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リアクション
◆その2 非リア充の鳴くころに
さて、その頃……。リア充を爆発させようと企むフリーテロリストたちは……。
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。二次元彼女と……」
「そうか、お幸せにな」
ベンチに腰掛けながら、あのモテない二人組の少年は再び始まってしまった恐るべきテロに緊張していた。
前もそうだったが、どうして思いつきで口走ったアホな計画が実現してしまうのだろう。恐るべきパラミタの世界。すでに事の推移は彼らの手から離れていた。後は、同士たちと共に見事に討ち果てるのみであった。
お祭りの行われる神社に隣接した公園には、異様な雰囲気を纏った一団が密かに集まっていた。どこから仕入れてきたのか、墨汁の詰まった巨大な容器とダンボール数箱分の半紙を運び込んでいたのは、今宵勢いに任せてパイ拓を取ってやろうと暗躍するフリーテロリストたちである。
元々……、やってきた狼たちは一部の愉快犯や確信犯を除いて、女の子たちに上手く接することが出来ないシャイな生徒たちが大半なのであった。女の子に触ってみたい、イタズラしてキャーキャー言わせてみたい。そんなダメ欲求をみたすきっかけが今夜のテロの計画なのだ。
相手を普通に誘ったり口説いたりできるのは、これも一種の才能なのである。
持つものと持たざるもの。冷酷なまでに格差が表れる厳しい競争社会に、リア充への怒りと妬みを原動力にして、成功を願うフリーテロリストたち。このチャンスを最大限まで生かそう、必ず成し遂げようと真剣な様子は見ていて涙ぐましいものがあった。
「みんな頑張って。この勇気を今後の糧にして、新たな生活へと踏み出せることになるといいわよね。……なんて、私にはどうでもいいんだけど」
準備を整え気合を入れるテロリストたちの姿を眺めながらうっそりと微笑んだのは、自称『ツァンダの歩く闘京スポーツ』、蒼空学園第十三新聞部の部長の東須 歩子(とうす ぽこ:♀)だった。
一見間抜けな名前と風貌で、頭の少し足りなさそうな甘ったるい雰囲気を醸し出す歩子は、実のところ悪知恵が働き、奇抜なスクープさえ手に入れることが出来れば後はどうなっても関係ないと言い放てる油断ならない娘なのであった。もちろんモテない非リアである。
歩子は、冬に行われたテロ計画にも首謀者の一人として深く関わっていたのだが、あの時は機転の利く人物の説得に格の違いを感じ取り、仲間を見捨ててあっさりと退却してしまった。だが今回はそうはいかない、と力を込める。必要な物資を全て用意してきたのも彼女であった。
ケータイ端末を弄りながらテロリストたちの様子を見ていた歩子は、森の奥から意気揚々と引き上げてきた三人の人影に気づき、小さく頷く。
「お疲れ様、黒い三連星。ずいぶんとご活躍のようね」
「ふふふ……、まだこんなところでウダウダやっていたのか。だからお前らはいつまでたってもモテない非リアなんだよ」
『黒い三連星』と呼ばれた三人組の一人が、手に入れたパイ拓を手に得意げな表情を見せる。それは、先ほど桃花から不意打ち気味で獲得してきた戦利品であった。
「(自称)まっしゅ、(自称)おるでが、(自称)がいあ、参上! オレたちが来たからにはリア充は滅び、パイ拓のみが残るであろう」
自己紹介と共に黒い三連星がポーズをとっている。その名にふさわしく、三人ともこんがりと日に焼けていて色黒だ。男二人に女一人という構成の彼らは、モテようと思って日焼けサロンに通いまくり、いつもカッコよく肌を焼いているのだ。
今年も初夏から各地の海や山へと遠征し、恋人を作るべくナンパに勤しんでいたところだった。こんどこそきっとモテるだろう、と固く信じて……。
「で、ここにやってきたってことは、全然ダメだったわけか……」
ベンチに腰掛けた少年の片割れが、黒い三連星を眺めてため息をつく。
「う、うるせえ! 理想の女性がいないだけだぜ……ぶつぶつ……」
「声ちっさ〜。……まあ俺なんか、高校球児ならモテるんじゃないかってことで、野球部でもないのにユニフォーム着てバット素振りしながら校内徘徊していたら、女子が近寄ってこなくなったわけだが」
「ば〜か、違ぇよ。モテるのはサッカーだろ常識的に考えて。サッカーボールでリフティングしながら、『ヘイ、彼女、一緒に球遊びしないか?』って声かけるんだよ」
