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リアクション
塔の従士とルファンの戦いを少し離れて見守るカレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)はため息を吐いた。
(……はぁ、なんで俺は様子見なんかに来ちまったかな。絶賛荒事中じゃねぇか……)
カレンが刻命城に赴いた理由は、パートナーの相田 なぶら(あいだ・なぶら)の帰りがあまりにも遅すぎるものだから、ただ迎えに来ただけだった。
しかし、愚者曰く劇という名の荒事はまだ終わっていなくて、予期せぬうちに役者として巻き込まれたのだ。
(まぁ、手伝ってはやるけど……まだやらなきゃならねぇ家事あるってのに……)
カレンは心のなかでブツブツと文句を言いながら、もう一度ため息を吐いた。
そんなパートナーの様子に気がついたなぶらは、やけに元気良くカレンに声をかけた。
「どうした、カレン? ため息なんてついてると幸せ逃げるぞ?
折角来たんだ、俺達のチームプレー見せてやろうじゃないか!」
「へーへー。……とっとと終わらせてけーるぞ。
っても、自慢じゃねぇが俺は攻撃なんて当ろうもんなら直ぐにでも墜ちるからよ。なぶら、てめぇが盾になれよ」
カレンの言葉を受けて、なぶらはかぶりを振り、光明剣クラウソナスを構えた。
――――――――――
ルファンと塔の従士は零距離で闘い合っていた。
「ハァッ!」
ルファンは呼気を破裂させ、正拳を放つ。
塔の従士は迫り来る拳を弓を使って受け流し、お返しとばかりに至近距離で純白の魔法陣を展開。
しかし、ルファンはもう片方の拳で魔法陣を破壊。展開された純白の魔法陣は弾け、雪のように小さな白い粒となって弾け飛んだ。
「……やっぱり……接近戦は……苦手。……逃げる」
塔の従士はそう呟くとバーストダッシュを発動。
魔法的な力場を足場に展開して、ルファンの間合いから撤退。
ルファンはさせまいと芭蕉扇を取り出し、大きく扇ぐ。山火事を消せるほどの風の塊が塔の従士に直撃した。
「ん……くぅ……ッ」
塔の従士は吹き飛ばされながらも、バーストダッシュを発動して体勢を立て直す。
しかし、間髪入れず目の前で炸裂した神聖な力を受けて、また体勢を崩した。
その魔法はバニッシュ。彼女はバニッシュが飛んできた方向に顔を向ける。
「そろそろ、行くよ……!」
なぶらが白の魔法陣を描きながら、塔の従士に向けて突撃した。
魔力を込めてバニッシュを発動、神聖な力が塔の従士に炸裂。
「……く……鬱陶しい……」
神聖な力が爆発すると共にまばゆい光が塔の従士の視界を奪う。
その間になぶらは飛燕の速度で距離を詰め、光明剣クラウソナスを振りかぶり。
「……我は誘う……炎雷の都……!」
塔の従士は視界を奪われながらも赤と黄色が混じった魔法陣を展開、発動。
なぶらが光明剣クラウソナスを打ち下ろすより先に、巨大な炎と雷とが融合した塊を直撃させた。
けれど。
「勇者を目指すものとして……ここで退く訳にはいかない……!」
なぶらはその塊を受けきった。
塔の従士の目が大きく見開かれる。それは、自分のこの魔法を直撃して倒れなかった者が始めてだったから。
恐怖に値するほどのなぶらの気迫を受けて、彼女の身体が強張る。それは一瞬。しかし、致命的な隙だった。
「はぁぁああ……!」
なぶらは大気を震わす咆哮と共に、光明剣クラウソナスを裂帛の気合を入れて打ち込んだ。
放つ一閃はチャンピオンの誇る剣技の極み、ソードプレイ。まばゆい光の軌跡を描き、塔の従士の身体を深く切り裂く。
と、同時。
「良くやったな、なぶら。後は任せとけ」
カレンの言葉が耳に届くと共になぶらは大きく後退。
それを見届けてからカレンは塔の従士の周辺を覆いつくすほどの結界を作成。
絶対領域。そう呼ばれるその技は、結界内にいる塔の従士に、無属性の魔法ダメージを与えた。
「……!」
声にもならない悲鳴が、塔の従士の口から洩れた。
零れ出る血と共に身体から活力が消えたのだろう。彼女は床に両膝をついて。
「……嫌」
ぽつりと洩らした。
「……負けたら……城主様に……会え、ない……!」
塔の従士は両膝をついて、身体からどくどくと血を流しながら、ゆっくりと小弓を引き絞った。
それはあまりにも弱々しく、痛々しい姿。
(もう……見ていられない)
雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)はそんな塔の従士を見て、ゆっくりと足を進め彼女に近づいていく。
「来ないで……」
その声はか細い。
こんな姿になりながらも、戦おうとするほど城主を慕っているのだ。
「もう、あなたの負けよ。お願い……弓を下ろして」
「いやっ!」
塔の従士は手にしていた小弓から、矢を放った。
「……風術」
六花の声にゴウッと風が巻き上がり、矢は力を失って床に落ちる。
「っ!」
「あなたの攻撃はもう、通用しないと思うわ」
その矢は先ほどとは違い、力も速度も全くない。
塔の従士は落ちた矢を恐怖したように見つめてると、キッと六花を睨んだ。
「くらえ……!」
矢を、連続でつがえては放つ。
ヒュヒュンと風を切る音が六花に向かった。
「炎の聖霊」
矢は六花の周囲に燃え上がった炎に焼かれ、わずかな煤が舞い散る。
「そんな……」
六花は一歩進んだ。
彼女が城主を慕う気持ちは痛いほど分かった。
なのに、それに囚われるあまりこんなに暗く悲しい顔をしているのもまた事実。
六花は、自分でも気付かないうちにかすかな調べを口ずさんでいた。
――幸せの歌。
おこがましいかもしれない。
それでもせめて、彼女の顔から悲しみが拭えるように。
六花はそう願い、心に幸福を呼び起こす歌を歌い続ける。
「……あ……あぁ」
塔の従士の心に在りし日の思い出が蘇る。
それは城主と共に過ごした日々のこと。
百年以上苦しむにあまり、忘れ去っていた幸福な日々のこと。
彼女は、込み上げる感情を堪えるように口を引き結び、しかしそれでも抑え切れず、その瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。
「……城主様」
彼女の弓が、床に落ちた音がした。