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 暑くなってきたのは、機晶回路やそれに繋がる業務用機械が作動しているせいか、それとも中で各々の仕事に励む人々の熱気のせいか。繁茂しすぎた植物のせいでむわ〜っと立ち込める湿気も、体感の暑さを助長していた。
「あー暑い暑い。汗が鬱陶しいしっ」
 セレンフィリティはぼやきながら、額から流れ落ちた汗がノートパソコンの上に落ちないよう、慌ててそれを拭って払う。
「けど、過剰エネルギーの出力は落ち着いているみたいよね」
「確かに、朝に比べたら確実に落ち着いているな。植物の様子ででも分かる」
 彼女の言葉に答えるように、草と回路の真ん中にしゃがみ込んだイーリーが言う。彼の集中力は、この環境でも落ちていなかった。
「……問題は、そのような変化を起こす中枢回路が特定できないということだな」
 眉間に皺を寄せ、彼は立ち上がった。
 この地下に入ってきた直後に比べれば、格段に見通しはよくなった。最初はまるで熱帯地の密林の中のような様子になっていて、その中でうぞうぞと蠢く木の枝や蔦草などはまるで蛇か何かのように見えたものだった。
「奇妙だな。故障らしい故障は、今のところ見つからない。一部老朽化の激しい回路はあるが」
 ダリルが、微かな音を立てて機晶エネルギーを各種業務用機械に送っているらしい装置から目を離し、独り言のように呟いた。この蒸し暑い地下でただ一人、暑さも蒸れも感じていないといったドライな表情をしている。
「やっぱり……一時的な熱暴走ってことかしら?」
「植物の過剰な成長は、あるいはその現象で説明がつくかもしれん。だが、肝心の時空転移に関してはさっぱり分からんな。そもそも、移動を意図したようなシステムが構築されている気配はない」
 イーリーは、片手に持つ薄い書類の束を手早くめくった。二年前に不十分な時間の中で精一杯に入手できた調査結果や、今までに彼が集めた情報が書き連ねられてあるのだ。
「回路と直接関係があるのかないのか分からないのだが、気になることがある。この店が出現した場所と出現していた期間、そして消えてから再び出現するまでの期間を、聞き込み調査してグラフ化したのだが……確かに期間はバラバラではあるが、一度時空の狭間に消えてから次に出現するまでは、多少の差こそあれ数か月間という長さを大きく逸脱したことはない。

 だが、今回に限り、前回消滅してから出現まで二年という、今までになく長い期間を要している。
 そして、今回のように出現したら植物が異常繁茂していた……などということも、今までにはなかったことだそうだ


 イーリーは地下に入る前に、機晶姫たちに簡単に幾つか質問をしていた。その時に、今回のようなことは初めてだと、二人が言ったのを聞いていたのだ。
「それはやっぱり、絶対この回路と時空転移が関係あるってことじゃない!?」
 セレンフィリティが勢い込む。その隣ではセレアナが黙々と、刈り取った巨大茶葉を回収している。
「イーリー、」
 二人から離れたところにいたダリルが呼びかけた。
「この辺りの回路の接続は、あまり類を見ない技術のように思うが、どう思う」
 二人がダリルの指す回路を見にやって来た。つい先ほど、ダリルの要請を受けてルカルカがざっくざっくと葉野菜を刈り取った場所だった。
「うん――あの、業務用冷蔵庫の近くにも同じような接続回路があって、私も気になっていた。しかし、これも建物を起動させる回路には見えんな」
 ますます眉間の皺を深くするイーリーに、ダリルが語りだした。
「回路の大部分に対して、一部分だけ幼稚なレベルの回路が、ところどころにある。見たところその大部分は、喫茶店業務に使われる大型機械への接続を助けているものらしい」
「……ってことは……もともと喫茶店業務や果樹栽培のために使うはずじゃなかった機晶機械の回路を、無理矢理店に繋いだってことにならないかな」
「考えられるな。その際、店に回路を設置した技師と、回路自体を開発した技師は別人だったのかもしれん。つぎはぎしたようにレベルが不一致だ」
「面妖だな。この低レベルな接続回路が、回路全体を不安定にする原因なのか? ……いや、それだけでは……」
 熱心に議論を交わす三人の傍らで、
「あ〜……家が建て増しを繰り返して変な間取りになる、みたいな感じ、かな?」
 その議論をちょいと聞きかじったルカルカが、普通のトマト並みに育ったプチトマトを蠢く茎からぶっちぎりながら、聞きかじったなりに考えた微妙な例えを呟いて勝手に納得していた。