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桜封比翼・ツバサとジュナ 第二話~これが私の交流~

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桜封比翼・ツバサとジュナ 第二話~これが私の交流~

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■温泉を守れ! VSにゅるにゅるしたモノ!
 ――輸送飛空艇での護衛戦が激化しつつある頃。現場より少し離れた所にある温泉旅館・澪都屋では万一に備えて待機中……ということになっている旅行参加者たちがそれぞれの時間を過ごしている。
 現在、澪都屋は全校交流旅行参加者たちが貸切っており、契約者たち以外の姿となると、旅館スタッフのみ。そして参加者の大部分が護衛任務に向かっている今、旅館内は静かと言えば静かであった。
「……もしかしたら、今回も何か起こるかもしれません。明倫館の生徒として、異常がないかどうか調べてみませんと」
 その静寂の中、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は露天風呂に異常がないかどうかを調べるため、入浴場へと向かっていた。さすがにいっしょに行けない場所のため、パートナーであるベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は部屋で待機してもらっていたりする。
 なぜ露天風呂に異常がないかチェックするのかというと、それはフレンディスが過去に経験した事件に原因があった。
(どうにも温泉とは縁が悪いですし……今回こそ、何事もなく済めばいいのですが)
 ……温泉絡みでは常に酷い目に遭い、いいことがほとんどなかったフレンディス。今回こそは何事もなく温泉に入れることを願いながら、脱衣所まで到着。パパパと水着にパーカーパレオ姿になると、さっそく入浴場を調べることにした。
「――内風呂の部分には異常なし。あとは……露天風呂、ですね」
 内風呂やサウナには異常はなかった。残すは温泉の花形、露天風呂のみ。いざ調べようと露天風呂周辺に足を踏み入れると――!
「っ……!?」
 フレンディスのしなやかな肢体を絡めとろうとする“何か”を、忍びならではの軽やかな動きで回避。すぐに露天風呂との距離を取ると、自身を襲った“何か”の正体を確かめる。
 ……そこにあったのは、半透明状となった温泉のお湯を触手のように伸ばす存在。温泉そのものからそのにゅるにゅるしたモノを伸ばしているため、その湯殿の中がどうなっているかは見ることができなさそうだ。
「ふっ! はっ! ほっ!!」
 これは明らかな異常事態。フレンディスはそう感じながら、襲いかかってくるにゅるにゅるしたモノを回避していく。何かあった時用のために持ち込んでいた刀で斬り捨てても、お湯で構成されているためかすぐに再生されてしまう。
(ま、まずいです。私はこんなにゅるにゅるしたモノ大嫌いだから、捕まってしまうわけには……!)
 明らかにこのにゅるにゅるしたモノは自身の確保を狙っている動きをしている。故に、これに捕まってしまったらどうなるのか――にゅるにゅるしたモノが大嫌いなフレンディスは、想像しただけで悪寒が走ってしまった。
 しかしこのまま逃げ続けているわけにもいかない。周囲は温泉ならではの熱気や湿度に包まれており、フレンディスの体力は徐々に奪われていく。ひとまず距離を取るべく、フレンディスは一足で後ろに下がろうとするが……。
「あっ……!?」
 ――足元には、誰かの忘れものである石鹸が。思い切りそれを踏んでしまい、盛大に尻餅をついてしまった。そして間髪入れず、その足首にはにゅるにゅるしたモノが絡みつく……!


「――今の声はっ!?」
 旅館内に響いた、声にならない叫び声。それに反応したベルクは、大慌てでその声――大事な存在であるフレンディスの元へと急いでいく。
 ……声のした入浴場入口には、ベルクと同じく声を聞いて集まっていたドクター・ハデス(どくたー・はです)高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)、そして旅館のスタッフたちの姿があった。
「いったいなんなの今の叫び声? 女湯のほうから聞こえてきたみたいですけど……」
 ゆかりの言葉を聞いて、すぐにベルクは自分のパートナーが温泉の様子を見にいったことを説明。その手には意思疎通を可能とするらしい《左片翼のペンダント》が握られていた。
「……一瞬だけ、意思疎通が叶ったんだがどうにも様子は芳しくなさそうだ。今ならフレン以外いないっぽいし、突入しよう」
 一刻も早くパートナーの無事を知りたいベルクの言葉に頷く契約者たち。スタッフの人たちにはその場で待機してもらうようにしてから、さっそく入浴場へと突入する!
