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リアクション
さて。
町長の家では、ガッツ鳥の品評会(?)が行われていた。
この町の住人でない人や鳥を飼っていない人がレースに出たい場合には、町長の家で飼われているガッツ鳥を貸してもらうことができる。
牧場のように広い庭先には、鳥たちが思い思いに遊んでいた。走り回っている鳥、ぼんやりとしている鳥、エサばかり食べている鳥、色々いるが、どれを連れて行ってもいいらしい。片隅で鳥を訓練させている者たちの分も合わせると結構な数だ。
よく手入れされて元気のいい鳥ばかりだが、この中から一羽を選ぶとなると一苦労だろう。
「別についてきてくれなくてもよかったのに」
さっそく相棒となる鳥を見つけに町長の家にやってきた風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、隣の少女に声をかける。庭の柵にもたれかかりなががじっと鳥たちを見つめるのはアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)だ。
隼人は、この鳥レースに時折出没し賭けに勝っているらしい彼女の観点から、レースに勝てるガッツ鳥と騎手のコンビをどのように見えるのかをアドバイスを求めるために彼女を訪ねたのだが、彼女はそのままこの町までついてきたのだ。
「大甘だよ、キミ。レースが始まる前からボクの錬金術は始まっているのさ。ましてや今回は賞金20万Gのかかった空前の大レース。誰しも本気だし、ボクも真剣に予想する。事前の鳥たちのチェックはいくら熱を入れても足りない事ということはないんだよ」
誘ってくれなかったら一人でも見に来るところだった、とアゾートは小さく微笑む。どうして彼女は競馬オヤジみたいに赤鉛筆を耳に挟んでいるのだろうか、隼人はとても気になったがそこは突っ込まなかった。事前に配布されたプログラム表を睨みながら鳥たちを見比べているアゾートに単刀直入に聞いてみる。
「で、ずばりポイントは?」
「肉付き、全体のバランス、スタイル、足の運び、内に秘めた闘争心……、見るべき観点はいくつもあるけど……」
彼女は少し迷ってから、すっと一羽の鳥を指差す。
「そうね……、この中でなら、ボクが選ぶのはアレかな……」
隼人は、そちらに視線をやった。
「うん……、いい感じのガッツ鳥だな。……よし、こいつに決めよう」
なんだかアゾートに全部お任せで選んでもらった気がするが、彼女の直感を信じることにした。隼人は、鳥の世話をしていた美緒に声をかけて、その一羽を借り出す。
「折角だから、俺も手伝わせてもらうぜ。ガッツ鳥との信頼関係を築き連携を深めていく事でレースに勝てるコンビを体現するんだ」
「予選は明日から始まる。出来次第ではキミたちのコンビを買わせてもらうこともあるかもしれないね」
グッドラック、とアゾートは手を振った。
○
「野良ガッツ鳥だと聞いていたが、結構いいのが揃っているじゃないか」
飼い主のいないガッツ鳥にも手厚いサポートを。
と言うわけで町長の家にやってきていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、獣医として一通り診断を終えた後、まだ世話をしている美緒に顔を向ける。
「意地悪そうなのが何羽かいるが、矯正は不可能だったのか?」
「ごめんさない、無理やりしつけても鳥さんのためにならないと思いまして。ですが、よく可愛がってあげると、どの子もいい子ですわよ」
「そういう意味で言ったのではないが。……ふむ、気性の荒く闘争心に満ち溢れた鳥のほうがいいか、大人しく従順な鳥のほうがいいか……」
