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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

 クレアが着席するのを見計らって、睡蓮が彼女へ問いかけた。
「そろそろよろしいでしょうか?」
 その問いかけにクレアは椅子を半回転させて睡蓮へと向き直ってから答える。
「問題ない。割り込んだ挙句、話の腰を折ったようで申し訳なかった」
「いえ。いいんですよ。それじゃ、今度は私の番ですね――」
 クレアに言いながら睡蓮はキーボードとヘッドセットを操作しながら、マイクを通して戦場で今も戦っている兵士たちに語りかけていく。
「今、クレアさんがしてくれた説明と映像はそちらにも中継されてたと思いますけど、それを踏まえた上でこれから私――水無月睡蓮が対・各タイプの作戦をオペレートしますので聞いてください」
 そう前置きしてから、睡蓮はオペレートを始めた。
「第一に対フリューゲルとドンナー。機体の出力に頼った戦闘が予想されます。エネルギー系、駆動系に影響を与える武装――各種特殊グレネード等を使用し、敵を弱体化させてください」
 キーボードの下矢印キーを押し、二機の画像データをスライドさせる睡蓮。三機目の画像が見えてきた所で、彼女は再び口を開く。
「次に対ヴルカーン。武装や地形を狙ってください。防塵対策の程にもよりますが、誘爆や粉塵によるジャムの誘発を期待できます」
 三機目を過ぎ、彼女のデスクに置かれたモニターは四機目の画像に突入しようとしていた。
「フェルゼンに関しては、廃熱機構や駆動部、ブースターノズル等が弱点になると思われます。イコン戦において無敵の装甲なんてものは存在しません、思い知らせてやりましょう」
 そして、スクロールバーが終点まで行き着き、画面が五機目の画像で止まったのに合わせて、睡蓮も口を開いた。
「最後に対ヴェレの戦術プランですが、魔法、超能力共に術者への負担が大きい技術です。無闇に攻めず、かく乱や回避に徹し、隙を窺ってください、牽制で障壁を誘発させてもいいでしょう――っと、さて突然ですが、対ヴェレにおける戦術プランに関してですが、私以上にその方面に詳しい人が到着したようなので、そちらに任せます」
 デスク上に置いた携帯電話に届いたメールを見て何かを知った様子で睡蓮はオペレーター席から立ち上がった。それと同時に空圧式自動ドアが開き、茶色のストレートセミロングの髪が目を引く若い女性と、頭に三度笠ならぬ輪切り(ヘタつき)の実が乗っているという特徴的な見た目の花妖精が対策本部へと入室してくる。
 それを見て取った睡蓮はセミロングの女性に手招きして、自分の席へと呼び寄せた。手招きに気づいて歩み寄ってきた二人を紹介するべく、睡蓮は二人の肩に手を乗せてルカルカに向き直る。
「この方も天御柱学院から来たオペ子のリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)さん。そして、こちらの股旅スタイルの方は相棒のまたたび 明日風(またたび・あすか)さんです。ジェファルコンで駆けつけてくれたそうですよ。特にフェルマータさんは超能力を利用したイコンに関しては私よりも造詣が深いので、オペ子としても分析班としても、あるいはオブザーバーとしても申し分ないかと」
 睡蓮からの紹介を受けて、リカインは今度はルカルカへと歩み寄り、明日風もそれに続く。
「あなたが司令官? リカイン・フェルマータよ。何者かはたった今、睡蓮くんが言ってくれた通り。よろしく」
 自分の前まで来て右手を差し出すリカインに対し、ルカルカも司令席から立ち上がって握手に応じる。
「本作戦の指揮官を担当するシャンバラ教導団機甲科所属ルカルカ・ルー中尉です。早速ですが、超能力を利用したイコンについてお聞かせ願えますか?」
 ルカルカの頼みに頷くと、リカインはゆっくりと話し始めた。
「天御柱にもすでにレイヴンと呼ばれる超能力発現可能な機体はあるけれど、これと同質のものなのかどうか。まずそれをはっきりさせることが重要だわ」
