光智美春、雅羅とはさっき知り合ったばかりなの」
 かくて四人、しばらく立ち話に興じたのち、
「おっと忘れるところだった」
 瑠兎子は『ちょうど会いたかった』用件を思い出し、買ったばかりのCDをはいと雅羅の胸に押しつけるようにして渡した。綺麗にラッピングされてある。
「夢悠オススメの曲だけど、どう? 今更だけどホワイトデーのプレゼントだって」
(「えええ!?」)
 心の中の叫びが外に出ぬよう、必死でこらえる夢悠だった。
 バレンタインデーの話をするなら、チョコをあげたのは夢悠でもらったのは雅羅であり『お返し』という日本語は実におかしい。けれど瑠兎子はお構いなしだ。
「あ、ちなみに夢悠のカードで買ったから」
 と、さりげなく義弟に耳打ちする。
「でも私……」
 お返しはむしろする側なんだけど、と雅羅が言おうとするも、瑠兎子は強引に話を進めた。
「このグループ、歌詞は甘すぎるけど、メンバーがカッコイイよね!」
 見て見て、と雅羅に包みを開けさせてジャケットを見せた。男性アイドルユニットのアルバムだった。
「ふーん、ボーイズグループなんだ。アメリカのグループね。コーラスワークが上手なら好みかもしれないけど」
「その点なら御墨付き! TVの音楽番組で何度か聴いたけど、ハーモニーがとってもきれいだから気に入ると思うよ」
「じゃあ、せっかくだしもらっておこうかな……。ありがとね、夢悠。あれ? 夢悠は?」
 いつの間にか夢悠は姿を消している。恥ずかしすぎて、柱の影に隠れてしまったのだ。
「照れてその辺にいるだけだと思うわ。三曲目がお奨めよ。三曲目だけは絶対聴いてね」
「OK、大丈夫。全部鑑賞させてもらうわ」
「そのグループのその曲というと、大ヒットしてるあのラブソングよね」
 美春もちょうど持っているアルバムだったので口添えた。
 さて夢悠はといえば、柱の影で彼女らの話に聞き耳を立てていたのだが、このとき、ちょうど目の前の試聴機にそのアルバムが入っていることに気がついた。
(「三曲目、だったよな……どんな曲かな?」)
 最近の試聴機は歌詞カードも表示されるので、読みつつ、耳を澄ませた。
 夢悠にとっては初めて聴く曲だ。歌詞は、要約すると以下のようになる。

『ずっと離れて君を見ていた 僕は胸に積もる想いに沈む
 君は春の陽だまりに立って 「ここにいるよ」と風を吹かせた
 風が花びらを舞い散らせ 僕は転がるように駈け出した
 君を探す僕の体は 桃色の吹雪が翻弄している
 君を探す僕の心は 桃色の吹雪に変化している
 解かれた想いの花びらが散り 君を誰かから遠ざけていく
 君を僕から遠ざけていく』


 切ない気持ちになる。
 瑠兎子は、どんな気持ちでこれを雅羅に勧めてくれたのだろう。
 出費は痛いが、夢悠は自分用にも一枚買うことにした。瑠兎子が歌詞に託した言葉の意味を、じっくりと考えてみたい。