全羽出場の大きな大会が開かれると聞いて、町の住人たちはそれぞれのガッツ鳥を出場させるべく準備を始めていた。ダリルも、レースに出場を希望しているパートナーのために鳥を選ばなければならない。町長の家で飼われていたのは、元々飼い主のいない野良ガッツ鳥だそうで、彼自身あまり期待はしていなかったのだが、美緒たちの熱心な世話によりどれもが元気でよく手入れされていた。
「肉付きや綺麗な立ち姿勢、全体のバランスからすれば、これか……。いや、騎乗の腕でサポートできるなら、こっちの荒っぽそうな方が明らかに力強い。……あいつなら乗りこなせるか……う〜む?」
ダリルが考えていると、もう一組鳥選びにやってきた者たちがいた。
「おおいるな、こいつらがそうか。勝手に借りていっていいんだっけ?」
瀬乃 和深(せの・かずみ)とルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)だった。
例え八百長疑惑があろうとも自分が勝てば問題ない。こんな珍しい機会だし鳥のレースに出場してみたいと考えていたルーシッド。
「ねえ和深くん、どれがいいと思う?」
健康で元気な鳥を選んでもらおうと、『獣医の心得』のスキルをもつ和深に、ルーシッドは聞く。
「先客さんがいるな……」
早い者勝ちでいいのだろうか、和深はちらりとダリルに視線をやる。お先にどうぞ、と目で返すダリル。
「じゃあ遠慮なく」
一羽一羽を吟味して、和深は頷く。
「こいつがいい。可愛いし活発でスタイルもいい。性格もよさそうだ。人間だったら美人だぜ?」
「雌なの? 目が合ったし相性いいのかな? まあ和深くんを信じるわ」
ルーシッドは和深が選んだ鳥を撫でてから美緒に声をかける。
「じゃあ、借りていくわね」
「はい。レース頑張ってくださいね」
「まあ、ルーシー次第だ」
「狙うは当然優勝に決まってるでしょ」
二人は、美緒に見送られつつ鳥を連れてご機嫌で去っていく。レースでの再会を期待しよう。
さらには。
「賞金20万Gと聞いてすっ飛んできたぜ。カネにゃこだわらねえが、それにつられて強豪が集まるだろうからな、勝負する価値がある。テンションあがるぜ」
レースに出場するために町長の家にガッツ鳥を借りに来たのは、イルミンスールからやってきたウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)だった。のんびり観戦予定のパートナーはおいて置いて、集まっているガッツ鳥を物色し始める。
「なあおい、どれが有力なんだ?」
「みんないい子ですわよ」
「……」
向こうで世話をしていた美緒に聞いてみるも埒が明かないようだった。出るからには勝ちたい。獣人のウルフィオナと張り合える位の速いやつ。
(シロートだからどいつが速いかなんてみただけじゃわかんねぇし……んーしっかしやっぱこーいう速さ競うもんだと勝ちは譲りたくねぇしなぁ……)
彼女が迷いながら一羽一羽眺めていると。
「ん〜ふっふ。迷っているみたいだね。……さて、ボクはどの子を借りようかな」
一緒にやってきていたアルフォニア・ディーゼ(あるふぉにあ・でぃーぜ)は、好奇心あらわに近寄ってきた鳥たちを眺めて微笑む。
「これがガッツ鳥かぁ〜。ふっくらもふもふしててかわいいし、コレに乗ってレースとか楽しそうだよね……ってあれ? キミ達なんでボクを囲って……」
魔女を見るのが珍しかったのか、ガッツ鳥たちはいっせいにアルフォニアを取り囲んだ。彼女が戸惑う暇もなくくちばしでつつき始める。
「イタッイタタッ!? ちょ、やめっ! なんで突くんだよ!?」
「くるるるる、くるるぅ(魔女だ魔女だ)」
「イタッイタイイタイ! な、なんで急に……へぶぅ!? 今度は踏み付けってちょっと!?」
「くけけけけっっ、くわわっっ(魔女だ魔女だ)」
「イタッイタタタ!? ちょ、マジやめて!? 踏むな! 突くなー! いい加減にしないと焼き鳥にして食べちゃうz」
「ゲゲッゲゲッッ! クワケケケケッッ(魔女たのしー)」
