蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

サクラ前線異状アリ?

リアクション公開中!

サクラ前線異状アリ?

リアクション





「どうしよう、なんか済し崩しでお花見になっちゃったね」
 妖木の攻撃から身を呈して守ったピアノで、フランツは即興曲を弾きながら周囲を見回した。
「乾杯の歌、やりたかったんだけどなぁ。仕方ない、後で、ほろ酔いの歌でも……」
 その前に置いた椅子に腰掛けてギターを弾いているカンナが真っ赤になっているのは、この即興の主題がカンナがさっきまでつま弾いていたメロディーだからだ。
 レニに贈ろうと作り始めたものの、うまくまとめきれずに弾いていた幾つかのメロディーの断片が、フランツのピアノで絡み合い展開して行く様は、魔法としか言いようがない。
 自分のメロディーであるという誇らしさよりも、無力感に打ちひしがれる思いだった。
 正直逃げ出したいのだが、いつの間にか楽団構成員としてがっちりと確保されてしまっている。
「はーい、みんな、お待ちかねのソリストが来たわよぉ」
 ヴェルが声を弾ませてやって来た。
「ソリスト?」
「イルミンスールのデーヴァ、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)様の到着でございます〜」
 おどけた調子で紹介すると東雲がちょっと恥ずかしそうに会釈した。
「少年の初めてのお誕生会と聞いたので、歌を贈ろうと参上したんですが、プレゼントを用意していたら遅れてしまって……なんだか、豪華メンバーですね」
「そうなのよ〜」
 本気か冗談か、ニコニコしてヴェルが頷いた。
「こちら歌曲王の英霊様、大作総譜の魔道書のアタシ、そのマスターたるフィドル弾きのゾディ、そして新進気鋭の女性音楽家、斑目カンナ嬢」
「……そーゆーお世辞はかえってタチが悪いよ」
 むっとしてカンナが呟くと、ヴェルが心外だと言わんばかりにカンナを睨んだ。
「あのねぇ、お世辞なんて言うと思ってるの? こと音楽に関して、このアタシが? ずいぶん馬鹿にしてくれるじゃない」
「……う、それは……」
 長いスランプの中にいるカンナにとって、この煌めくばかりの音楽の先輩たちは眩しすぎる。つい卑屈な言葉のひとつも吐きたくなってしまうのだ。
「まあまあ。それより、ソリストが来てくれれば選曲の幅が広がるね」
 ピアノを引く手も止めずに、フランツが会話の方向を修正する。
「あー、そうそう。それであっちのパースデー実行委員会からのお達しなんだけど……」
 いつの間にか委員会が立ち上がっているらしい。
「主賓は今あっちで説教されてるそうなんで」
「は?」
「上手くタイミングを見計らってね、って言づてよ」
 思わず全員で顔を見合わせる。
 アルテッツァがつぶやく。
「……難しいことを言うなぁ」
 カンナが苦笑した。
「……可哀想に、レニ」


「でも、ちょっと意外だったかな」
 カンナが,「こうもり」と「椿姫」の「乾杯の歌」の楽譜を見比べながら、つぶやいた。
 フランツとヴェルが、乾杯の時に歌うと言って譲らなかった、J・シュトラウス二世とヴェルディの人気曲だ。
「シュトラウス親子にしろヴェルディにしろ、とっくに英霊になってると思ってた」
「いやぁ……大バッハから数えたって、たかだか300年程度だからね。僕らのやってきたような音楽は、音楽の歴史から見れば、まだまだ歴史が浅い」
「はぁい、若造ですが何か」
 茶化すようなヴェルが口を挟む。
「そうそう、僕だって英霊では若造だし。……カンナ、クラシックなんてみんな古くさいとか思ってた?」
「そんなことはないよ。むしろ……」
 カンナは、手元の楽譜をいじりながら独り言のように言う。
「……これだけの積み重ねがある中で,あたしに何ができるんだろう、って」
 黙ってみつめている二人の眼差しが優しいことに、おそらくカンナは気づいていなかった。


