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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 4(終)『ありがとう、母さん』

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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 4(終)『ありがとう、母さん』

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『そして、凄絶に』

「やっぱり、みんな仲良くが一番だよ! 結、一緒にこの争いを止めに行こう!」
「うんっ。パイモンさんの所に行って話をしてくれば、戦いを止めてくれるかな……」

 堂島 結(どうじま・ゆい)プレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)が手を取って、『メイシュロット+』へと向かう。
(むむ! 事件の香り、そして魔法少女になってくれる人の香りがする!
 ボクも付いていこうっと)
 二人の後ろ姿を見、魔法少女との出会いを予感した自称 わたべえ(じしょう・わたべえ)が二人を追ってやはりメイシュロット+へと向かう――。

「そういえば、パイモンちゃんがちゃんと地上を見たのって、これが初めてじゃない?
 どうかな、地上は?」
「ああ……そうだな、綺麗だ、と思う」

 魔族の案内もあって、一足早くパイモンの元に辿り着いていた水引 立夏(みずひき・りっか)が、悩める表情のパイモンを見つめて口を開く。
「……この前はお父さんの復活目的もあったけど、魔族が地上で暮らせるようにっていうパイモンちゃん自身の想いもあったよね?
 あたしは、そんな意志を貫くあなたを、好きになった」
「…………」
 パイモンからの反応は、ない。どう答えるべきか悩んでいるようだった。立夏もしばらくの間口を閉ざし、互いの間を涼しい、というには少々冷たい風が吹き抜ける。
「……それが、今度は悩むだけ?
 『もう二度とお母さんを失いたくない』って気持ちはないの?
 言うことを聞くだけが、子供の役目じゃないよ」
 次の立夏の言葉に、パイモンの顔が振り向けられる。
「親を止めるのも子供の役目だよ? このままだと、あなたがお母さんを殺さなくても契約者に殺されるってわかってるでしょ?
 あの時と違って、今度はお母さんを助けられる距離にいるんだよ? どうして悩んでるの!」
「……俺に、母を……母さんを殺せというのか!? 君は!!」
「違う! そんなこと言ってない!
 今のあなたはあたしの知ってるパイモンちゃんじゃない! あたしの好きなパイモンちゃんじゃない!
 前のように意志を貫くパイモンちゃんに戻ってよ! そしてお母さんを殺さずに止めてあげて!」
 涙を浮かべて訴える立夏に、激昂しかけたパイモンが落ち着きを取り戻す。
「……済まなかった。私のことを思ってくれているのに、失礼な真似をした」
「ううん、あたしもごめんなさい」
 再び、二人の間に沈黙が降りる。
「……私はもう少し、おそらくやって来るであろう契約者の思いに耳を傾けてみようと思う。
 君は先にここを離れるんだ、もうすぐここは戦場になる、その前に――」
「……イヤ!!」

 パイモンの腰に、しがみつくようにして立夏が抱きつく。

「ねえ、パイモンちゃん。この戦いが終わったら、パイモンちゃん、あたし、お義母さんで一緒に暮らせないかな?」
「……な、何を言う。冗談――」
「冗談なんかじゃないよ。
 あたしは、あなたといられるなら、どこにでもいくから」
 立夏の潤む瞳が、真っ直ぐにパイモンを見つめる――。

「結、どうするの!?」
 運が良かったのか、これもまた一足先にパイモンの元へ辿り着いた結とプレシアだが、パイモンと立夏のただならぬ雰囲気にどうすればいいのと悩む。パイモンにしがみつく立夏に面識はなかったが、もしパイモンの味方をするつもりなら止めなくちゃと結は思う。もしここでの戦闘に巻き込まれでもしたら、きっと痛い目に遭ってしまう。それはたとえ知らない人でも、嫌だから。
「私に任せて、あの人を説得してみる!」
「説得って……出来るの、結!?」
「出来るか出来ないかは、やってみなくちゃ分からないよ!」
 言って、結が物陰から飛び出し、二人の下へ駆け出す。慌ててプレシアが後を追う。
「えっと、そこの人! お願い、考え直して! 今ならまだ間に合うよっ!」
「結、それなんだか違うよ!」
 思わずツッコミをプレシアが入れた所で、二人の存在に気付いたパイモンが結へ掌を向け、魔力弾を発射する。
「結ーーー!!」
 プレシアの叫びが、炸裂音に掻き消える。巻き上がった煙が晴れ、その先にはへたり込む結の姿があった。
「結! 大丈夫!?」
「う、うん……なんか、もふもふした何かが私の前に飛んできた気がしたんだけど……気のせいかな」
 プレシアの手を借りて立ち上がる結は、先程の場所にパイモンと女の子の姿がないのに気付く。
「どこかに行っちゃったみたいだね……一旦出直そう、結」
「そうだね」