 そう前置きしてからリカインは更に語る。
「サロゲート・エイコーンの研究が進んでいくのに従って、従来機を凌駕する性能を持った機体が開発され始めたのは言うまでもないわね?」
 前置きを兼ねたその問いかけに、ルカルカは小さく頷く。
「ええ。私自身、現場で第二世代イコンを見ることが多くなってきたもの」
 するとリカインも小さく頷きを返す。
「第二世代機が従来機を凌駕する機体であることに何ら間違いはないわ。でもね、今ではすっかり第二世代機の陰に隠れてしまった感があるけれど、第一世代機から第二世代機への世代交代が行われる過渡期において開発された機体の事はご存じ?」
 リカインからの問いかけに対し、ルカルカは先程とは違って即座に頷くことはせず、細くしなやかな指先を顎に当てて考え込んだ後に、確かめるように言う。
「ええ。詳しくは知らないけど、確か……1.5世代機というものが開発されていたのは知ってる」
 確信が持てず、どこか煮え切らない言い方をするルカルカだったが、にも関わらずリカインは大きく頷いた。
「その通りよ。そしてその1.5世代機こそがBMI……『ブレイン・マシン・インターフェース』の技術を導入することによって機体とパイロットが同調、更には超能力の出力までも可能とした黒いイーグリット――レイヴン」
 それを聞かされ、ルカルカははっとなって口を小さく開け、無意識のうちに開いた手の平で開いた口を隠す。
「黒いイーグリット……! まさか本当に完成していたなんて……!」
 予想以上に大きな驚きを見せたルカルカを前に、逆に驚きながらもリカインは問いかけた。
「あら、ご存じだったの?」
 ややあって落ち着きを取り戻したルカルカはゆっくりと答える。
「ええ、まあ。天御柱学院が試作機を開発したって情報が出て、その機体が当時としては最先端のものだったし、何より黒いイーグリットって見た目が印象的だったから、それで覚えてたわけ。でもその後すぐ、正式に第二世代機が発表されてブルースロートやジェファルコン、そしてプラヴァーが急速に戦場を席巻し始めたから、既に組織としての興味も、個人としての興味もそちらに移った――というのが本音ね。だから、あの機体が正式に完成をみていたというのは初耳だったの」
 ルカルカの説明を頷きながら聞いていたリカインは、やがてその説明が終わるとともに苦笑した。その苦笑はどこか自嘲めいたものにも感じられる。
「完成……ね。まぁ、天御柱学院の私から言わせてもらえば、レイヴンはもっと進化する――だから、あの程度で完成とは言いたくないという気持ちもあるけど、それはそれとして、レイヴンについてある程度知っているなら話は速いわね」
 そう言って深く頷くと、リカインはオペレーター席で端末を操作していたダリルに声をかえる。
「そこの青いロングヘアーのお兄さん、ちょっといいかしら?」
 リカインからの呼びかけられ、ダリルはキーボードを叩く手を止めないまま、首だけをめぐらせて彼女を振り返った。
「何か用か?」
 今もダリルが複数のコンピュータを同時並列で操作しているのをじっと見つめながら、リカインはダリルへと頼み込む。
「多分、この教導団にもあると思うから、レイヴンの機体データを出してくれる? 勿論、天御柱学院が公称しているスペックのもので構わないわ」
「了解した」
 リカインからの頼みに二つ返事で即答し、ダリルはキーボードの上で左右の五指を軽快に走らせる。ほどなくしてルカルカの座る司令席のモニターに黒いイーグリットの画像のスペックを記載した文字列が映し出された。
「イコンの研究成果と超能力の研究成果を融合させる試みは既に行われているけど、さっきも言った通り、今回襲撃を仕掛けてきた例の機体がこれと同質のものなのかどうか。それが気になっているの。そして、おそらくは異質のものである可能性が高いわ」
 そう告げたリカインは司令席のモニターに映ったレイヴンのサンプル画像を指差しながら言う。
