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サクラ前線異状アリ?

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第四章
"ICH LADE GERN MIR GASTEEIN"




 わっせ、わっせ。
 心の中でかけ声を掛けながら、リース・エンデルフィアは【空飛ぶ箒スパロウ】を駆っていた。
 持ち手には風呂敷で包んだ重箱を入れたバスケットを吊るせる限り吊るして来た。
 この微妙なバランスを維持しつつスピードを上げるのは、かなり集中力のいる技である。
「マーガレットったら、正確な場所を知らせてくれないんだもんなぁ……ああもう、遅刻したらどうしよう、恥ずかしいぃ」
 よろめきながら飛ぶスパロウは、ようやくタシガン空峡にさしかかっている。
「もうちょっとだ、がんばれ〜」
 箒と自分を励ましながら、リースは必死で飛び続けた。


 既に会場となる場所では、ほとんどの準備が済み、館で待機していた娘たちと主賓を待ちわびていた。
 駆けつけたパートナーと楽しそうにハイタッチで再開する者、説教をされる者。
 端から眺めていれば、それぞれに人間関係のわかる、なかなか楽しい光景だった。

「司君、お酒の準備は十分ですか」
「開口一番、それか!」
 サクラコの台詞に白砂 司(しらすな・つかさ)がそう言って、ため息をつく。
「警戒しにきてほしい……って話じゃなかったのか」
「ええ。ただし、メインの任務は花見を成功させるための頭数です」
 サクラコは上機嫌である。 
「そして私は本日の「花」だそうです。とても楽しみです」
 花……か。
 まあ、楽しみにしているようだし……今日のところはお小言抜きにしておこう。
 司はそう思うことにして、小さく苦笑した。


「暁斗くん!」
 深刻な顔できょきょろしながら会場を彷徨っている紫月暁斗をみつけて、清明が駆け寄った。
「わぁ〜、まさかこの時代で会えるとは思わなかったなのです!」
「えっ、清明?」
 清明に抱きつかれて、暁斗が声を上げた。
「久しぶり……っていうか、清明もこっちに来てたんだ」
 まさか違う時代で友人と再会できるとは思わなかった暁斗は、顔をほころばせて、
「僕達以外には来てないと思ってたけど、なんか嬉しいかも」
「僕たち?」
 清明が首を傾げる。
「じゃ、もしかして百花さんも……」
「あわわわ、そうだ、それどころじゃないんだ」
 はっと顔色を変えて、暁斗はまたきょろきょろと辺りを見回しながら清明に言った。
「そうなんだよ、百花も一緒に来てるんだけど、誘拐されちゃってて……」
「ええっ」
「いやその、そっちはあんまり問題ないみたいなんだけど、ヤバいのは……清明、母さん見なかった?」
「昴お姉さん? 見てないけど……」
「ああああ、どうしよう、まだ着いてないのかな……それとも……」

 もちろん、昴は既に到着していた。
 【アルティマレガース】の飛行能力を使い、娘を攫われた母の怒りに燃えた瞳で、島を見下ろしている。
 ……一瞬で、決める。
 娘を救うためには、反撃の隙を与えずに「頭」を押さえる必要がある。
 誰も傷つけはしない……もちろん、犯人以外は、だ。
 見慣れない中型の飛空挺が、静かに島へと降りて行く。
 ……来た、か。
 突入のタイミングを計りながら、昴は静かに息を吐いた。


「ちがうちがーう、まったくなっとらん!」

 背後からドクター・ハデスにダメ出しをされて、地面に足をつけようとしていたレニが危うくずっこけそうになった。
 よろよろと飛空挺を離れながら、レニは顔をしかめてこめかみを押さえた。
「……だ、誰かアイツを黙らせろ」
 誰にともなく言うレニの声に力がないのは、それが実行不可能な命令だとわかっているからだ。
 ハデスはレニの後から軽やかな足取りで降りてくると、白衣を翻してポーズをつける。
「一晩、何を学んだのだ! 悪のインパクトはまずツカミ。印象的な登場シーンを演出せずして真の悪たる資格なしッ」
「だから……」
 ボクは別に悪を極めるつもりはない、と言ったところで聞く耳を持たないことはわかっている。
 「言っても無駄」。
 それが一晩かけて学んだ最大の収穫だ。
 それから、もうひとつ。
「ツカミなど、どうでもいい。さっさと……」
「どうでもよくないですっ」
 不自然に笑いながら視線をそらして降りていくメンバーたち(あろうことか、ポー爺までもが!)の中から、凛とした声が響いた。
 ……ああ。
 レニは疲れたように嘆息して、頭を抱えた。
「ハデスさんの言う通りですよ、レニさんっ! 登場シーンには的確な決め台詞、これ、はずせません」
「おお、紫月百花か。さすがにわかっておるな。感心感心」
 ハデスが振り返って笑うと、百花はその隣に立ち、ショートヘアを揺らして可愛らしく胸を張った。
「無論です。ヒーローを愛する者として、悪役の美学を軽んじることはできませんわ。いいですか、レニさん。そもそも悪役の美学というものは……」
 説教が始まった。
 ハデスが現われるまで、彼女は普通の育ちの良さそうなお嬢さんだったのだ。
 ……狼は狼を呼ぶ。
 これが、昨晩学んだもうひとつのことだ。

