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リアクション
『二人で特訓、新技開発なるか?』
●イルミンスール魔法学校:魔法訓練所
休日、普段は魔法学校の生徒が訓練に励む魔法訓練場も、今日は閑散として……はいなかった。
「……うーん、なんか違うなぁ。これじゃあただの氷の壁だ。何かこう、もう一工夫出来たら……」
身体の周りに纏わせていた氷の結晶を消して、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が呟く。彼は父親の存在を振り切るため、自分の流派を確立せんと連日、訓練に励んでいた。
彼は主に氷結属性の魔法を得意とし、防御型のスタイルである。その点においてはなかなかの力を持っているが、本人としてはもう一枚何か越えた力が欲しいと感じていた。
「フィル君」
と、自分を呼ぶ声にフィリップが振り返ると、そこにはフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)とルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)がいた。
「ここにフィル君がいるって聞いて。ねえ、私も一緒に訓練、していいかな?」
「あっ、フリッカさん。ええ、いいですよ」
快諾したフィリップに歩み寄り、フレデリカは持ってきた杖の準備をする。
「フリッカさんはどんな魔法の訓練をするつもりですか?」
「私は、ここに書かれている近接戦闘用の魔法をやってみようと思うの」
言って、フレデリカが魔導書状態のスクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)をフィリップに見せる。
「凄い……何て言うんだろう、こう……重みを感じます。それほど由緒正しい魔導書なら、僕の求める知識も……」
そこまで言って、フィリップが慌てて口を閉じる。由緒正しい魔導書をおいそれと見る真似は、失礼に値すると思ったが故だったが。
「……見る?」
「え……い、いいの?」
思わぬ回答に、振り返ったフィリップの視界に、頬を染めて俯くフレデリカが映る。
「うん……フィル君になら……いいよ……」
「じゃ、じゃあ……お願いしていいかな」
「うんっ」
(なんと言いますか……台詞だけ聞いたら明らかに、その、アレですよね……)
二人のやり取りを遠巻きに見ていたルイーザが、コホン、と気を落ち着かせて考えを切り替える。
(あの魔導書は本来ならば、部外者に見せてはならないものなのですが。フリッカ、分かっているのですか?)
ルイーザの忠告虚しく、フィリップにスクリプトをお披露目するフレデリカ。
「ボク、見られちゃった……。はあぁ。まぁ、なんとなくこうなる予感はしていたんだよねぇ」
やっぱり勘違いされそうな台詞を吐いたスクリプトを加えて、フィリップとフレデリカは新たな術の開発に取り組み出す。その様子は先程とは打って変わって、真剣そのもの。
(……まぁ、あんな様子を見せられると、何も言えなくなってしまう私も大概ですが)
自嘲の笑みを浮かべつつ、せめてフレデリカが暴走してしまわないようにと、ルイーザはフィリップに詠唱高速化を教える名目で、一行に加わる。
「――――!」
ルイーザの詠唱高速化のテクニックを元に、フィリップがこれまでより数倍速く氷片を展開させる。覚えの早さに感心するルイーザとは裏腹に、フィリップはまだ納得がいかない様子だった。
(ここからさらに何か……たとえば氷片を何かをトリガーにして飛ばすとか――)
思案を重ねるフィリップを向こうに、フレデリカも負けていられないと、杖に炎の槍を形成する。
(ここまではよし……後は高速化の魔法で、相手の急所目掛けて――)
本当は自分の防御も配慮すべきではあったが、今のフレデリカにその余裕はない。炎の槍を維持するだけでも相当の精神力を要していたし、ここからさらに自分を加速させる魔法をかけるとなると、負担はより大きくなる。
そんな背景があったからか、そもそも配慮に入っていなかったか、高速化の魔法を発動させたフレデリカの手から、杖が滑り落ちる。止まっている物体は止まり続けようとする法則で働く力は大きい。自身を高速移動させるなら、杖もまた追従させる必要があるのだ。
「しまっ――」
これで集中を乱したフレデリカの身体が、明後日の方向へ加速されてしまう。そしてその先には、背中を向けたフィリップの姿があった。
「!!」
気を張っていたからか、誰に呼び掛けられる前に危険を察知したフィリップだが、まさかフレデリカに対して氷片を展開するわけにもいかない。となれば……男を見せる他なかった。
「ぐううっ!」
二人、抱き合うようにして地面を滑る。フィリップが咄嗟に地面を凍らせた分、転げ回る事態にはならなかったが、最終的に緩衝材の詰められた壁に衝突して止まった。
「フィル君!? フィル君!! ごめん、私を庇って――」
フレデリカも衝突の時に軽い打撲を負ってはいたが、それを気にすることなくフィリップの安否を気遣う。
「……大丈夫、です。多分、どこも折れていない……と思います」
大きく息を吸って、吐いて、激しい痛みのないのを確認して、フィリップがフレデリカに頷く。
「本当にごめんなさい。高速化の魔法制御に失敗してしまったの。私の配慮不足だわ」
フレデリカから失敗した理由を聞かされたフィリップは、ハッ、と何か閃いたような顔をする。
「そうか……! 身体の動きをトリガーにすれば……!」
「えっ? フィル君、なんのこと――」
キョトンとするフレデリカの手をパッ、と取って、フィリップが子供のように喜びの感情をあらわにする。
「新しい術のメドがついたんだ! ありがとうフリッカさんっ」
「あ、あの……うん、よ、よかったね、フィル君」
フィリップに手を握られたままのフレデリカが、顔を真っ赤にしつつ、フィル君が気付くまでこのままでいいかな、と心に呟く――。
「へー、フリッカがあんな顔するなんてね。これは確実にあの人に恋してる――あ、あれれ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべていたスクリプトが、ルイーザに首根っこを掴まれて引きずられていく。
(フリッカ、上手くやるのですよ)
スクリプトの抗議の声を無視して、ルイーザがふふ、と笑みを浮かべる。
その後、閃きを得たフィリップは『身体の動きをトリガーに、展開させた氷片を飛ばす』技術を編み出した。
「よし……! 後はここから、より複雑かつ正確な軌道を描けるようになれば……」
方向性を見出したフィリップが訓練に没頭するのを、フレデリカは嬉しさと、ちょっと淋しい気持ちを混ぜつつ見守る。
二人の関係やいかに――。