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2/ 爆弾


 配線が三つ、開いた金属のカバーの中から覗いている。
 赤と、黒。そして黄色。更になにやら、一見しただけではどこがどう組み合わされ繋がっているのかすら遠目には判別不可能な入り組んだ基盤がその奥に収められていて。
 ケーブル自体も基盤の中に出たり入ったり、無数に絡み合っている。
「さぁて……いよいよ、ここからが本番ってトコね。ったく、なんてデリケートなもんをつくってくれたのかしら」
 どうにか、配線までは辿り着いた。その爆弾を前にして。、広げられた工具箱へとセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は手を伸ばす。
「ふぅん? 基盤や電装系の部分はなかなか凝ってるじゃん? でも、アナログのとこは大したことなさげじゃん?」
「ええ、その辺はね。……けど、このコのご機嫌、なかなか気難しそうよ。ちょっと間違えたら、スパークしてボン、ってなっちゃいそう。イケる?」
「ああ、電装系は俺たちでやろう。信管のほうを頼む」
「了解、っと」
 ともに爆弾へと向き合う、トゥーカァ・ルースラント(とぅーかぁ・るーすらんと)。そして、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と作業を分担し、爆弾の解体を進めていく。
 発見された爆弾はまだ、このひとつだけ。果たしてあとは、一体どこにあるのだろう。
「どう、大丈夫そう?」
「ええ、どうにかね。同じ型がまだいくつもあるとしたらちょっとうんざりだけれど」
「楽しそうじゃん?」
「俺は御免こうむる」
「同じく」
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)からの問いかけにセレンフィリティがそう返すと、ダリルたちも口々に軽口とも、愚痴ともいえぬ言葉を漏らす。
 実際、この構造はよほどのエキスパートでもないかぎり解体はひとりでは難しいだろう。ふたり、ないしは三人。それぞれ得意分野を分け合って当たらなければ、最悪解体の最中に炎に包まれることになる。
 無論、常にその危険が付きまとうのはいくら手が多く割けたとしても変わらない。ある程度は、どうしたって。
 だからこそ、屈み込んだ三人を見下ろす形でトゥーカァの相棒、クドラク・ヴォルフ(くどらく・うぉるふ)が氷術の準備を整えて待機している。万一の場合に、その爆発を最低限のところで抑え込むために。
 また、彼女はそうやって起こるかもしれない非常事態に備えながら。
 周囲に耐えず、意識を配っている。もしかするとまだ、鏖殺寺院のテロリストがどこかに潜んでいるかもしれない。その警戒を、崩そうとしない。
「そう、ですか。では引き続き、捜索を続けてください。お願いします」
 そんな彼女ら、彼らを尻目に、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は虚空に向かい言葉を投げかけていた。
 テレパシーによって彼は、爆弾の捜索チームたち同士をつなげあっている。
 捜索と、解体と。人材を振り分け、個々の状況へと対応を可能にする編成をとりしきったのは蒼空学園、その生徒会副会長としての手腕のみせどころだった。
 各チーム、最低ふたり。どうにかやりくりして、解体の作業が行える人材を振り分けている。そしてどうやらそのような編成にしたことは、正解のようだった。
「あと、最低三つ。どこかにあるはずです。どうにか見つけてください」
 なんにせよ、爆弾を見つけないことにははじまらない。解体に必要な時間も考慮すれば、あと三個。広い敷地内ではぎりぎりの勝負になるはず。
 だからこそ、皆に奮起してもらわなくてはならない。
 ゆえに空に向かい、瞑目した優斗は小さく頭を下げる。
「……既に爆発しているのがここ。それで、今ここだから──」
 その、足許。手にした小型端末のモニターにマップを表示し、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はその画面に視線を走らせていく。
 ここ。違う。──ここは? これも、違う。
「うーん」
 爆弾が仕掛けられているとしたら、一体どこに。いくつかの目星はつくけれど、決め手がない。
 ……よし。こうなったら。
「香菜ー? なんでもいいから、爆弾のパーツをもらえないかな? 動かしても問題なさげなやつを」
「爆弾を?」
「そ。ダリルー?」
 ルカから声をかけられ、怪訝そうにきょとんと、夏來 香菜(なつき・かな)が首を傾げる。一体どうするのだろうと、理解しかねている顔だった。
