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リアクション
『愛を深める新婚旅行』
「わぁ……! 海も空もすっごく蒼くて、すっごく綺麗!」
部屋に着くや否や、バルコニーへ飛び出していったリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が、どこまでも広がる蒼い空と海を前に、はしゃいだ声をあげる。
「リンネさんも、その……綺麗ですよ。澄んだ空よりも、輝く海よりも」
後を追ってやって来た博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が、普段の彼ならば口にしないであろう言葉を紡いで、スッ、とリンネの肩を抱いて引き寄せる。
「うん……ありがとう、博季くん」
照れ臭そうにしつつも、リンネもごく自然に博季の胸に身体を預け、幸せな笑みを浮かべる。
二人は休日を利用して、地球のリゾート地に新婚旅行に来ていた。
スイートルームを借りて、煌めく海と広大な空の下、誰にも邪魔されない二人だけの時間が始まろうとしていた。
「それー!」
早速、水着に着替えた博季とリンネは、海へ繰り出す。水飛沫があがり、リンネの身体が海の中へ消え、浮かび上がる。
「気持ちいいー! なんだろう、海なのに海じゃない不思議な感じ!」
潜って、また浮き上がってを繰り返すリンネを、博季は足にかかる水の感触も忘れて見とれていた。
「博季くーん! はやくはやくー!」
「い、今行きますっ」
自分を呼ぶ声で引き戻された博季が、恥ずかしさを隠しながらリンネの元へ向かう。
「はー、気持ちよかったー。ねえ、何にしよっか?」
ひとしきり海を堪能した二人は、海岸近くのカフェテリアを訪れていた。
「そうですね……あれなんてどうですか?」
博季が示した先、カップルと思しき二人が一つのグラスに挿された二つのストローをくわえていた。
「わ……え、えっと……うん、博季くんがいいなら、私もいいよっ」
そして、二人の前にフルーツや花で飾られたジュースが置かれる。もちろんグラスは一つで、ストローは二つ。
「そ、それじゃあ……」
頼んではみたものの、いざ目の前に用意された途端、恥ずかしさが込み上げてくるのを博季は感じていた。とはいえこのままでは何も進まない以上、意を決して博季はストローに口を付ける。
「…………」
次いで、リンネもおずおずと、ストローをくわえる。息がかかりそうなほど近付く二人の顔、交差する視線。
しばし、時が止まる。
「あ、あはは……。美味しかったけど、は、恥ずかしかったね」
「僕も、あれほどとは思いませんでした……。すみませんリンネさん、気まずい思いをさせてしまって」
店を出て、海岸沿いを歩く二人。申し訳なさそうに謝る博季に、ぶんぶん、とリンネが首を振る。
「謝らないで。恥ずかしかったけど……その、嬉しかったから」
言って、つ、と目を逸らすリンネ、頬を染めた横顔が可愛くて、博季は隣を歩くリンネの腕を取る。
「次は、どこ行くの?」
絡められた博季の腕に身体を預け、上目遣いに尋ねるリンネへ、博季はある一点を指し示し、告げる。
「僕たちの船が、見えますよ」
水面を滑るように、クルーザーが走る。
「博季くんが免許取ってたなんて、知らなかったよ」
「リンネさんに楽しんでもらいたかったですから」
ハンドルを握り、博季が答える。簡単に言ってはいるが、博季の費やした努力はかなりのものだったことは、本人だけの秘密である。
エンジンを止めたクルーザーが、ただ波に揺られる。その船上でリンネと博季が、ぼんやりと海を眺めていた。
「ね、リンネさん。家事手伝ってくれてありがとう。……でも、無理はしないでくださいね。
プロポーズの時も言ったけど、リンネさんには、学生生活を謳歌して欲しいんです。人生で一度きりの大切な時間だから」
リンネの視線を受けながら、博季の言葉が続く。
「それとね、将来のことも自由に考えてください。僕は、貴女を家庭に縛り付けたくないんです。
リンネさんが思うように、悔いの無い未来を選んでください。そうやって一生懸命頑張るリンネさんの姿、凄く素敵だから」
博季の言葉を受け止めて、リンネは少し考えて、そして口を開く。
「私は、博季くんと結婚してから、自分を縛ってるって思ったことなんてないよ。むしろ、今までよりいい感じに自分の力が出せている気がするの。今までの私は、力を明後日の方向に飛ばしていた気がするから」
繋がりを得た二人の理想的な関係は、『それぞれが自分のために力を発揮しつつ、互いのためにも力を出し合えること』だろう。
「自分を縛らないで済むように努力するものじゃないかな、って私は思うの。私も完璧じゃない、もちろん博季くんだって……ううん、博季くんはいつだって私の前では完璧だけど」
人間関係において、無理はしないで、とよく言われるだろうが、無理は確かに存在する。違うのは当人が、無理を無理と感じないように努力しているか、適応しているかどうかである。
「私は無理はしないよ。自分を縛り付けることもしない。そうしなくてすむように努力する。だから博季くんも、無理しないでね?」
「僕は……ええ、僕はリンネさんが幸せなら、それで。これが僕の、偽りない本当の僕です」
「博季くん……!」
二人の顔が、そして唇が触れる。
彼らを祝福するように、沈みかけた日が優しく照らしていた――。
その頃、音井家では。
「……ふむ。無駄に綺麗なのは博季らしい。俺様が掃除する必要あるか?」
居間に入り、一通り見回したコード・エクイテス(こーど・えくいてす)が呟く。彼は博季とリンネが新婚旅行に出掛けている間の、留守を預かっていた。
「……ま、一通りやるか……頼まれたからにはな」
「えへへー、久し振りのママの匂いだぁ。……あっ、パパの匂いもする」
リンネの部屋の掃除を担当することになったリリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)が、部屋に香るリンネと博季の香りに、普段は抑えていた思いが込み上げてくる。
「……ちょっぴり、帰りたくなっちゃったな……。パパとママが帰って来たら、思い切って甘えちゃおうかな?」
たまにはいいよね、と納得して、リリーが部屋の掃除を始める。
「……これで終わりか。さて……リリーがまったく戻ってこないわけだが……」
訝しがったコードが、あぁ、と当たりをつけて、該当する部屋へ足を運ぶ。博季の部屋に繋がる扉を開けると、コードの予想通り、布団でリリーが寝息を立てていた。
「パパぁ……ママぁ……大好きだよ……」
呟かれる寝言を耳にして、コードは息をつき、掛け布団をリリーにかけてやる。
(リンネもリリーも、たとえ血は繋がってなくとも、皆俺様の大切な『妹』だからな。泣かせたら承知せんぞ、博季)
心に呟いて、コードが扉を閉める――。