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今年もアツい夏の予感

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今年もアツい夏の予感
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リアクション



その5:ネオ雅羅なんていません。


 その頃、少し離れたところにある長円形の流れるプールでは。
「ふふふ……、今日の私は一味違うわよ。いつまでも災厄続きと思わないことね!」
 蒼空学園の歩く災厄雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、デッキブラシを手にビシリと胸を張りました。濃紺で飾り気のない地味な形状の水着姿の彼女は、得意げな顔で宣言します。
「私だって学習するわ! みんな、私が水着の胸の部分だけ取れてしまうようなトラブルに巻き込まれたりするんじゃないかと想定していたでしょう。ところが残念、そんなこと有り得ません! なぜなら今日はビキニじゃないからよ!」
「雅羅さん、水着を新調したって伺ってましたけど、いわゆるスクール水着なんですのね……むしろ新鮮な感じがしますわ」
 並んでプール掃除をしていた泉 美緒(いずみ・みお)が感心した表情で見つめます。
「スクール水着といっても、蒼空学園の女子の公式水着は白いセパレーツでしょ。それじゃいつもの二の舞よ! ……というわけで、日本の本土に行って買ってきたのよ、公立の女子高生が着るような無地の濃紺スクール水着。胸には『まさら・さんだーす3』のゼッケンつきの特注品よ。これで、一安心よね!」
 その台詞を聞き届けてから(?)、美緒も対抗するように胸を張ります。集まってきたときには上に体操着を着ていましたが、今は水着姿です。
「私も、ピンクのレオタードみたいな水着を新調してきましたわ! お店の人に薦められたものですから。無地で地味ですけど、セパレーツではありませんので、上だけなくなったりすることはありません。安心です!」
「いや……、全然安心できないわよ、それ……。生地が薄いし体形がくっきりになって、かえってビキニよりヤバいことになってるんじゃないの?」
 うわぁ……やっちまったなぁ……、という表情で雅羅と美緒に突っ込んだのは、同じく蒼空学園の女子生徒布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)です。佳奈子もスクール水着姿なんですけど、こっちは蒼空学園の公式水着です。可愛い水着を新調しようかどうか迷いつつも、どうせ汚れるからと蒼学のスク水を選んだ彼女は、改めてその判断で間違っていなかったとほっとします。比べても勝負にならなかったかもしれませんから。
 何しろ、相手は黒スク水とピンクのレオタードです。本来ならスルー対象ですが雅羅や美緒が着ればインパクト抜群です。装飾水着や可愛いビキニを着てくるよりも破壊力は大きいかもしれません。
「ねえ雅羅さん、気づいてる……? みんなこっちを見てるんだけど……?」
 主に雅羅の胸の辺りを、と言いかけて佳奈子はやめました。女の子の彼女から見ても赤面してしまうくらいの身体のラインは悪い虫をひきつけるのに充分でしょう。ついでに災難も。これは何かありそうです、絶対に……。
「そうかしら。きっとみんなが見守っていくれているのね。ますます安心だわ、何も起こらないわよ」
 ご機嫌の雅羅に、佳奈子はガーンとショックを受けます。
「なんというポジティブ思考なの……こんなに油断しきった雅羅も珍しいわ」
「なるほど……黒スク水とは考えたね。それでも充分魅力的だけど……」
 話を聞いていて掃除の手を休めて微笑んだのは、プール掃除初体験のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)です。地球では名家の出身で、自宅のプールは使用人が綺麗に掃除をしてくれるほどの身分の彼なのですが、こういう体験も貴重だろうと参加したのです。昨年から放置されていたため、底に泥が溜まっており、汚れを落とすだけでも結構な重労働なのですが、それを苦にするどころかむしろエースは楽しそうにしています。
「それにしても……お嬢さん達が可愛い水着が多くて素敵だね。見ているだけで癒されるよ」
 特に下心も無く、彼は言います。もちろん女の子たちの水着を眺めていたからといって、今はやりの変態紳士だなどととんでもなく、生粋の天然紳士なのです。
「ふん……水着可愛くなくて悪かったわね」