「フレン! ……んなっ!?」
 ――そこにいたのは、両手両足をにゅるにゅるなモノに絡み取られ、身動きが取れずにいるフレンディスの姿が。にゅるにゅるし過ぎてたためか、あまりの嫌悪感にフレンディスは気絶しているようであるが、にゅるにゅるしたモノが身体のほうへと迫っており、このままだと非常にまずいことになる。
「ここは任せて!」
 いつの間にやら教導団公式水着に着替え、ベルクが本能的に動くよりも早くゆかりが、手に持つ二本の《サバイバルナイフ》の一本に『爆炎波』を伴わせ、『サイコキネシス』で操作。フレンディスの四肢を拘束するにゅるにゅるしたモノを斬り裂いていく!
「フレン!!」
 拘束が解かれ、温泉へ落下しそうになるフレンディスを、ベルクが飛び込んでキャッチ。バシャーン! と派手に着水した後、慌ててフレンディスをお姫様抱っこで抱えたままベルクが上がってきた。
「熱い、熱っ! すまん、俺はこのままフレンをこの場から離す! 後頼んだっ!!」
 水浸しになったまま、ベルクはフレンディスを抱えその場を退却。それを見届けると、残った五人はにゅるにゅるしたモノと再び対峙する。
「……襲ってこない。なんなの、あれ……?」
 静寂を取り戻す入浴場。距離を離しているためか、にゅるにゅるしたモノは湯船にその身を隠し、五人に対して捕縛を仕掛けてくる雰囲気はなかった。それでも、ゆかりは死角から襲われないよう、マリエッタと背中合わせになってにゅるにゅるしたモノからの捕縛攻撃に備えている。
「――ふーははははははっ!! そうか、そういうことか! この世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデスの『行動予測』による見立て通りならば、あのにゅるにゅるしたモノは“一定範囲内に入った者を拘束”し、ホルモンの匂いの影響によって“拘束対象は女性のみ”の可能性が高い!」
 今の状況を見て何か気づいたのか、ハデスはいつもの高笑いと口上を口にしてから(言うタイミングを見計らってたらしい)、にゅるにゅるしたモノの特性を予測していく。一定範囲外にいるために襲われないこと、ベルクがフレンディスをダイビングキャッチする時にベルクが襲われず、フレンディスのみににゅるにゅるしたモノが伸びていたことが予測に至る要因のようだ。
「そこで俺は作戦を提案する! 咲耶、アルテミスよ! 俺がにゅるにゅるしたモノの発生源を調査・特定するまでの間、あれの注意を引きつけるのだ!」
「ちょ、ちょっと兄さん! なんで私たちが囮にならなきゃならないんですか!?」
「わかりましたハデス様、オリュンポスの騎士として、女性のみを捕まえるあのにゅるにゅるしたモノを放置するわけにはいきません! 私、咲耶お姉ちゃんと一緒に囮になります!」
「えぇぇぇ!?」
 ハデスによって提案された囮作戦。咲夜は当然の反応を示すわけだが……アルテミスは持ち前の正義感を斜め上の方向に発揮し、囮を引き受ける始末だった。
「安心しろ、ピンチになったらそこにいる教導団水着の二人に助けるよう指示を出す! ――すまないが協力してもらえるか? ついでに、まだ何が起こるかわからないので周囲警戒も担当してもらえると嬉しいのだが」
「……水原 ゆかりです。こっちはパートナーのマリエッタ・シュヴァール。なんだか怪しい気がするけど協力はさせてもらいます、周囲警戒に関しては同意見ですので。……皆が戻ってくる前に片付けておかないと、せっかくの露天風呂なのにがっかりするでしょうしね」
「仕方ない、カーリーがそう言うのならあたしも手伝うわね。デスデス、ちゃんと指示のほうお願いね」
 ハデスによって着々と外堀を埋められてしまい、結局流される形で「し、仕方ないですね……わかりました、囮になります……」と、参加せざるを得なくなってしまったのだった。
 ――というわけで、その場の主導権を完全に握ったハデスの思惑通りに囮作戦が始まるのであった……。

「って、なんで裸じゃないといけないんですか!? 水着でもいいと思うんですけどっ!?」
 作戦の前準備としてハデスが囮の二人に提示した格好は裸。しかしハデスがいる手前、一糸纏わぬ姿になれるわけがないので、バスタオル一枚の姿で二人は入浴場に戻ってきていた。
「それはサーbげふんげふん、にゅるにゅるしたモノの気をより引くためだ。先ほども言ったが奴は女性ホルモンの匂いに反応して襲ってくる。ならば裸になったほうがより引くことが可能となるのだ! バスタオルまでは許可したのだから、囮としての活躍を見せるのだっ!!」