「レイヴンのメインウェポンは見ての通り、この格闘戦用エネルギー兵器。イーグリットが装備する通常のビームサーベルが青く発光するのに対して赤く発光しているこの武器はサイコブレード――即ち、超能力によって威力が底上げされたビームサーベルね。これからも解る通り、サイコブレードは超能力の補正こそ受けているものの、本質的にはビームサーベル……つまりは従来の武装に分類されるわ。レイヴン自体もそれは同じ、超能力というファクターで強化されてはいても、本質的にはイーグリットなのよ」
 そこで一泊置くと、リカインはダリルに頼んで今度はヴェレの映像を出してもらい、続きを語る。
「でも、この機体――ヴェレの武装はどれをとっても超能力なら超能力のみ、魔法なら魔法のみで成り立っているわ。あくまで通常兵器の補助にしか超能力を使えていなかったレイヴンに対し、このヴェレは超能力それ自体を兵器として運用可能としている。おそらく、超能力を使ってできることの幅の広さにおいてもレイヴンとは比べ物にならないでしょうね。それに加えて、魔法自体も兵器として理論化し、実用可能なレベルで設計に組み込んでいるとなると……これは単に超能力者や魔法の心得を持つパイロットを相手にしている以上の脅威よ」
「それ以上の……脅威……?」
 鸚鵡返しに聞くルカルカに、リカインははっきりと大きく頷いた。
「超能力者専用の機体になっているレイヴンとは違って……既定の手順でボタンを押せば、あるいはトリガーを引けば、たとえ超能力を使えないただの人間でも一連の攻撃方法が使えるということ――それはつまり、効率的な戦力の量産が可能になるということなのよ」
 それを聞かされて、まるで雷にでも打たれたかのようにルカルカが驚いたのを見て、彼女が事の重大さを十分に理解したのを見て取ったリカインは、ルカルカが落ち着くまでの数秒間、口を閉じて待った。そして、落ち着いたルカルカにゆっくりと告げる。
「効率的な生産ラインの確立でたとえ機体そのものは量産できたとしても、その力を十分に引き出せるパイロットまでは量産できない。でも、この機体――ヴェレは違う。生産ラインさえ確立してしまえば、後は一般兵を乗せるだけで規定ラインの力は発揮できるわ。だって、極端な話、パイロットは操作マニュアルを読むだけで良いんだもの。そこには超能力の開発や魔法の修練も必要ないのよ」
 そこまで語り終えたリカインに、ルカルカは真剣な面持ちで問いかけた。
「なら、どうすればいい? どんな些細なことでも、確証の持てないことでもいい……教えて頂戴。リカインならきっと、活路を見いだせるはず――」
 その面持ちに応えるように、リカインもとりわけ真剣な面差しでルカルカに告げる。
「取り急ぎすべきことは、不可視とされる行動を何らかの方法で視覚化……肉眼では見えなくても機械的に力場の変化を感知、映像に反映させることは出来ないか。魔法と思われる行動の前後に予兆や予備動作、隙はないかどうか。障壁が絶対でほとんど回避をしないのか、あくまでも回避前提で、かわせないときにだけ障壁を使うのか――この三点をはっきりさせることよ。少なくとも、それさえできれば、活路は見えてくるわ。その為にもまずは少しでも多くのデータを集める必要がある」
 リカインからの助言を受けて、ルカルカは司令席から立ち上がった。
「対・ヴェレ戦闘班に伝えて! 不可視の攻撃や障壁のデータを最優先で収集! 収集されたデータは即座に本部へ送信!」
 ルカルカは対策本部に控えているオペレーターたちを見渡しながら指示を飛ばす。それが済むのを待ってリカインは再びルカルカに話しかけた。
「それと、さっき睡蓮送ったメールにも書いたんだけど、オブザーバーとして優秀な人間に声をかけておいたから、もうすぐ到着すると思うわ。その子の話もきっと役に立つはずよ」
 噂をすれば何とやらだろうか。そんな話をしていたのに合わせたかのように、対策本部の出入り口で空圧式自動ドアが空気の吹き出す作動音とともに開いた。
「失礼します。天御柱学院より分析班として呼ばれましたイーリャです。こちらは助手のジヴァ、どうかよろしく」
 自動ドアから入ってきたのは二人。一人は長い黒髪に丸メガネ、黄色と青のカットソーに黒いタイトミニスカート、同じく黒のハイソックスに白のパンプス、そして白衣という典型的な女性科学者の恰好をした理知的な雰囲気の女性。もう一人は、鎧のようにもボディースーツのようにも思えるハイレグカットの衣装に、近未来的なデザインのブーツという服装の女性だ。