 ぷっと膨れる雅羅にエースは、いやぁ参ったなと苦笑します。
「そんなつもりでもなく、あてつけでもないんだけどな。黒い水着もとても似合っていて可愛いよ」
「そう言うあなたも普通の男性用水着じゃない? 注目を引くために奇抜な格好している男子も多い中で、やっぱり余裕なのね」
「ははは……、雅羅はいつも突っ込みキツいな。俺はそういうの気にしていないし今ひとつピンとこないからさ。綺麗に着飾ったりするセンスを持っている人たちを純粋に尊敬するよ」
「……ところで、あなたは花屋さんでも営んでいるのですか? いつも女の子に薔薇を配っているように見受けますけど……?」
 そう聞いてきたのは、少し離れた所で愛娘と一緒に掃除をしていた白星 切札(しらほし・きりふだ)です。ショートパンツに大きめのTシャツという格好はいいとして、目に付くのはカメラを携帯してきていることです。切札は、一緒に連れ立ってきた愛娘の白星 カルテ(しらほし・かるて)の水着姿をことあるごとに写真に収めていたのですが、それはいったんおいておいて。
 エースからもらった薔薇を眺めながら面白そうな口調で切札は聞きます。
「今日も来るなり、女の子たちに薔薇の花を配ってましたけど、よくこれだけ用意できましたね。……結構高いんじゃないですか」
 はい、私たちももらいました、と手を挙げる美緒と雅羅。
「ごめんなさいね、綺麗な女性に薔薇を配るのは彼のクセなの。悪気があるわけじゃないのよ。もしかして、薔薇の花お嫌いだったかしら……?」
 クレームがついたと思ったのか丁寧にフォローを入れてきたのは、エースのパートナーのリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)でした。ワンピース水着にパレオという姿の彼女は、身に纏った雰囲気や立ち居振る舞いがお嬢様なのですが、こちらも労働を厭わず真面目にプール掃除に取り組んでいます。
「ふ〜ん……、まあもらえるものはもらっておきますけどね」
 切札は意味ありげな笑みを浮かべます。
「ママ〜、ワタシもお花欲しい……」
 切札が手の中でくるくると遊んでいる薔薇を物干しそうに見つめるカルテ。
「……おっと、これは失敬。俺としたことがこんな可愛らしいお嬢さんを見逃しているとは。……はい、どうぞ、小さなレディ……」
「せっかくですが、うちの娘には不要です」
 カルテに薔薇を差し出そうとしたエースに、切札がやんわりと割って入ります。
「知らないお兄さんに物をもらってはいけませんと、言ってあるでしょう……?」
「……でも」
「私のをあげますし、また買ってあげますから。向こうに行きましょう……」
 切札は、カルテに薔薇を手渡すとまた写真を撮り始めます。くるくると一生懸命可愛らしく掃除をするカルテの姿に他の女の子たちも微笑ましく接します。そして、向こうへ行ってしまいました。
「まあ、エースったら、見事にフラれてしまいましたわね」
 苦笑しながら眺めていたリリアは、すぐに「アッー!」と声を上げます。深い意味があったわけじゃありません。彼女が掃除をしていた泥の隙間からまだ生き残っていた虫たちが数匹這い出してきたのです。
「……失敬」
 目ざとく見つけたエースは、何もおきないうちに素早くブラシで虫を処分してしまいます。
「?」
 雅羅と美緒が振り返ったときには、何事も無かったかのように掃除が再開されているのでありました。
「ねえ……私たち雅羅から離れたほうがいいんじゃない? 避けるんじゃなくて、私たちが原因にならないためにも……」
 佳奈子のパートナーのエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は、まだ得意げな顔の雅羅をチラ見しながら耳打ちしてきます。ヴァルキリーのエレノアは、翼が生えているため蒼学の公式ビキニ水着なんですが、もはやそんなことどうでもよくなったほうな口調です。
「私たち、今この水の抜けたプールで泥かきしてるじゃない……。これ、頭からかぶってしまうとか、彼女なら有り得るかも……」
「……」
 ゴクリと佳奈子は喉を鳴らします。
 佳奈子とエレノアは、今回は地味に真面目にみんなの役に立とうと汚れ仕事を引き受け、底に溜まっていた泥をかき出していたのですが、外に運び出す作業の途中で雅羅にぶつかってしまうかもしれません。泥だらけになり、洗い落とすために水浴びを始めたら……濡れ濡れの雅羅はひときわ目を引くことになるでしょう。
「泳ぐために濡れるのと、また印象が違うわよね。……わかったわ、ちょっと離れましょう……」
 雅羅にゴメンネといいながら佳奈子とエレノアはそそくさと場所を変えます。