 ……さも当然のように力説し、その場の空気を支配している。これも『士気高揚』と『優れた指揮官』のなせる技なのだろうか。
「ううぅ……そそそ、それなら仕方ありません。そそ、それじゃいってきます……ううう、こっち見ないでくださいね」
「あ、私も行く! い、いいですか兄さん! 絶対にこっち見ちゃダメですからね! あと、なるべく早く原因を突き止めてください!」
 アルテミスがハデスの力説を受け、意を決してにゅるにゅるしたモノの範囲内へと進んでいく。それを見て、咲夜もハデスに色々と言ってから、観念してアルテミスの後を追っていった。
 アルテミスと咲耶がにゅるにゅるしたモノの活動範囲内に入ると、すぐににゅるにゅるしたモノは二人に水触手を伸ばして襲いかかってくる。だがそこは契約者、唯一身に纏っているバスタオルを落とさないように注意しながら回避すると、囮としてしっかりとした動きを見せていく。
 さらにそこへ、周囲警戒をしているゆかりとマリエッタが伸びる触手に対して『火術』や『遠当て』、『サイコキネシス』などを駆使してアルテミスたちに絡みつかせないように援護をしていく。これによって、囮役の二人の負担はグッと減っているようだ。
 こうして囮の二人がにゅるにゅるしたモノからうまい具合に逃げて気を引いている間、ハデスは『機晶技術』『先端テクノロジー』『博識』と、調査に使えそうなスキルをフル活用してにゅるにゅるしたモノの発生源を探っていく。
「ふむ……なるほどな。二人とも、よく聞け! 外野からでは温泉の中がどうなっているかわからん! 露天風呂の中に入り、情報を得てくるのだ!」
 ……どうやら外側からでは発生源がわからなかったようだ。だが、温泉の湯の中が怪しいと踏んだハデスはすぐに囮の二人へ更なる指令を下す。一瞬戸惑ってしまう二人だったが……この状況を好転に持っていくには仕方ないと観念し、ゆかりたちの援護を受けながら湯の中へと突入する。
「ひゃうっ!? な、なにこれぇっ!?」
「きゃ、きゃあっ! なんかにゅるにゅるしたのものが身体に巻きついて……んぅっ!?」
 しかし当然のことながら、湯の中は完全に敵のテリトリー。にゅるにゅるしたモノが遠慮なく咲耶とアルテミスの身体にぬるぬるとまとわりつき始める。肢体を調べ尽くそうとするかのように、細いタイプのが這いずっていく……。
「あれはまずいのでは……助けにいかなくていいのですか!?」
「まだだ――まだその時ではない!」
「ふぁ、あ、そんなところまで……いやぁぁ……」
「ん、んんぅぅ……!!」
 バスタオルの所々を、まるでミミズのように這い回る。何とかそれを解こうと身をよじっても、それを好むかのように締め付けが強くなり、二人の柔肌にきつく食い込む。
「ひゃ、あぅぅぅ……!」
「くぅっ……んはぁっ……!!」
「――もう我慢できないです! マリー!」
 ゆかりの判断に頷くマリエッタ。二人は急いで二人を助けようと、近接戦闘の覚悟を以て咲耶たちの元へ駆け寄ろうとするが……踏み出そうとした最初の一歩にあったのは、フレンディスを盛大に転ばせたあの石鹸があった。
「えっ、きゃあっ!?」
「わぁぁぁっ!!」
 背中と息を合わせて進もうとした矢先のハプニング。ゆかりの転倒を阻止しようとゆかりの腕を掴んだマリエッタだったが、転倒の勢いに引っ張られるようにして、二人一緒に露天風呂の湯へダイビングしていってしまった!
「や、なにこれ……水着の中に入り込んで――!」
「こ、こら……やめて、やぁぁっ!?」
 更なる獲物にも遠慮と容赦をしないにゅるにゅるしたモノ。液体である利を生かし、わずかな隙間からでもにゅるにゅるしたモノを侵入させ、ゆかりとマリエッタたちを確実に拘束していく。
 液体の性質を変化させるのか、粘質的な音まで聞こえてくる。このままではポロリの可能性、そして女性陣精神的全滅――と思われた矢先。身体を赤くさせながらもなんとかもがいて、露天風呂の中央まで進んだ咲耶がある物を発見する!
「に、兄さん……ん、くぅ……なにか、道具みたいなものが……ぁぁ……!」
「おそらくそれが発生源だ! これだけのことをできるならば、我ら悪の秘密結社オリュンポスの兵器として十分通用できる! すぐにそれを回収するのだ!」
 発生源である魔道具を見つけ、それをオリュンポスで兵器運用しようという魂胆を思わずポロリしてしまうハデス。……次の瞬間、『サイコキネシス』で操作され空中待機していた、ゆかりの《サバイバルナイフ》が勢い良く飛び、湯の中で起動している魔道具へと一直線に突き刺さった!
