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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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第一章
"MEIN HERR MARQUIS"




「……サクラさん、どうかした?」 

 携帯を見るサクラが小さくため息をつく気配に、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が自分の携帯から顔を上げた。
「聡さんに、意味がわからないと言われてしまいました」
 憮然とした面持ちでサクラは携帯を睨みつけている。
「こんなに理解力のない人とは知りませんでした。がっかりです」
 ユリナは思わず苦笑する。
「まあ……仕方ないかも。正直,私もまだちょっと、よくわからないっていうか……」
 つい言葉を濁してしまう。
 椿 ハルカ(つばき・はるか)と一緒に散歩をしていて、どうやら誘拐されてしまったらしい、というのは理解している。
 らしい、というのは……誘拐されたという自覚が、今でもまだ湧かないのだ。
 最初は,のんびりしたハルカがキャッチセールスにでも引っかかったのかと思った。
 「花の名前の女性を捜しています」という黒服のおじいさんと盛り上がっているのに気がついて,口を挟んだのが拙かった。
「あのー、椿っていうのは姓だけど、それでもいいの? ……え、私? 私はユリナ・エメリー」
 そう名乗ったとたん,お爺さんは感極まったようにピンと長い口髭を震わせて言ったのだ。
「椿さまにユリナさま! お二人とも、ぜひご招待させていただきたいっ」
 そこからしばらく記憶がない。
 後で考えると,何か眠りの魔法のようなものを掛けられたのかもしれない。
 気がつくとこのボロ……古い洋館の一室で,無作法なご招待をして申し訳なかったと平謝りを受け,改めて「花見」までの間ご滞在いただきたいと懇願された。
 今のところ,羽根布団とか浄水器を売りつけられる様子はない。

「そういえば」
 ふと顔を上げて、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)斑目 カンナ(まだらめ・かんな)を見た。
「私たちも、一緒に攫われて来ちゃったけど……カンナも花の名前?」
「……そう、赤い花」
 窓際のソファでつまらなそうな顔で携帯をいじっていたカンナが、短く答えた。
「奇遇だね、私もだよー。私の家では女の子全員「赤」に関係する名前がつけられるんだけど、そのせいか花の名前が多いんだ」
「知ってる」
 答えてしまって、はっと我に返る。
「え?」
 ローズはきょとんとしている。彼女はカンナの「素性」を知らないのだ。
 内心焦って、取り繕うように言う。
「前聞いた」
「そうだっけ……?」
「ん、聴いた」
 怪訝な顔をしているローズにそう言って、立ち上がる。
「……ちょっと、散歩してくるわ」
 カンナは逃げ出すように部屋を出た。

「……あたしも……」
 カンナにいってらっしゃいと手を振ってから、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)も記憶を辿るように呟いた。
「なんだか、わかったような、わかんないような……なんですよね」
 ショッピングに行った空京の広場で、クマのゆる族から風船を受け取ったのが、今思えば拙かった。
 あるいはその後,調子のいいクマに「名前教えてほしいクマー」と聞かれたので、軽い気持で名乗ったのが原因だろうか。
「さくらさんクマ?」
「ううん、さくや。ああでも、桜の神様の名前ってお兄ちゃんが言ってたなあ。ホントかな?」
 そのとき,クマの目がキラーンと輝いた、ように見えた。
「申し分ないクマ! お誂え向きクマ! 運命の出会いクマ!」
「……はい?」
 その後の展開は、ユリナたちと同じだった。
 この館には、既に十数人の女性が集められていたが,全員似たり寄ったりの状況だったらしい。
 紫月 百花(しづき・ももか)などは、落ちていたヒーロートレカを拾おうとしてクマに声を掛けられたという。
「だって、激レアだったんですよー」
 真っ赤になってそう言い訳する姿が可愛かった。
 ただ、咲耶がそんな娘たちと少しだけ違っているのは……まだ、協力を求めるメールを出すべきかどうか、迷っていることだ。
 彼女自身は、協力したくない訳ではない。
 むしろ、この家の「当主」で「主犯」を自称する少年を、なんとかして助けてあげたいと思っている。
「……なんだか兄さんの子供の頃と同じ雰囲気を感じるんです……このままじゃ、兄さんのように育ってしまいます!」
「……レニさんですか?」
 思わず口に出してしまった言葉に反応して、百花が聞く。
「お兄さん、ああいう人なんですか? ちょっと羨ましいかも!」
 咲耶は慌ててかぶりを振った。
「いやいやいや、なんていうか……マズい方向に激しくパワーアップしちゃってるというか……とても人にはお勧めできない兄ですよ」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の顔を思い浮かべる。
 もちろん、高笑いをしている。
 咲耶は深いため息をついた。
(兄さんに協力なんか頼んだら、余計に事態を悪化させる気がするんだけど……)
  
「みんな、お茶が入ったよ〜」

 ワゴンを押して、メイド姿の伏見 さくら(ふしみ・さくら)が入って来た。
「ミーシャさんお手製、焼きたてのガレットもどうぞ」
「わぁ!」
 百花が顔を輝かせて立ち上がった。
「美味しそう! ミーシャさんって、お料理が本当に上手ですよねぇ。お食事も最高だったし」
「もともと、このお屋敷のシェフだったって言ってたよ。久し振りにお客様をもてなせて嬉しいクマ〜って」
 さくらがお茶をカップに注ぎながら言う。
「……ところで、なんでさくらさんがメイドを?」
「え?」
 さくらは不思議そうに首を傾げて、にっこり笑う。
「だって、誘拐されて来たけど、衣食住でお世話になってる以上、働いて返すのが当たり前だもん」
 百花がちょっと複雑な顔をして、周囲を見回す。
 皆,同じような顔をしていた。
「それじゃ、ごゆっくり!」
 屈託のない笑顔で言って、さくらは空のワゴンを押して部屋を出て行った。
「……えーと」
「……私たちも、働くべきでしょうか……?」
 ちょっと顔を見合わせる一同。
 コホン、と咳払いをして、サクラが言った。
「せっかくですからお茶をいただいて、メールを送っちゃいましょう」
「そ、そうですね!」
 
 まったく他意のない自分の発言が残した微妙な空気も知らずに、さくらはワゴンを押して厨房に戻ろうとしていた。
 キンコーン。
 ふいに、アナログな感じの呼び鈴がホールに響く。
 さくらは周囲を見回したが、人影はない。
 何しろここの使用人はさくらを別にして二人しかいないのだ。
 うん、やっぱりあたしが出ないと。
「はぁい、お待ちくださ〜い」
 ワゴンを残してぱたぱたと階段を下り、ホールを横切って扉に向かった。
 扉の前に立って、急いで服と髪を整え,軽く咳払いをする。
 そして、扉を開けて微笑んだ。
「はい、どちらさまですか?」
 そこには、目を丸くした軍服姿の黒崎 天音(くろさき・あまね)が立っていた。