「あ、待って。どうして行っちゃうの……」
 雅羅は二人を引きとめようと声をかけますが、佳奈子とエレノアは心を鬼にして離れた所で作業を続けます。もちろん、雅羅に何か起こっても即座に対応できるように、態勢は整えたままですが。
「……気を使ってくれたのね、ありがとう。でも、今日の私は、災厄に巻き込まれないネオ雅羅だから」
 一見いつもどおり思い切りハブられてますが、そこは雅羅も慣れたものです。
 気を取り直した彼女は、すぐ傍でちらちらとこちらに視線を投げかけながら掃除をしていた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)に顔を向けます。
「……」
 彼女の動きに合わせてさりげなく視界に入ってくる夢悠。青空を見上げて気持ちよさそうに額の汗を拭う仕草は、実直で朴訥な労働者のようです。イルミンスール魔法学校の指定水着を着用している他は何も身に着けず、アピールするように上半身を露わにしていた彼は、やっと雅羅に気づいたように振り返ってきました。
「や、やあ……雅羅さん、どうしたの、こっちばかりじっと見て……?」
「どうしたもなにも……。さっきから私の視界をうろちょろしているのは夢悠じゃない。何か御用かしら?」
「……あっ、邪魔だったかな? だったらどくけど……」
「そうじゃないんだけど……」
 雅羅は「?」マークを浮かべたまま、反対側に視線を移します。
「……」
 さっと視線をそらせたのは、これまた雅羅の様子を見つめていた四谷 大助(しや・だいすけ)です。
 青トランクス水着に白パーカーというスタンダードな格好の彼は、災難体質の雅羅を守るため最初からそれとなく気を配っていたのですが、予想を遥かに超えた雅羅のピッチピチの水着姿に戸惑い気味です。
「どうしたの、二人ともさっきからずっと黙ったままだけど? 私の新調した水着が地味だったから落胆してる?」
 雅羅は、ん〜? と楽しそうにニンマリと笑います。
「ビキニでフリフリの可愛い水着を期待していたでしょう? ところがどっこい、これが現実なのよ! 残念でした!」
「現実の方が、想像していたよりも問題がありそうな件について」
 どこの中学から仕入れてきたんだソレ……? と言わんばかりに大助は小声で呟きます。どう贔屓目に見てもサイズがあっていません。背丈や腰周りはいいとして胸が明らかにはみ出してます。食い込みっぷりもハンパじゃありません。
「そ、その水着、雅羅さんの胸にぴったりだね……! 胸のネームゼッケンも大きく盛り上がっていて似合っているよ……」
 夢悠は、新調してきた雅羅の水着を褒めようと、満面の笑みで口を開きます。
「い、いや違った……お尻にフィットして窮屈じゃなさそうだよね、むちぷり感がたまらない……って、違〜う! オレは何を言ってるんだ……?」
 そんなことを言う夢悠ですが、雅羅は特に気にした様子も無く素直に微笑み返してくれます。
「ありがとう。私も、誰かに頼ってばっかりじゃだめだからね。出来る限りの自己防衛をしておくことにしたの。今日は何も起こらないから、心配しなくていいわよ」
「……心配だよ。そ、その……ちょっと際どすぎじゃない、かな?」
 雅羅の水着姿をみて顔を赤くしながらますます眼をそらせる大助。
「どこが……?」
「い、いや……そのむっちりさといいい切れ込み具合といい最高なんだけど、他の奴らには見せたくないって言うか。独り占めしたいっていうか……って、何を言っているんだ、オレは……?」
「え〜、……もしかして、大助ってスク水フェチってやつ? ドン引きよね……」
「……ちょ、違っ……な、何を言って……!?」
「鼻血、出てるわよ……?」
「えっ、嘘っ!?」
 思わず鼻に手を当てる大助に、雅羅はクスリと微笑みます。
「……冗談よ冗談。ちょっとからかってみただけなんだから怒らないでよ」
「……いや、怒っちゃいないけどさ」
 今日の雅羅はいつになくハイテンションだな、と大助は伺い見ます。心配は増大するばかりです。
「……」
 雅羅をまじまじと見つめたまま、また黙り込んでしまう夢悠。実のところ、彼はここで半裸になってる姿を雅羅に見せて、自分だって男だってことをアピールしたかったのですが、特に彼女からそのことについての反応は無いようでした。最近女装シーンが多かったため誤解を解くことも含めて思い切っての半裸アピールだったのですが、周りを見渡したところ、少々分が悪いのかもしれません。彼とてまだ体はガッチリやムキムキしてないけど、それなりに冒険しておりヤワな体にも見えないはずなのですが、他の男子のレベルも高く、目を引くほどの効果は期待できなかったのでしょうか。