「……うるさいっ、もうボクに構うなっ」
 レニがたまりかねたように叫んだ。
 凹んでいるレニを励まそうと、皆が集まってくる状況に耐えかねたらしい。
「ボクはお前たちを振り回し、迷惑をかけ、自分ではその始末もできずに阿呆みたいに眺めていただけだ……その上お前たちの同情を受けるだと? どれだけボクを惨めにしたら気が済むんだ、お前たちは……っ」
 今までのツンデレ台詞とは明らか違う。
 レニは本気で、彼らに心を閉ざそうとしているようだ。
「……皆、花見を続けるといい。ボクは去る」
「レニ様っ」
 海松が叫んだ。
「途中で投げ出すんですか? あたしたちは皆、レニ様とお花見をするために、頑張って来たのにっ」
「違うだろう」
 レニの瞳が、冷たく濁っていた。
「花見は最初からお前たちのものだ。ボクは最初から、道化にすぎん」
「そんなぁ」
 思わず腕に縋る海松を払いのけて、レニは立ち上がった。
「爺、ミーシャ! 主を放って何をやっているんだ……帰るぞ!」
 しかし、レニの横に立ったクマは、ミーシャではなかった。
「……少年……一時の感情で視野を狭めてはならん」
 東郷新兵衛だ。その腕にさくらが抱きついて、レニを見つめている。
「この娘たちがお前に向けた感情をただ「同情」と切り捨てることは非合理的だ。考えてみるがよい……お前自身が、彼女たちに抱いた感情を」
「……ボクは、別に」
 項垂れるレニに、新兵衛は静かに続ける。
「お前は非力な子供だ。だが、娘たちが襲われたとき、その非力な子供が飛び出して行こうとしたのは何故だ」
 だって。
 皆、ボクの人質で……客人なんだ。
 ボクの館に招待して、ボクがもてなさせた、ボクの。
 そして、ボクの我侭な願いのために、嫌な顔もせずに走り回ってくれた人たちだ。
「レニ。お前が彼女たちに抱いたものは、「好意」ではないのか。ならば、彼女たちがお前に向ける感情が何であるか、理解できない筈があるまい。……頑になるな、レニ。大切なモノを得たいなら……な」
「新兵衛さんの言う通りですっ」
 さくらがひたむきな瞳でレニを見つめた。
「お花見って、皆で仲良く笑顔で桜を見て、幸せを確認する事なんですよね」
 それから、きゅっと新兵衛の腕を抱きしめて、新兵衛さんに教わりました、と付け加える。
「こんな素敵なことを計画したレニさんが、みんな大好きなんです。だから、レニさんと一緒にお花見を成功させたいって、みんな思ってるんですよ」
「そうですよっ、レニ様が帰っちゃたら、私たち、何のために頑張って来たのかわからなくなっちゃう!」
 海松が、若干の下心と大きな優しさを込めて、微笑んだ。

「確かに君は自分勝手でワガママで、騙されやすい、非力な子供ですが……」
 挑発気味のメシエの言葉にも、レニは下を向いたまま黙っている。
「自らの非力と愚かさを自覚することが、分別ある大人になる最初の一歩です。……レニ・オルロフスキー」
 呼びかけられて、レニが顔を上げる。
 涙目になっているかとも思ったが、メシエを見つめ返すその金色の瞳は澄んでいた。
 メシエは心の中で満足して、すっと背筋を伸ばした。
「申し遅れました、私はメシエ・ヒューヴェリアル。オルロフスキー家のご当主にお目にかかれて光栄です。末永くおつき合いください」
「……丁寧なご挨拶、畏れ入る。若輩者ゆえ至らぬことも多いが、今後ともご指導賜りたい」
「くぅー、何という貴族的会話! この背伸び感がたまらないっ」
「せ、背伸びなんかしてないっ」
 また一気に子供の顔に戻って真っ赤になるレニを、海松がうっとりと見つめた。
「ああん、ツンデレ復活キタコレ! あっ、カメラ、カメラで記念撮影させて頂いても宜しいかしら?」
「撮るなーーっ」

「今よ今っ、このタイミングっ」
 鈴蘭が小さく言って、楽団に向かってぶんぶん両手を振り回す。
 ローズとリリアも、怪しいジェスチャーで花見に興じる人々の注目を呼びかけた。
(しずかにー、ちゅうもーく!)
 ちょっとざわめいて、皆の視線が集まる。
 酒盛り集団は通常営業だが、これは仕方がないと諦めることにする。
 むしろ、それまで黙らせたら、レニたちに気づかれてしまう危険があった。
(はーい、あちらをごらんくださーい)
 木の影で、ミーシャとポー爺がケーキに蝋燭を挿している。ポー爺は視線を集めていることに気がついて、恐縮するように頭を下げた。
(バースデーケーキ!)
 それから、フランツのオリジナル変奏のターフェルムジークを演奏中の楽団を指差す。
 ヴェルがにっこり笑ってサムアップしてみせる。
(音楽スタンバイオッケー!)
 プレゼント持参者が、いそいそと準備を始める。
(いいですかー、それじゃ、いきますよー!)