 入室とともにイーリャと名乗った白衣の女性を目の当たりにした途端、驚きのあまり鳩が豆鉄砲をくらったような顔になるものの、すぐにきりりとした表情に戻り、姿勢も背筋を伸ばして居住まいを正す。
「……! まさかあなた程の方が来てくださるとは! ――こんな時に何ですが、お会いできて光栄です。天御柱学院が誇るイコン工学理論の権威イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)博士」
 正した居住まいで最敬礼すると、ルカルカは握手を求めて右手を差し出す。その右手を上品な手つきで柔らかく握ると、イーリャは柔らかく優しげな微笑みを浮かべる。心なしかその微笑みは、どこか照れているようにも感じられた。
「そんな、権威に博士だなんて。でも、お褒め頂けて嬉しいです。あなたがここの指揮官さんですか?」
「は! 特別対策本部指揮官、ルカルカー・ルー中尉であります! 早速ですが、お知恵をお貸し頂きたく!」
 力の入った敬礼と自己紹介をするルカルカに対し、イーリャは終始和やかな物腰だ。一貫して腰の低い物腰のイーリャを傍目から見ていたパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)は座っているオペレーター席から彼女を指差し、隣のオペレーター席に座るエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)に問いかけた。
「ルカルカさんが緊張してるみたいですぅ。ねぇ、エイミーちゃん。あのお姉さんってそんなに偉い人なんですかぁ?」
 いつも通りののんびりぽわぽわな口調で聞かれたエイミーは、右手の平で自分の額を押さえると、呆れた様子でパティへと答えた。
「パティ、テメェ本当に知らねぇのかよ? あの丸メガネのおっとり姉ちゃん、イコン研究の分野では割と有名人だぜ。しかも、天御柱学院普通科のイコン工学理論講師もやってる才媛だぞ」
 それほどの事実を聞かされても、相変わらずパティはの返事はのんびりぽわぽわとした調子だった。それでもパティにしてみれば驚いている方なのだろう。大きく開けた口を平手で隠すような仕草をしている。
「へぇ〜あのお姉さん、そんなに偉い人だったんですかぁ。それだけ凄い人が来てくれたんですからぁ、もう百人力ですねぇ」
 のんびりしているなりに驚いたと思ったら、今度はすっかり心強くなったようだ。ともすればかなりの楽天的に見えるパティに、再び呆れたような顔をしながら、エイミーはどこか疲れたように言った。
「オレからすりゃ、この状況ですぐに安心できるてめぇの方がすげぇよ……」
 オペレーター席で二人がそんな会話を繰り広げている間にも、イーリャはルカルカに案内されて司令席付近の席に腰かけると、ルカルカにアドバイスしていく。
「それじゃ早速始めましょうか。まずはとにかく情報集めね。映像は勿論…現場で支援に当っている方に一つお願いがあります。とにかく敵機がおとしたものをなんでも回収して送ってください。塗装の破片、着弾した実弾、ミサイル……とにかく、全て」
 そう切り出したイーリャは、ルカルカはもちろん、他の面々にも聞こえるように、良く通る大きな声で語る。その様は、まるで講義のようにも感じられた。
「イコン、というか近代兵器は工業製品よ。村の刀鍛冶や家庭の台所で作られるものじゃない。既存のデータとの比較・分析を繰り返せば、必ず類似性が見えてくるわ」
 聞き終えた後、この話を前線で戦う兵士たちに伝えるべくメモを取っている通信士たちを置き去りにしないよう心がけながら、イーリャは一定のペースを守って語り続けていく。
「機体だってそう……結城来里人の乗機と似ていたということは鏖殺寺院系列機には間違いないわ。加えてあの機体特性、第二世代機としてもどれもこれも特化しすぎている……専用機か、あるいは実験機か……あの戦い方は目的達成の手段じゃなく、技術顕示目的の示威行為……テロとしか見えないわ」