「ってイタッイタイイタイ! 焼き鳥にするとか冗談ですからごめんなさいごめんなさい! お願いだからやめて!」
「くるるるるぅぅぅっぅ(魔女もっとあそぼ)」
「あ、帽子はダメ! ボクのトレードマークなんだから! いや、帽子以外なら突いてもいいとかそういう意味じゃなくて!?」
いいように蹂躙されて、アルフォニアは涙目になって逃げ惑う。しかし回り込まれた。
「ちょ、もうやめ……アッー」
とうとう大切な急所までつつかれてアルフォニアはボロボロになってその場に倒れ伏し動かなくなった。まさに集団暴行のひどい有様だった。
「……」
鳥たちはそれでもしばらく彼女をつついていたが、やがて飽きたのかまた思い思いに庭をうろつき始める。
「もう……メッ! そんなことをしちゃだめじゃない!」
向こうの方で他の鳥たちの集団行動を学ばせていたアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)が騒がしいので様子を見に来た。
「せっかくみんな上手くできていたのに、どうしてなの?」
普段は優しくて温和なアリスだが、ぴしっと躾けるときは躾ける。彼女に叱られ、鳥たちはいっせいにシュンとなった。人になつきやすい鳥だが、魔女を見てやらかしてしまったのを反省しているのだろうか……。
「なにをやってるんだろうね、あいつは……」
看病のために翠たちに連れていかれたアルフォニアをため息交じりで見やって、ウルフィオナは鳥たちに向き直る。そうだった、鳥選びをしている最中だった。
「どれがいいかな……どれもかなり元気そうだったし……」
いいことを思いついた。
「類友って言葉あるくれぇだしあたしと息の合いそうな奴みつけりゃ自然と速い奴になるはず! ってそんなうまく行くわけねぇかなぁ……」
う〜ん、と長い間悩むウルフィオナ。
一方、半ばあきれながら様子を見ていたダリルは。
「……うむ。さっきからこっちにガンつけてきているこいつにしよう。怒られても反省していなさそうなふてぶてしさといい底意地悪そうな目つきと言い、こいつは大物だ。やや小柄だが肉付きも体形も素晴らしい。……借りていくぞ」
美緒に声をかけると、ダリルは選んだ一羽を連れていく。
「頑張ってくださいませ。応援しておりますわ」
美緒は笑顔で送り出して、ウルフィオナに視線を移した。どれにするのだろう、わくわく……と期待に満ちた目つきでこちらを見つめてくる。
「……」
「……」
「……くっ」
結局、美緒の視線プレッシャーに負けたわけではないが、ウルフィオナは自然と一番可愛い外見の鳥を選んでいた。目が赤く銀毛の映えた冷静そうな女の子(雌)だ。
とても相性が良さそうだった。さて、さっそく乗り回してみることにしよう……。
○
「ふぅ……焼き鳥うめぇぇ……」
大レースが行われる直前の町の喧騒を面白そうに眺めていたのは、蒼空学園からこの町に遊びに来ていた矢雷 風翔(やらい・ふしょう)であった。
みんな忙しそうに働いている。だが、働いたら負けなんだろう、きっと……。そんなことを考えながら、風翔は近くのベンチに腰掛け屋台で買ってきた焼き鳥を堪能する。さすが鳥の町だけあって、いい味出している。いやもちろん、風翔が食べているのは普通の食用鶏の肉なのだが、鳥を眺めながら鶏肉を味わうのもオツなものかもしれなかった。
そもそも……。折角、息抜きのためにレースを見に来たつもりが、八百長が行われているからと犯人捜しだなんて面倒ごとに巻き込まれるとはなんともツイてない。ここは手伝っているフリをしながらサボるのが得策だ。レースを楽しめないのは残念だが、ことが終わるまで適当にゆっくりしておくか……。
「焼き鳥うめぇ……。もう二三本いっとくかな……?」
風翔がいい具合にだらだらしていると、向こうからすごい勢いでやってくる少女の姿が見えた。
「……いけね。もう見つかったか」