 ……破壊されたことで魔道具はその効力を失い、にゅるにゅるしたモノと化していた露天風呂の湯は元の姿を取り戻す。にゅるにゅるの拘束から解放された女子四人はびしょ濡れではあるが、精神的な危機から脱することができたようだ。
「な、何をするだーーーっ!? せっかくの兵器候補が……」
 魔道具を破壊されたショックを隠し切れないハデス。だが、その不幸は始まったばかりであった。
「――兄さん、こんな破廉恥な物を兵器にしようとしたんですか……?」
「ハデス様、ちょっと今回だけは咲耶お姉ちゃんの考えに同調させてもらいます……ごめんなさい」
「結局助ける指示を出しませんでしたよね……?」
「デスデス、こればっかりは許されないわよ?」
 ……いつの間にか、女子四人に囲まれているハデス。そして、囲んでいる者全員――深く静かに怒っている。
「ま、待て! 話せばわかる、な!? だからおちちついてはなs」
『問答無用!!』
 ――瞬きをする暇も与えられず、ハデスは一斉制裁を喰らって天高く吹っ飛んで星となった。ありがとうドクター・ハデス、君の勇気は忘れない――。


 ――そんな、入浴場での騒動が起こっていた最中。数ある宿泊部屋のうちの一つ……翼と樹菜が使っている部屋にとある三人が忍び込んでいた。その内の一人は、全校交流旅行に参加している鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)だった。
「レフ、ライ。あったか?」
 そして残りの二人――筋肉質な身体なヴァルキリーのレフと、やせ細ったキツネ顔のヴァルキリーであるライという、いかにも小悪党な雰囲気を持った二人組だった。
「こっちにはないっすね」
「……こっちもないな。こりゃ姐さんの言うとおり、本人が大事そうに持っていったっぽいか。とんだ無駄足だったぜ、せっかく契約者たちのほとんどが出払ってて、俺っちが女湯に設置した古王国時代謹製の魔道具でいい具合に残りの奴らを引きつけたのによ」
 バツの悪そうな表情を浮かべるライ。すぐさま、その場を離れる準備を始めていく。
 ……旅館のスタッフに紛れ込み、女湯に騒動の種となる魔道具を設置。旅館に残った者たちの目を騒動に引きつけている間に、天翔 翼の宿泊している部屋に潜入して“鍵の欠片”があるかどうかを確認。もしあった場合はすぐにそれを回収せよ――。それがレフとライに与えられた仕事であった。
「しっかしそうなると、姐さんのほうが心配になってくるっすね。確か“鍵の欠片”っての、姐さんも持ってたはずっすし」
「ああそうだ。姐さんが確保している物、天翔 翼が持っている物、そしてあの輸送飛空艇に積み込まれた物。三つの欠片があの現場に一同してるってこった。……それを全部奪う方法なんてあるのかねぇ、特に天翔 翼のは厳重な守りにあるだろうし」
「でも、それをやるのがあいつだろ?」
 ライの言葉に対し、ヒロユキは面白そうにしながらそう返す。……レフとライが旅館スタッフとして紛れ込んだ時、偶然会ったのがこのヒロユキだった。ヒロユキはレフとライが“姐さん”と呼ぶ人物と顔見知りの知り合いであり、この騒動の手伝いを申し出たのだ。そのおかげか、レフとライはここまでスムーズに行動することができ、翼たちの部屋も難なく入ることができた。
「ちげぇねぇ。どんだけ大胆なことをやるかはわからないが、姐さんだったら問題ないな。――さ、俺っちたちは姐さんのいる現場に向かうとするか、行くぞレフ」
「了解っす、ライ。ヒロユキもあの魔道具の設置をしてくれて本当に感謝っす。姐さんにもきちんと伝えておくっすよ」
「こっちも面白かったからいいってことさ。たまには顔を見せてくれ、とでも伝えてくれよ」
 騒動の手伝いをしてくれたヒロユキへお礼を述べると、二人は窓から脱出し――ヴァルキリーならではの光の翼で飛行して、輸送飛空艇のほうへといってしまった。
「――さて、と。入浴場の騒動の収拾に追われてて、みんなは犯人を捜している様子は全くなし……どうやらごまかす必要もなさそうだ。何かあればまた手伝うか……騒動はまだ続きそうな予感がするし、ちょっとした試練はまだ終われそうにないかもな」
 窓より去る二人を見送ると、ヒロユキは片手に持っていたバナナを食べ……そのまま翼たちの部屋を出ていったのであった。