 ここまで語るとイーリャは睡蓮やリカインなどの、自分と同じく天御柱学院から来た者たちを見やり、許可を取るようにアイコンタクトする。
「こちらでも学院の研究所の資料を当ってみましょう。人道的、あるいは安全性などの問題で採用されなかった、あるいは封印されたような技術、今までに鏖殺寺院の施設から押収されたレポート……そういった中に兵器のテクノロジーと関係ありそうなものはなかったかしら?」
 それらを語り終えたイーリャは言葉を締めくくった。オブザーバーとして呼ばれた彼女の『講義』が終わると、ややあって対策本部はにわかに騒がしくなる。通信士たちが一斉に各戦場へと今の言葉伝え始めたのだ。
 イーリャのすぐ近くに控えていたジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)はすっかり騒がしくなった対策本部で、唐突に浮かんだ仮説を自問するように一人呟いた。
「なかなかやるじゃない、連中。あの加速機動……無人機か、あたしみたいな強化人間がパイロットなのかしら? そういえば結城来里人とかってテロリスト……パワードスーツの技術を探して破壊工作を続けてきたのよね?」
 そこまで自問してジヴァは何かに気づいたようにはっとなる。
「……一つ思いついたんだけど。パワードスーツをGスーツ、あるいはパイロットスーツみたいに使用してイコンを操縦するって技術というか考え方……誰か心当たりとかないかしら? パワードスーツとイコン技術の融合とか……我ながら馬鹿馬鹿しいと思うけど。けど、そう考えるとイコンパイロットの来里人がパワードスーツ技術を探してた理屈が通る気がするのよね……」
 たまたまジヴァの近くで、その呟きを聞いていたリカインの相棒――明日風は彼女へと水を向けた。
「なかなか鋭い所を突いてくる嬢さんで。拙者もさっきから気になって仕方がないことがあるんでさぁ」
 話を振られてジヴァが振り返るのに合わせて、明日風はなおも話し続けた。
「拙者が気になってるのは、この刀を構えおる機体ですわ」
 明日風の思いつきにただならぬものを感じたのか、ジヴァは彼に言う。
「聞かせてくれる?」
「ええ。構いやしませんよ。案外、拙者が考えてるのとジヴァの嬢さんが考えてるのとは一緒なのかもしれませんな」
 そう前置きしてから、明日風はのんびりとした口調で語り始めた。
「人に近い動きが出来るということは嫌でもパイロットの癖が出る、反映されるということでもあるはず。逆にもし生身の人間では不可能としか思えない手足の動かし方をしたら?」
 話の途中で急に問いかけられて一瞬驚いたものの、ジヴァはすぐに冷静さと聡明さを発揮し、明日風からの問いに即答する。
「中に乗ってるのが強化人間、いや……それ以上に『強化』された、さしずめ改造人間とでも言うべきパイロットが乗ってる。それとももっと単純に、そもそも人が乗っていない――ってトコかしら」
 その答えに満足そうに頷くと、明日風は再び口を開いた。
「パイロットがいない、あるいは人間ではない可能性というものも出てきそうですな。さしずめ剣の操り人形……ソードパペットという感じでしょうか」
 二人がそんなことを話していると、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が話に入ってくる。
「その話、私も同感です」
 そう切り出すと、小次郎は二人の目を見ながら二の句を継ぐ。
「兵器の高性能化は人間が操る際に、最終的には肉体がついていけず足かせになる事が多々あります。そのため、通常通りにパイロットが搭乗して操縦しているとすれば、かなり不可解な点が多いと言えますね」
 その言葉にジヴァと明日風は即座に頷いた。まったく同感なのだろう。
「となると、最もありうるのは無人兵器のような、操縦者が期待とは別の所に居て、遠隔操作をしているケースでしょう。それならば、Gを無視した動きを多用して此方を翻弄する事も納得できますから……と言いたい所ですが、解せないことに現時点では通信波の類は観測されていないとのこと、これに関しては解せませんが更に詳しく調査するしかありませんね。あるいは、AIのような人工プログラムを積んでやる方法でも可能ではありますが、サイズ的に成り立つかどうかはちょっと疑わしいです」