彼が逃げ出すよりも先に。
「そんなところで何をやってるんですかっ!? 探しましたよ!」
見事な手際で彼を捕まえたのは、パートナーの小野寺 裕香(おのでら・ゆうか)だった。
「皆さん真剣に取り組んでいるのに、風翔さんってばグータラしてばかりで……。……って、何を食べてるんですか!?」
「いや、焼き鳥だが」
「な……、あ、あなたは何ということを……!」
裕香は驚愕の目で風翔を見つめて、一瞬よろめきそうになった。
「真人間になるどころか、怠惰のあまりこの町に住んでる鳥まで食べてしまうなんて……! どこで狩ってきたんですかっ、その鳥! 今すぐ飼い主さんにお詫びに行かないと……!」
「ば〜か、違ぇよ。そこの屋台で売ってる、ただの鶏肉の普通の焼き鳥だ。……裕香も食うか? 奢ってやるぞ」
「いりません! とにかくですねっ……」
真っ赤になった裕香が何かを言いかけた時だった。
「……しっ」
物音を聞きつけて、風翔は人差し指を唇に持っていく。向こうの建物の陰にローブ姿の男たちが入っていくのがわかった。
「……風翔さん、あれって……」
「……誰か助っ人呼んできてくれ、裕香。せっかくのお近づきだし、ちょっと挨拶してくるわ」
風翔はゆっくりと立ち上がると、そちらの物陰にそろりと近寄る。傍までやってきた彼が建物の蔭から奥を覗き込むと、数人のローブの男たちが何やら話し込んでいるのがわかった。
「……明日の第8レースでは……大金が動く……」
「……抜かりはない……すでに仕込みが完了している……」
どうやら、イケナイお話をしている連中らしかった。風翔は焼き鳥の串を手にしたまま、話に混ざってみることにした。
「……焼き鳥、食う? 続き聞かせてくれるなら、奢るよ……?」
「!」
「なんだ貴様はっ!?」
男たちはいきなり襲いかかってきた。怒りっぽい連中だ、きっとカルシウムが不足しているのだろう。
「やっぱ、焼き鳥より野菜食べたほうがいいよな……」
言いながら逃げる風翔。そこへ、もう一人の少女を連れた裕香がやってくる。
「あたしが接触するより先に話終わっちゃってるじゃない。どれだけせっかちなのよ、あんたたちって!?」
ローブ男たちにいきなり攻撃を食らわせたのは、この町にレースに参加するためにやってきていた百合園学園のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だった。
彼女は、ネアルコ最強のガッツ鳥を借りるために交渉に来ていたのだが、話し合いがいま一つ不調でどうしようかと町中をうろつきながら次の策を練っている最中に、助っ人を求めてやってきた裕香に捕まったのだ。
「なんだ、下っ端じゃないの。次はもっと大物と接触することにするわ」
ローブ男たちをあっさりと叩きのめしたミルディアは、小声で呟く。
「……ん?」
その彼女は、倒れた男たちのズボンのポケットから紙片がはみ出しているのを見つけて引っ張り出す。
「……ふ〜ん、なるほどね」
紙に書かれた文字に目を通していたミルディアは、事情を把握してにっこりと微笑む。
「テロリストたち、飼い主の弱みを握って負けるように脅していたわけね。……でもまあ、よかった、のかな……? この紙、持ち主に返したら、最強のガッツ鳥ブラックウィドゥが借りれるかも……」
あとは、計画通りの手段使ってもう一度あの人たちに会ってみようか……。一人何やら考え込みながら、ミルディアは去っていく。
「……で、どうすんの、これ?」
焼き鳥の残りを齧りながら、風翔は動かなくなったローブ男たちを眺める。
「片づけてといてくれよ、裕香。焼き鳥奢るからさ……。ああ、面倒くせぇ……焼き鳥うめぇ……」
「……」
裕香は色々と呆れながら、その場に立ち尽くしていた……。
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