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●Sweetness

 アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)のことは家に置いてきた。
 言い換えれば、パートナーのアルマに黙って柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は懇親会に出てきたのである。隙を見て抜け出すのに多少手間取ったものの、まだまだ会はこれからだ。
 知らない女の子との出会いを求めるには、アルマ連れというのは少し不都合がある。許せ、と頭の中で一応アルマには謝罪し、桂輔は胸ときめかせて会場入りしたのだった。
(「おおおおお……」)
 彼の目はダイヤモンドのように輝いた。なんとまあ女子率の高いこと、まるで桃源郷、会場は花におとらず女の子の香りに満ちている。
「お、さっそく可愛い娘発見〜」
 彼のダイヤモンド・アイがぴたりと、長身の少女を補足し停止した。
 始めて見る顔だが、かなり彼の好みのタイプだった。やや小ぶりの制服を着ているせいだろうか、ボンキュッボンという古典的な言い回しがぴったりなナイスバディ、とりわけ、遠目にもそれとわかる大きな胸は、ハンドボールでも詰めてるのではないかと思うほど。それでいて、サファイアみたいな色の大きな目をしているのも気になる。これに比しアンバランスさぎりぎりの童顔(ベイビィフェイス)なのもどうにもそそった。
 観察してみると、彼女はよく笑いよく食べている。なんとも痛快なほどの食欲である。もう、手当たり次第といった感じなのだ。 
「いやぁ中々いい食べっぷりだねぇお嬢さん」
 とりあえず彼女が一息ついたところで、桂輔は親しみやすい口調で話しかけた。手早く自己紹介すると彼女も、
「よろしく。ワタシ、ローラ・ブラウアヒメルね」
 と、今にもハグしてくれそうな様子で告げたのだった。
「お腹が空いてたのかい?」
「うん!」
 と元気に答えたのち、遠慮がちに目を伏せてローラは付け加えた。
「そんな目立ってたか?」
「目立ってた……でも、悪い意味で言ったんじゃないぜ。なんていうか、ローラの食べ方って元気で、見てるこっちも元気をもらった気になるというか……」
「うん。ならよかった。ワタシ、元気くらいしか取り柄、ない」
 実に楽しげにローラは笑ったのである。
「そんなことないぜ。可愛いし」
 桂輔にとっては軽い言葉だったのだが、これがなんとも……効果があった。
「あ……え……ワタシ、男の人にそんな言われた、初めてかも……」
 モデルのような肢体ながら童女のように、ローラはもじもじとしはじめたのである。穴があったら入りたいという様子でいじらしい。なんともピュアな反応ではないか。
(「面白い娘だよな〜」)
 桂輔はつい、口元を弛めてしまう。
 そこから色々と世間話に花を咲かせた。山葉涼司の秘書をしているという話もそれで明らかになる。
「そうそうウチにも一人機晶姫がいるんだけど、君と違って無愛想でさ〜。いつも駄目出しばっかりしてくるんだよね〜、君の半分でもいいから愛想があればいいんだけど……」
 という彼の言葉に、杭を打ち込むような冷たい反応があった。
「無愛想ですみませんね。桂輔」
 それは桂輔の斜め後方、すっくと『ウチの機晶姫』アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が立っている。彼女は半目でじろりと彼を見ていた。普段通り無表情なのが逆に怖い。わさわさと髪が逆立つような感覚がある。
「一人で行きたいのなら行ってくると一言言えば済むのに黙って行くとは感心しませんね……追いついたはいいものの、ご意志を尊重して黙って観察しておりましたが、さすがに今の発言は聞き捨てなりません」
(「ひゃあああああ!」)
 すくみあがる桂輔をローラが救った。
「桂輔のパートナーね? よろしく、ワタシ、ローラ・ブラウアヒメルよ」
 さっと手を出してアルマと握手する。
「アルマ・ライラックと言います。ウチの桂輔がお騒がせしました。こんな人ですが宜しくお願いします」
 アルマは丁重に礼を返した。
「こんな人? 立派な人、思うよ。お……お上手だし」
 慣れない言葉のせいか、『可愛い』と言われたことがまだ嬉しいのか、ローラはやや言葉をつっかえている。
「な? 俺って紳士だろ?」
「紳士はそんなことを自分で言わないと思います」
 それでは桂輔と少し話がありますので……と言ってアルマは彼の襟首を捕まえた。
「え? なに? まだまだこれからだってのに?」