 小次郎の言っていることは十分に的を射ている。ただ、彼自身も言っているように『遠隔操作の疑いが濃厚であるにも関わらず、通信派の類が一切観測されない』という異常な事態が真相の推察を一筋縄では行かなくしていた。
「そこで、遠隔操縦型なのか人工頭脳搭載型なのか等――相手がどのタイプであるかを見極めるため、パターン判別可能な攻撃を味方に仕掛けてもらうも良いのではないでしょうか?」
 二人に向けて話し続けながら、小次郎は提案する。
「遠隔操作型であるならば、操縦を伝える手段を遮れば機体の動きが一瞬でも止まるはずなので、情報攪乱でジャミングを仕掛けてみて相手の動きの変化を観察する。自動制御であれば、同じ攻撃には同じ迎撃しか出来ないと思われるので、陽動をかけて迎撃行動を観察する。と言った具合ですね。まあ、一番可能性があるのは複合型――遠隔操作で、障害が発生すると自動プログラムに切り替わる等だとは思いますけれども……」
 そこまで聞き終え、明日風は感心したように小次郎へと言う。
「これはこれは。随分と兵法に通じておられる御仁なようで」
 すると小次郎は事もなげに言った。
「どうも。敵を知り、己を知らば百戦危うからず――ですから」
 その言葉を聞き、明日風は妙に納得した様子で再び口を開いた。
「なるほど、孫子ですかい。確かに兵法の基本でありますな」
 すると二人の会話を横で聞いていたジヴァが困惑したような顔で呟く。
「ソンシ……?」
 彼女の困惑の理由を理解した明日風はすかさず説明を始めた。
「古代中国――それこそ、まだ中国という名前ではなかった頃、かの国には『孫子』と仰る大層兵法に優れた御仁がいらしたんで。さっきこの兄さんが仰った格言もその孫子って御仁の御言葉ですぜ」
 明日風のおかげで疑問が氷解したのか、困惑の色が消えた表情で一度頷くと、ジヴァは呟いた。
「孫子――ね。覚えたわ」
 一方、そこから少しばかり離れたオペレーター席。対・フリューゲル班のオペレート班ではセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は戦場から逐次送られてくるデータに目を通しながら分析作業に従事していた。
「セレンのことだから、どう分析に手を付けるかはもう目途が立ってるんでしょう?」
 隣り合ったオペレーター席の右側に座るセレアナはセレンフィリティへと問いかけた。
「ええ。ポイントは四つ。所属不明機が何かは知らないけど……化けの皮を剥いであげる」
 そう答えながらセレンフィリティはキーボードを叩きながらセレアナに説明していく。
「まず一つめは所属不明機の性能――機動力、攻撃力、防御力、武器及び電子装備などね。電子装備に関してだけは、未だ五機中一機も電子戦を仕掛けてきてないから詳細不明だけど、既に他の要素に関しては敵のスペックがある程度実測できている。それを基に私の方で敵機の性能を計算して、ある程度の技術レベルを算出してみたんだけど……いえ、止めましょ。こんな話は今すべきじゃないわ……」
 不自然にお茶を濁したセレンフィリティに不可解なものを感じながらも、セレアナは唯一無二の大切なパートナーである彼女を信じることにし、それ以上深く追及するのは止めておいた。それに、いつも不敵で勇猛なセレンフィリティがこの時ばかりは戦慄しているように見えたのだ。
「次に二つ目のポイントね。所属不明機はそれぞれ個別に動いているようだけど、所属不明機同士の連携の有無について。これに関しては連携性皆無という線が濃厚ね。敵機から通信波の類が放出された形跡は一切ない――諜報班からはそう報告が上がってきているし、それを抜きにしても敵機の作戦行動は、ただ単純に暴れまわっているだけだもの。可能性としては、教導団の施設を襲って暴れまわる……最低限それだけを決めておいて、後は各自勝手にやれ――そういう作戦である線が濃厚ね」
 先程見せた不可解な様子はもうどこにもなく、彼女は理知的なセレンフィリティに戻っていた。セレアナがそれに安堵する傍らで、セレンフィリティは説明を続けていく。
