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はじめてのお買い物

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 どうあってもルシアは人を不安にさせる才能があるのかもしれない。
 まず、電気店のあるフロアまでやってきたはいいが、肝心の電気店に行くにあたってまたしても迷った。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が電気店の勧誘員として声をかけなければ今もさまよっていたことだと思われる。
「こんな調子でちゃんと買い物できるのかしら?」
 そして、客を装って売り場で大きくため息をつくルカルカ・ルー(るかるか・るー)や、同じくスマートフォン用カードを買いに来た非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が、ルシアにも聞こえるような声で、
「スマートフォン用のカードって、こんなに種類があるとどれがいいのか分からないわ……」
「確かにそうですね。ああ、そういえば最近発売したばかりのものがあるといいますし、店員さんに聞いてみましょうか」
 ルシアに「分からないことは店員に聞く」という実例を示そうとする。
 しかしルシア、これを素通り。まっすぐに目的の品へと歩んでいく。さて、こうなると興味がそそられる反面、一抹の不安も憶える。ルカルカと近遠が呼んだ、店員に扮しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も見守る中、ルシアが商品を手にする。
 一般的に使われているものよりも、容量も値段も、0が一つないし二つほど多い代物だった。
 すぐさま周囲の止めの手が入った。
 ルシアの主張はこうである。
「だって、こういうのは一番容量が多いものがいいでしょう?」
 間違いではない。が、限度はある。なんといっても金銭面を全く考慮していない。
「さすがにその値段はちょっと、もう少し考えた方がいいんじゃないかな」
 ルカルカがやんわりと言う。ルシアは言われて初めて値段を見て、
「大丈夫。これなら買えるわ」
 小遣いに100万ゴルダのルシアである。考えてみれば金銭感覚も怪しいに決まっていた。
「確かに、大は小を兼ねるものですから、個人的には同意しなくもないのですが……」
 近遠が、ルシアが手にした商品を少し羨ましそうな目つきで見る。
「まぁな。理屈は分かる」
 と、ダリル。
「売りものじゃありません、とか言って買わせないようにしちゃうのが一番手っ取り早くない?」
 セレンフィリティの言葉にセレアナが、
「バカね。それじゃ何も身につかないでしょう」
「それもそうね」
「後々のためにも、ここで金銭感覚は養っておいた方がいいだろう」
「ルカも賛成。ルシアと色々話してもみたいし」
「そのあたりは店員として私たちの役目でしょうね。セレンも手伝ってもらうわよ」
 ルシアへの講釈が始まる。
 しかし、とイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が眉根を寄せる。
「この小さなカードが、この値段だと? まるで理解できんが、そんなに便利なものであろうか?」
「便利ですよ。容量が大きければ大きいほど、入れることのできるものが多くなるわけですし、多くのものが入れられればできることが増えますからね」
 イグナの疑問に答える近遠。簡潔な説明に、「ふむ、なるほど」と納得の表情を見せる。
「それでもこの容量は、現状必要な容量を超えていますわ」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が言った。
「まぁそれはその通りなんですけどね。しかし、これに関しては無用の長物ということもありませんし」
「いずれ値下がりするのは目に見えていますし、今は必要な分だけでいいと思いますわよ。例えば、これなどは若干少なくなりますが、コストパフォーマンスがよさそうに見えますわ」
 そこから専門的な言葉の応酬が始まって、一旦は納得の表情を見せたイグナが再び疑問符を浮かべる。
「なにを言っているのかまるで分からんな……。呪文のようだとは常套句だが、呪文よりも難しいのではないか。アルティアには分かるか?」
 イグナに振られ、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)もふるふると首を振った。
「アルティアもあまりよく分かってはございません。ただ、技術系の方は往々にして、数字の大きいものを求める傾向にありますから、そのあたりの妥協点の折り合いの話、なのだと思うのでございます」
「ふむ。向こうも、か?」
 ルシアの方を見やる。
「はい。なにもかもを買えるわけではないというのは、買い物の基本でございますから」
 結局、ルシアに不安にならない程度の金銭感覚を身につけさせることができたのは、小一時間後のことだった。