先ほどの発言に関してお話がありますので
「……はい」
 かくて桂輔は、アルマに引きずられるようにして会場から離れていった。合掌。

「だーれだっ」
 背後から目隠しされて、ローラはびっくり仰天した。
「え、えーと?」
 ルールがわかっていないらしく慌てているので、山葉涼司がやってきて口添える。
「今、誰かがローラの背後にいて目隠ししてるんだ。誰か当ててみよう、という話だな」
「おっと、涼司、ナイスアシストよ」首だけ巡らせて声の主が言う。
「そりゃどうも」ローラの前では涼司も表情が和らいでいた。
「で、ローラ、誰だと思う?」
「……うーんと、聞いたことある声ね?」
「そうそう」
「わかった! エルサーラ!」
「正解〜」
 というわけでエルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)はローラと再会したのである。
「まあ、来たくて来たわけじゃないけどね。ペシェが頼むから懇親会に来てあげたわ」
 などと言いつつエルサーラは相棒のペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)をつんつんとつついた。本日のペシェはモモンガの動物パーカーを着て、なんだかうふふと笑っている。
「そう! ペシェこそが今日の功労賞なのです!」
 これには涼司もつられて笑った。
「そうか、偉いぞペシェ」
「偉い、偉い」ローラもあわせる。
「褒められたの〜」
 なんとも陽気にペシェは踊った。
「何か元気すぎるわねペシェ……?」
 その匂いを嗅いでみて、エルサーラは理由を発見した。
「こらっ! 甘酒飲んだでしょ! 持ってきちゃダメって言ったのに、バカっ」
「あはははは、こう見えてペシェは大人。無礼講無礼講〜」
 ほろ酔いペシェは黒く丸い目をキラキラさせ、リスのようにぴょんぴょんと跳ねた。
「まったく……あ、これ屋台で買ってきたリンゴ飴ね。どうぞ」
「ありがとっ」
 とローラに飴を手渡してエルサーラは長い髪をかきあげて問う。
「秘書の仕事には慣れた?」
「んー、段ボール畳み、あと、ゴミの分別くらいは慣れたね」
 それが秘書の仕事かどうかは謎だがそういうことらしい。
「学生のうちは仕事なんかどうしてもしなきゃならないってわけじゃないのよ。手に余るようなら、涼司に投げちゃえばいいからね」
「その山葉さんを手伝ってる気がするんだけど……」
 小声でペシェが突っ込む。涼司は苦笑していた。加えて、
「わ……私も……、言えば少し位なら手伝っても……いいんだし」
 しおらしく(そして珍しく)エルサーラが言ったので、ローラはその両手をぎゅっと握った。
「ありがと。エルサーラ、友達ネ」
「と……友達……か」
 悪くないね、とエルサーラは言った。
 ところで、
「あははははは」
 ペシェは笑い転げている。どうやらペシェ、笑い上戸というやつらしい。
「おいおい大丈夫か。足元フラフラしてるぞ……」
 と言う涼司に手を振って、
「だーいじょうぶ。大丈夫な証拠に携帯プレイヤーから音楽かけるね!」
 発言通りプレイヤーをさっと取り出し、軽快な音楽をペシェはかけた。
「山葉さんもローラも一緒に踊ろうよ! くるくる回る〜」
 と宣言するや、ペシェは精一杯背伸びして独楽のように回転したのだ。当然……酔いも回る。ぺたんと倒れて涼司に介抱されるペシェはともかくとして、
「踊ろう♪」
 エルサーラの両手を握っていたローラは、そのままワルツの姿勢に入った。
「ちょ、ちょっと社交ダンス? 私が男側かよ」
 とっさのことながらエルサーラは応じた。巧みにローラをリードする。
「上手いね。ダンス、習ってたか?」
「まぁ、それなりに名門の生まれなんでね。嫌々だけど仕込まれた」
 実家のことを話すのは楽ではなかったが、素直なローラを見ていると、いくらかは心情を吐露してもいいかという気になったようだ。だから彼女は言った。
「昔、人助けではあったんだけど妙な義侠心起こしてひと暴れして、それで百合園に送られたんだよな……でも、今の蒼学のほうが私は性に合っているように思う……家の者からは百合に戻れと言われてるけど……」
 やはりまだ、胸の傷は癒えていない。声が小さくなっていく。
「実家には居場所はないって分ってるのに、馬鹿よね……」
 ローラは包み込むようにエルサーラの肩に手を置いた。
「大丈夫ね。きっといつか、わかってもらえる。エルサーラのためなら、ワタシ、なんでも手伝うよ」
 うかつに涙ぐみそうになって、エルサーラはローラのふくよかな胸に顔を押しつけた。そして、
「……貴女に会えてよかったわ」
 そっと呟いた。