「三つ目よ。所属不明機がとる戦術とそこからパイロットの技量がどの程度のものか――この点に関しては、もう言うまでもないわね。それと、それぞれの機体やパイロットのクセについても仔細に記録してあるから後で提出するつもり」
 セレンフィリティはもうすっかり元通りだ。だが、それに安堵する一方でセレアナは密かに心配もしていた。
 ――無理をしているのではないか。たとえば、何かとんでもないものを背負い込んでしまっているのでは――そんな考えがセレアナの脳裏をよぎる。
「最後。四つ目ね。今回の教導団施設への襲撃の目的について。これだけの規模で施設を攻撃する以上、施設そのものに敵が狙う何かがあるのかもしれないけど、逆に何らかの別の目的があって、それから目を逸らすために襲撃……陽動作戦の可能性はどうか? ということね。これに関しては既に進言してあるから、教導団本部の警備も強化されているはずよ」
 最初に提示した通り、四つの重要なポイントを語り終えたセレンフィリティにセレアナは軽く拍手するような仕草とともに賞賛を贈る。
「セレンにしては随分真面目じゃない……伊達に理系女子とか名乗ってないみたいね」
 するとセレンフィリティは苦笑とも微笑ともつかない笑みを浮かべる。
 いつもはメタリックブルーのトライアングルビキニの上にロングコートだけを羽織るという刺激的な恰好のセレンフィリティだが、今日の彼女は教導団の制服を一部の乱れもなく着こなしている。加えて、いつものアチャラカな人柄は鳴りを潜め、今の彼女は普段とは打って変わって、冷静な軍人としての顔を見せていた。
 一方、相棒であるセレアナもいつもはシルバーのホルターネックタイプレオタードにロングコートを羽織っただけという、セレンフィリティに負けず劣らず刺激的な格好だが、今日は彼女も教導団の制服をしっかりと着込んでいる。
「さて、あたしたちがオペレートしてる対フリューゲル戦について、あたしなりに見出した活路を伝えないとね!」
 気合を入れるようにそう言うと、セレンフィリティはヘッドセットを直し、通信を繋ぐスイッチを入れる。
「こちら対策本部。オペレーター担当、セレンフィリティ・シャーレットよ。こちらで分析した結果……といっても、実際に敵機と戦ってるみんなはもう既に気づいていると思うけど、無人機のように思えて、実際のところ敵機には人間が乗っている可能性が高いわ。だから、無人機と違って一筋縄ではいかない相手かもしれない。でも、だからこそ付け入る隙があるの」
 先程から送られてきている膨大な映像やその他の観測データを端末に呼び出しながら、セレンフィリティはなおも続けた。
「敵機――フリューゲルの持ち味は高機動性、そして大容量のエネルギーよ。敵対者……即ち私たちの側からしてみれば、このアドバンテージははっきり言って脅威。おそらくこの機体を前に生き残った機体は無いはず――でも、逆に考えれば、そこに付け入る隙があるの。きっと、この敵機のことだから、自機がエネルギー切れやオーバーヒートを起こすまで粘られた経験は無いはず。無人機なら……単純なプログラムならそうした事態も予め入力された事態の一つとしてしか認識しない、でも、パイロットがプログラムと違って学習する生身の人間である以上、そこに『慣れ』が存在するはず。エネルギー問題が発生するよりも前に敵を殲滅できる状況――それに慣れたパイロットであれば、エネルギー問題という不慣れな事態に咄嗟に反応できず、泡を食うはず――戦場で泡を食った兵士はどうなるか……後は言わなくても解るわよね?」
 そこで息継ぎをすると、セレンフィリティは更に告げる。
「別にエネルギー問題じゃなくてもいいの。とにかく、圧倒的な高性能機に乗り慣れているゆえの油断や余裕であれば、それが何であれそこに付け入る隙があるはずよ!」
 セレンフィリティが熱弁を振るう一方、そこから少し離れた場所に設置されている、対・フェルゼン班のオペレーター席ではオペレートにあたっていたエイミーが戦場からの映像を繰り返し見ていた。その映像をエイミーの肩越しに覗き込んだルースはふと彼女に声をかける。
「こいつの戦い方、どっかで見たことあるんだよなぁ」