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「――じゃあ、我々も仕事をしに行くか」
 イーリーの言葉に、ダリルとセレンフィリティが頷いた。セレンフィリティは自前でノートパソコンとテスターを用意しているほどの気合の入れようである。
「すごい意気込みね。……分かってはいたけど」
「えぇ」
 それぞれのパートナーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、予想はついていた彼らの様子にやや苦笑を漏らしながらも、彼らと、自分たちと同じように地下で過剰に成長した植物を剪定することになっている仲間たちと一緒に、厨房の奥にある階段から地下へと降りていった。

 鈴里の決定で、店の扉にかかった木のプレートが「CLOSE」から「OPEN」に変わると、突然現れた喫茶店に好奇の目を向けていたらしいツァンダ辺りの街の人々が、ぼちぼちと入ってき始めた。
「いらっしゃいませー」
「どうぞ、こちらのお席へ」
 いかにも昔ながらの喫茶店らしい、濃い色のソファ席に深く腰を掛けながらも、客が少し不思議そうな目をして店内を見回すのは、レトロの風情の店内装飾が物珍しい……というからだけではなさそうだ。それに気付いて清泉 北都(いずみ・ほくと)は苦笑しながら、厨房の出入り口まで戻ってきて「コーヒー一つ、パンケーキ付で」と、承った注文を告げた。はーい、とディアーナの柔らかな応えが聞こえ、慣れた手つきでパンケーキの種を軽くお玉でかき回す音が続いて聞こえてくる。熱したフライパンが立てるじゅうぅという音と同時に、北都は苦笑して、たまたま傍らにいたパートナーのリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)に声をかけた。
「やっぱり、執事服よりもう少し、ラフな感じの服がよかったのかな」
 もともと二人だけで切り回してきた店なので従業員用の制服はない、だから私服で構いません、と、接客を補助しに来た人たちに鈴里は朗らかに言っていたのだが、そのせいで接客要員たちの服装は統一感がない。きちっと着こなした北都の執事服は清潔感もあって客への印象もいいが、他には普段着っぽい衣装やメイド服や学校の制服などの従業員もいて、服装だけ見ると客にはこの店のコンセプトが全く分からないだろう。リオンも術師の着るやや丈の長めの服を着用している。やや目を丸くしている客の顔を見ると苦笑するしかない。だがリオンは、そのことは気にならないのか、首を傾げる。
「そんなことはないでしょう」
「ええ、似合ってますよ」
 気が付くと、隣にコーヒー皿を持った鈴里がいた。ぽかんと見る北都に笑いかけている。彼女はどうやら、店員の服装の不統一感も、それにいささか戸惑うだろう客の目も、特に気にしていないらしかった。
「あ、それ、僕が持っていきますよ。鈴里さんは厨房の方に専念してください」
 メイド姿のリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)がやってきて、鈴里が出そうとしていた皿をさっと受け取った。厨房にいるレティシアににこっと笑いかけて手を振ると、鈴里が「あら、すみませんご親切に」とのんびり過ぎる鈴里の礼の言葉を待たず、「お待たせしましたご主人様」と勤め人らしき男性のいるテーブルに迅速に運んでいた。
「……。ところでさ。やっぱり、『禁猟区』は張っておこうと思うんだけど」
 鈴里が厨房に戻ったところで、北都はリオンに確認するように言った。
 この店がいつまた時空の狭間に消え去るか、誰にも……機晶姫たちにさえ分からないという。今のところ、その転移に一般客が巻き込まれたことはないという話だったが、万が一ということもある。北都はお客の安全を第一に考えていた。それが分かっていたので、リオンは頷き、その案に同意していた。
 その横で、それを聞いていたのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)であった。この店が鏖殺寺院に狙われているらしいと聞き、ガチで返り討ちでフルボッコキタコレ! と張り切ってやって来た彼女は、当初は従業員の顔をして店で待ち構えてやろうかと思っていたものの、
「やっぱり、お客さんに迷惑かけたらダメだし、店内に一歩も入れずに血祭りにするに限るね! うん、外で待ち構えよう!」
 と、パートナーのイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)に力説していた。外で待ち構えていては、相手が使うルートによっては必ずしも自分たちに近づくとは限らないので、襲撃とあれば確実に接触(応戦)できるのは標的である店に潜むことだと考えていたのだが、やはり客の安全を第一に考えるべきだと、最初に考えていた戸外で待ち受ける手段に変えることにした。
「けど、外で何をやるの?」
 イシュタンが尋ねると、ミルディアは得意げに言い放った。
「ビラ配り! 店が見える場所で外を警戒しながらできるから何かあったらすぐ対応できるし、店の宣伝もできて一石二鳥でしょ?」
「まぁ、そうだね。で、ビラはどこ?」
 そんなもの、機晶姫たちが用意している様子はなさそうだけど……とイシュタンが訝ると、
「適当な紙に店名と『来てね!』とか書いて、大量コピーすれば大丈夫!」
「……、そーなんだ」
 かなり即席で用意しなければならないらしい。

 シャンバラ某所。
「そうか、動きはないか……」
 鏖殺寺院 司令室(おうさつじいん・しれいしつ)は、無線で仲間から入る、カフェ・マヨヒガの様子を聞いて呟いた。
 鏖殺寺院が店に秘められた機晶技術を狙って襲撃を仕掛けることは、ほぼ確実な情報として、“新体制・鏖殺寺院の設立”を目指す彼ら、極秘部隊『O.S.C.』の耳にも入っていた。店に襲撃をかけるであろう鏖殺寺院の部隊とは、彼らは何の面識もない。だが、いざ動きだした時には、彼らに協力を申し出て自分たちの存在を示し、連携するつもりでいた。
「できることなら、彼らが決行する前に、現場のメンバーの所在を突き止めたいものだな。頼むぞ」
 無線に向かって彼がそう言い、了解の旨を伝える短い返事があった後、しばし秘密の電波は途絶えた。