「……」
 ちょっと落胆していた夢悠は、雅羅がそんな彼を微笑みながら見つめていたのに気づきませんでしたが。
 と……。
「はいはい、そこのキョドった二人。お掃除の邪魔だから雅羅さんから離れなさい」
 大助のパートナーのグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が、プールサイドからホースで水をまいて来ます。純白のワンピースに大きな麦藁帽子というお嬢様スタイルの彼女は、衣装が汚れやすいプールの底の掃除は大助たちに任せて、自分は高みの見物です。
「うわっ……つ、冷てっ!なにすんだよ、グリム!」
 まともに正面から水を浴びた大助が、グリムゲーテを睨み上げます。
「貴方が雅羅さんにデレデレしてるからでしょ! 視線より手を動かしなさい大助!」
「……そうなの?」
 と面白そうに大助の表情を覗き込んでくる雅羅。
「ばっ! だ、誰もデレデレなんかしてねーよ! 勝手に決め付けんな!」
「そうなの」
「い、いや違うっ……、今のは雅羅に言ったんじゃないし、べ、別にオレが雅羅にデレデレしないわけじゃないんだけどさ、その空気読めって言うか何と言うか……」
「そうなの?」
「そうなの……」
 もごもごと言い募る大助をよそに、グリムゲーテはじゃんじゃん水を撒き散らします。しぶきは派手に飛び散り、周囲にいる人たちにも降りかかります。
「びしょ濡れになるのも涼しくて気持ちが良いわよ? ね、雅羅さん!」
「……」
 頭から水を浴びた雅羅は、しばらく目を見開き硬直したようにその場に立ち尽くします。
「……あ、ごめん、雅羅さん。気を悪くしたかしら?」
 グリムゲーテはそんな雅羅の反応に少し驚いたようでしたが、そうではなかったのです。
「……よしっ、災厄は特に何もなしよ! さすが一味違うネオ雅羅ね」
 水でびしょ濡れになったものの、それ以上のことは起こらなかったのを喜んで、雅羅はぐっと拳を握り締めます。
「ま、雅羅さんっ……その水着、濡れて透けて見えそう……いやなんでも無いよっ!」
 夢悠もぐっと拳を握り締めます。
「どうしたの夢悠、かがみこんで? 気分でも悪くなった……?」
「……雅羅さんの水着姿は刺激が強くて、オレ、最低な男性アピールをしてしまいそうです」
「……?」
 首をかしげる雅羅から、夢悠は距離を取ります。これはいけません。バレンタインデー・テロのときにしでかしたパフォーマンスに匹敵する出来事が起こるかもしれません。
 ……起こりました。
「大きい、ふかふか」
「……!?」
 不意に……、帰ってきたカルテが雅羅の胸を鷲づかみにして揉み始めます。
「……あ、あの……ちょ、ちょっと……カルテちゃん……や、やめてくれないかな……」
 小さい女の子で悪意もないので怒るわけにもいかず、雅羅は困った笑顔で切札に助けを求めます。
「……」
 切札は激写中です。ママに甘えるように雅羅の胸を揉み続けるカルテ。
「……ふわふわ〜、ぼよんぼよんで気持ちいい……」
「お、お願いだから、やめて……そ、それ以上触られたら、私……」
「……」
「あんっ……ひう……っ、ら、らめぇぇっっ!?」
 ダダダダッッ! と、プールの反対側で掃除をしながら様子を見ていた白波 理沙(しらなみ・りさ)チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)白波 舞(しらなみ・まい)と言う三人組が、凄い勢いでやってきて、切札とカルテを雅羅から引き離し向こうへ連れて行きます。
「……」
 大助と夢悠はなすすべもなく、前かがみの姿勢のまま事態を見送りました。
「……オレ、何も出来なかったな」
 そんな夢悠に大助が正面を向いたまま小さく手を差し出してきました。何も言うな、全て理解している、とその目は語っています。
「……先日は、その……まあなんだ、いろいろとやらかしちまったが、出来ればわだかまりは水に流したい。プールだけに……」
「……まあいいか、お互い様ってことだよね。取り合いの喧嘩して雅羅さんに心配や迷惑をかけるのもアレだし……他にもライバル多そうだし、しばらくは共同戦線といきますか……」
 夢悠も小声で返しながら大助の手を軽く握ります。
「これくらい、どうと言うことは無いわ! もっとひどい目にあったこともあるし!」
 雅羅はすぐに復活しました。水で濡れたのをきっかけに、他の参加者たちとも水の掛け合いをして遊び始める雅羅。そんな彼女を、二人は並んで見つめながら、心の中で叫んだのでした。
「雅羅ばんざい! 水着サイコー! プールに来て、本当によかった……!」