「これですか?」
 ダリルから手招きをされ、爆弾から取り外されたパーツのひとつを杜守 柚(ともり・ゆず)が小走りに駆け寄って受け取った。そう、それ。それよ。ルカが頷き、柚から差し出されたその部品を握る。
「あ、サイコメトリー」
「正解♪」
「他はいいですか?」
「ん、オッケー」
 部品の記憶を探っていく。
 こいつを運んできた、設置したやつの足取りが掴めれば、あるいは。
「やっぱり、人のいっぱい集まるところとかにあるんでしょうか?」
 たとえば、自分たちが今いるこの研究棟前の中庭テラスのように。
 爆弾にセットされている時間はちょうど、お昼時。無数のテーブルやベンチ、自販機の並ぶここでその時間に爆発が起きれば、当然のごとく多くの人々が犠牲になることだろう。
「ま、そりゃそうだ。問題はそれが具体的にどこかっていうことね。っと。そういえば香菜、さっきからだまりこくって、やけに静かじゃない?」
「え。あ……そうですか?」
 柚の隣に佇む香菜が、言葉を向けられて我に返ったように俯けていた顔を上げる。その表情はどこか遠くにあるものを考えているように、ルカや柚の目には映る。
「なーに、考え事?」
「ええ、その。少し。クラスメートのことを」
「彩夜ちゃんのことですか?」
 こくり。柚に訊かれ、香菜が頷く。
「すごく悩んでるようだったし……。行かせるべきじゃなかったのかも、って」
「あ、いたいた。みんなー」
「三月ちゃん」
 同級生、あるいは後輩への心配。考え込む一行に向かい、手を振りふたつの影が走り寄ってくる。
 ひとつはその頭の上にぴんと、獣の耳を立てて。それは柚のパートナーの少年、杜守 三月(ともり・みつき)である。
「あっち。西の変電施設のほうに、ひとつ。爆薬の匂いがあるよ」
「!」
 獣化し、その嗅覚を駆使し捜索にあたっていた三月が息せき切ってまくし立てる。その隣でやはり、息弾ませた少女──葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)も彼の言葉を継ぎ、続ける。
「お借りした見取り図からの予測。それに設置場所に選ばれるであろう条件のひとつ──つまり『二次被害の肥大化』が可能な地点であること。そこなら、いずれも満たしています」
 おそらくは、残る三つのうちの最低ひとつがそこにある。
「位置から言って一番近いのは我々です。まず自分が先行しますから、避難誘導と応援要請をお願いします」
「わかりました」
 ポニーテールの吹雪から言われ、優斗が頷いた。
「こっちはあたしたちふたりでどうにかなりそうよ。んーと、ダリル。あんたも行ってあげなさい」
「ああ、そうだな」
「頼むじゃん、こっちはもう余裕じゃん」
 セレンフィリティとトゥーカァがそれぞれに作業を続け、促されたダリルが立ち上がる。手近な工具を、ポケットに押し込んでいく。
「行くでありますよ、『だりぃ』殿」
「……そのアクセントだとまるで俺が常にてきとーでやる気のない人間みたいだからやめてくれないか、そのあだ名」
 一足先に走り出した吹雪を追い、ダリルも駆け始める。
「あ、待ってよ! ルカも──……っ?」
 思念を弾く特殊な素材でも使われているのか、なかなかルカのサイコメトリーに爆弾のパーツは反応してくれなかった。
 そして吹雪とダリルを追おうとしたその瞬間、ようやく。
 脳裏に浮かぶ映像。
 ノイズ交じりが徐々に、けれどざらつきはある程度以上とれぬままにクリアになっていく。
 時刻は夜。暗く、月が出ている。場所はそう、ここ。蒼空学園の一角だ。
 爆弾を手にした男が、きょろきょろと周囲を見回している。
 一瞬、その顔が街灯に照らされてはっきりと夜の闇に浮かび上がる。
「ほえ?」
 会ったことはない。直接、見たこともない。
 けれどそれは、見覚えのある顔だった。
 でも、どこで? ほんのつい、最近。それも何日とかでなく、ほんとうに数時間といったくらいのレベルで印象を覚えている、その男の顔。
 そう、たしかこの顔。今朝、テレビのニュースで。
「置いていくぞ」
「あ! 待ってよー!」
 続きは、またあとで。パートナーからの声に一旦集中を途切れさせて、その背中を追う。追いついて、隣に並ぶ。吹雪はもう、随分先を行っている。速い。
「例の新入生のこと、話してたのか」
「まーね」
 俺からすれば、自覚なく戦場に出てこられても足手まといにしかならんのだがな。前を向いたまま、ダリルがぼやく。
「それはそれ! 大事なのは、あの子がどうしたいか、だよ!」
 ルカが返した直後、ダリルの走る速度が上がった。前を見ればどんどん、吹雪のスピードも上がっていっている。
 置いて行かれるわけにはいかない──ルカもパートナーに倣い、駆ける速度を意識して速くしていった。