「ど、どうしてこんなことに――むぎゅ」
 魔力弾の直撃を喰らってぺしゃんこになったわたべえが、最後にプレシアに踏みつけられて意識を失う。
 ……ちなみに、こんな目に遭いながらも何だかんだで地上に戻ってきたらしい。不憫ではあるが、運はいいようだ。


 ふわり、と羽をなびかせ、着地したバルバトスを迎える、二つの影。
「……いいのかしら? これから行われることは、地上の者に見せるには刺激的過ぎるわよ。私も流石に見せるわけにはいかなくて、逃げてきたもの」
「…………。彼女の言葉の真意を、確かめたかった。どこにでも行くということが、どういうことかを知らせておきたかった」
 バルバトスに答えると、パイモンはまだしがみついている立夏に向き直る。
「離れるんだ、立夏。俺はここで、決着をつけなければならない」
「……やだ! どうして!? どうしてこうしなくちゃいけないの? どうして一緒に生きられないの?」
 立夏の叫びに、バルバトスが『優しく』教える。
「それは無理ね。だってもう、わたくしは既に死んでいるのだから。
 あなたたちが、殺したのよ」
 上半身をはだけさせたバルバトスの、契約者に貫かれた部分には、妖しく明滅する物体が埋め込まれていた。
「この身体も、心さえもかりそめのもの。わたくしはバルバトスであって、バルバトスでない。名すらないただの人形よ。
 ……ここでパイモンが、ザナドゥの魔王が決着をつけない限りはね」
 どういうこと、と呟く立夏に、パイモンもやはり『優しく』教える。
「今ここで起きていること、その首謀者は目の前にいる魔神、バルバトス。その魔神を、ザナドゥの現魔王である私が誅する。こうすることでザナドゥはバルバトスという存在への決別を示し、真に地上との和平へ向けて歩き出したというメッセージを送れる。
 ……そう、彼女はここで私に殺されることで、『魔神バルバトス』として生きる」
「そっ……そんなの、おかしいよ!! メチャクチャだよ!!
 パイモンちゃんは、自分のお母さんを殺すことになるんだよ!!」
 なおも訴える立夏へ、パイモンが振り向き、口にする。
「……私は、母を死なせてしまった。それは何があったとしても、変えられぬ事実だ」
「違う! パイモンちゃんは、お母さんを死なせてなんかいない!」
 残酷な言葉を、しかし立夏は跳ね除け言葉を紡ぐ。最悪の結果を招くわけには行かないと。
「……人間は、強いな。これだけ言ってもなお、私の心に響く言葉を向けてくる。だからこそ魔族は人間に屈したのだ。そのことを悔いはしていない、むしろ嬉しくさえ思う。……だからこそ、我々は示さねばならない、魔族というものはどういうものかを」
「パイモンちゃん――」
 言いかけた立夏の口が開かれたままになる。立夏がいくら力を入れても、身体は全く言うことを聞いてくれない。
「術をかけさせてもらった。君に危害は加えない、私が責任を持って地上まで送り届けよう。
 ……代わりにそこで、ここでの一切を見届けるんだ」
 立夏に告げたパイモンが、纏っていたローブを脱ぎ、愛用の双剣を手に、たおやかな笑みを浮かべるバルバトスへ向き直る。
「……先に、行っているわ。親とはそういうものでしょう?」
「ええ、そうでしょうね」
 たん、地を蹴り、パイモンが距離を詰める。
 握った剣のそれぞれを、明滅する物体と心臓へ突き立てる――。


「強く生きなさい、パイモン」
「……ありがとう、母さん」


 頬に触れる温かな手の温もりを残して、バルバトスの身体が無数の羽となり、風に巻き上がる。まるで蒼空に羽ばたく鳥のようなそれらを見送って、パイモンは唯一残されていた『バルバトスが存在していた証』、愛用の槍を携え、その場を後にする。

「魔神バルバトス、今再び地上に牙を向かんとした者は、ここに斃れた!」

 槍を掲げ、パイモンが皆の前で宣言し、事件の幕を引く――。