「うわあ、ぼっちゃまが漫才やってるクマ……」
 何か感動を覚えたような声で、ミーシャが呟いた。
「なあに、あれ……余興?」
 ミーシャが盛っているクッキーを一枚、ヴェルがひょいと取って口に放り込む。
 その長い銀の髪が、一瞬、空に舞い上がった。
「……ん、あれ?」
 ヴェルは乱れた髪を直しながら、ちょっと左右を見回した。
「今、何か通った?」
「さあ……って、つまみ食いは禁止クマっ」

 一陣の風のように、九十九昴は会場を横切った。

 それに呼応するように、ハイマツの影から飛び出した人影がある。
 ミリーネ・セレスティアだ。
「……あ」
 黒崎竜斗が伸ばした手が、空しくミリーネの走り去った背中を差している。
「……やば、止め損なった」
 
 最初に反応したのは、女の子たちに混じって桜の傍で待機していた、フェブルウスだった。
 飛び込んでくる昴の凄まじいスピードに、直接捉えるという選択肢を捨てる。
 目標とスピードから通過地点を予想し、ソニックブレードを放った。
「……邪魔をッ」
 昴が短く言って、身を捻る。
 体勢を変えただけでソニックブレードの衝撃波を避けると、方向も変えぬままにレニに向かって走った。
 その動きで僅かに落ちたスピードに、レイチェル・ロートランドが反応した。
 正面からでは、分が悪い。
 レイチェルの放ったアルティマ・トゥーレが、ほぼ真横から弾くように昴の体を薙ぎ払う。
 ダメージを与えるには軽すぎる攻撃だが、その分速い。
 弾丸のように直進する昴の肩の辺りを翳めて、その方向を僅かに変えることに成功した。
「ちッ」
 昴は舌打ちする。
 あとひと蹴りでレニに届く位置で右に転がり、しかし、その反動を利用してふたたび地面を蹴った。
 ……一撃で、主犯を押さえる。
 その目的のために一切の無駄を排したその攻撃を、両手と【スキル】で辛うじて受けたのは白砂 司だ。
 ガッ……と鈍い音を残して、動きが止まる。
 レニはほとんど身動きもできないまま、目の前で組み合った二人を呆然と見つめた。
「……邪魔、するんじゃないわよ」
 昴が、低く絞り出すような声で言った。
「これ以上そいつを庇立てすると……あんたも、生まれてきたことは後悔させてやるわよ」
 ハードボイルドな決まり文句の域を超えた、底冷えのするような声だ。
 正直、司も生まれてきたことは後悔したくなかった。
 できれば穏便に拳を引いていただきたかったのだが、僅かでも気を散じたら、その瞬間に殺られかねない気迫に、軽口を叩く隙がどこにもない。
 ……まいったね、これは。
 僅かに口の端を歪めて苦笑を浮かべたが、昴はそれを違う意味に取ったらしい。
 悪気はまったくないのだが、状況と、生まれつきの目つきの悪さが災いしたのかもしれない。
「……なら、覚悟なさい」
 すいと細められた昴の目が、物騒な光を放った。

「ストーップ、昴っ」
「……か、母様!?」
 唯斗が声とともに飛び込み、昴を背後から取り押さえるのと、百花が声を上げたのはほぼ同時だった。
 司は弾かれるように身を放し、飛びすさる。

「……まだまだっ」
「む……っ」
 声とともに、更に別方向から金の影が突っ込んでくる。
 司は咄嗟にレニの前に立ちふさがった。
「……ミリーネっ」
 激突する寸前で、ミリーネはその声に反応した。