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第一章 タコヤキの呼び声


「ななななんでこんなことに……」
 霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)は呆然と立ち尽くしていた。
 目の前には、どんよりとした空の下にそびえる、不気味なタコの塔。
 聞こえるのは、逃げ惑う人々の悲鳴……そしていつまでも鳴り続ける、不気味に歪んだチャイムの音。
「ぼ、僕の知ってる遊園地と違う……」
 館下 鈴蘭(たてした・すずらん)に遊園地に誘われたとき、沙霧は、妄想に近い期待に舞い上がらんばかりの心地だった。
 「鈴蘭ちゃん」「ふたりきり」「遊園地」……この三題噺は「デート」ではないだろうか。いや、そうに違いない。そうでないはずがない!
 タコヤキタワーの姿を目にしたとき、少し様子が違うような気はした。
 それでも、なけなしのプラス思考を動員して、鈴蘭との楽しいたこ焼き食べ歩きを満喫しようとしたのだ。
 それが……。
「あああああ、違う、僕の知ってる食べ歩きともちがうーーーっ」
 沙霧の悲痛な叫びは、周囲の喧噪にかき消されるように、空に散った。

「あ、狭霧くんまた転がってる」
 アミューズメントゾーンで騒ぎに遇い、いつになく決然とした表情で鈴蘭の手を引く沙霧に従ってここまで避難して来たのだが……沙霧は自らの苦悩を全身で表現するように、ゴロゴロとその場で転がり回っている。
 ……まあ、しばらく放っておいても平気かな。
 沙霧のマンガ的自己表現を割と見慣れている鈴蘭は、そう判断した。
 避難してくる客の中には、目にしてはならない冒涜的な何かを目の当たりにしてしまった為に、錯乱状態で運ばれてくる人も混じっている。あまり目立つこともないだろう。
「それより……あっちは、放っておいたら拙い気がするなぁ」
 今避難して来たばかりのアミューズメントゾーンの方を見遣って、鈴蘭は呟いた。
 他のゾーンもそうだが、かなり人出が多くにぎわっていた割には、避難して来ている人が少ない。
 鈴蘭たちはゲートの近くで「それ」に遭遇したので入れ違うように外に避難できたが、まだゾーンの中には逃げ場を失った人たちが取り残されているのではないか。
 中でも、アミューズメントゾーンでは、何かトラブルが起こっている気がした。
 何故なら。

「タコヤキカルーセルに乗ろう、タコヤキカルーセル! たこ焼きの具のタコの気分を体感できるらしいよ!」
「そんなもの、体感したくないーー」


 ここに着いたばかりのとき、入り口近くで耳にしたあの声は、今思えば、確かに災難体質の雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)のものだった。すれ違った時に見た、あの後ろ姿も。
 あれは確実に、この騒動と、この騒動がさらに拡大する前兆だったと、鈴蘭は確信していた。
「……沙霧くん、戻ろう!」
 ぴたっ、と沙霧の動きが止まった。鈴蘭を見つめている顔に「なんで?」と書いてある。
「お客さんを助けないと。……一緒に、来てくれるよね?」
 もちろん、沙霧が拒絶するはずは無かった。

 その頃、アミューズメントゾーンの一角、タコヤキカルーセル脇の事務所に逃げ込んだ雅羅は、鈴蘭の予想通りトラブルに巻き込まれていた。