「で、本当に玉蹴られてしばらく再起不能になっていたっけ、お前。何処が間違っていたんだろうな……?」
二人の少年は、いいアイデアだと思ったのに、なぜ女子たちに嫌われたのか理解できていない様子だ。
「おかしい……。肌黒い男はモテるはずだろ。身体だってジムに通ってこんなに鍛えたのによ」
三連星の一人、“(自称)まっしゅ”が鏡を取り出してうっとりと自分の姿をうっとりと見つめる。確かに、彼はルックスそのものは悪くはなかった。筋肉質のスポーツマンに見える。なのにこの全身を覆う負け組みオーラはなんなのだろうか。
「それもこれも全部リア充が悪いせいだ。奴らが俺たちの幸せまで奪っていきやがるんだ、ちくしょう」
「そうよ、こんなのおかしいわよ。褐色少女って萌えるんじゃないの? なのにどうして……。あいつらのせいよ! 色白のリア充女なんか全員くたばればいいのよ! あたしがあのスカした女たちを真っ黒に染めてやるわ」
黒こそが正義、と“(自称)おるでが”の女子生徒が墨の入った容器を手に鼻息を荒くしている。
「ぼ、ぼくは黒光りに憧れているだけなんだからね。モテようと思って焼けたわけじゃないんだから、誤解しないでよねっ!」
細身の黒い少年は“(自称)がいあ”。こちらもルックス自体は悪くないのだが、ギャル男系でいかにも弱そうだった。
予告もなくいきなり表れたこの黒い三連星、名前までつけてもらったのにザコ臭しかしないところが心配であった。
「キモいのよ、あなたたち。そのよくわからない価値観と勘違いが。まあ……面白そうだからこのお祭りでは全面的に協力するけど、普段の生活に戻ったら馴れ馴れしく話しかけてこないでね」
歩子は、彼らには興味なさそうにケータイで遊びながら辛辣に言い放つ。
「ちなみに私、今日は自己防衛のために胸にはサラシ巻いてきてあるから。やけくそになって私の拓を取ろうとしても無駄よ。欲しい人いないと思うけど念のため」
「けしかけておいて、自分だけは助かるつもりときたもんだ」
「人聞きが悪いわね。私はいつだってただの傍観者よ。やるのはあなたたち。……巨乳女のリストは用意してあるから、それを見て狩りに行ってね。大丈夫よ、救護の用意はできているから」
「お前……、その性格悪いところがなかったら、今頃こんな所にいなかっただろうにな」
「あなたに言われても、これっぽっちも悔しくないわよ。……さあ、みんな揃ったことだし、そろそろ行きましょう。わたしたちの戦場へ」
歩子は、ケータイをしまうと足元においてあった撮影機材を手に取った。せいぜいいい絵が取れるよう期待しよう、と腹黒い笑みを浮かべる。
彼女の声に、集まっていたテロリストたちもターゲットを求めて三々五々辺りへ散っていく。
「あれ、そういえば誰かのこと忘れているような気がするぞ……?」
少年は一瞬首をひねったが、まあいいかとベンチから立ち上がる。誰に命令されるわけでもなく誰に指揮されるわけでもない。彼らは一人一人が個人の意思でリア充を爆発させるのだ。首謀者の少女が現れなくても問題はなかった。
夏を締めくくる、邪悪な事件の始まりだった。
○
ところで……。
「あのおかしな連中に本格的に巻き込まれる前に、あなたとお話しすることが出来てよかったわ」
蒼空学園の布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は、そう言って微笑む。
フリーテロリストたちが集まっていた公園の反対側で、今回の騒動の首謀者のはずの少女、用宗 たいら(もちむね たいら:♀)を上手く捕まえ、じっくりと話をする機会を得たのだ。
「……」
ちゅるりとパック牛乳をすすりながら、たいらは彼女の言葉をじっと聞いていた。言い返してくる気配もなく、ただ値踏みするように佳奈子を見つめ返してくる。
そもそも……、フラれた腹いせに、今回の夏のテロにパイ拓を取ろうというアイデアを考案したのがたいらなわけで。今回のテロの中心人物であり、狼たちを率いリア充や巨乳を狩るべく活動する怒りのハンターであるなのだが、そんな風には見えなかった。
「……ああ、気にしないで。さっきから牛乳を飲んでるのは胸が大きく育つようにと願ってのことだから」
「……」
佳奈子は苦笑してたいらを見た。
テロの首謀者ということで、どんな恐ろしげな娘がでてくるのかと思いきや、意に反して黒髪ショートヘアの大人しくて真面目そうな少女だった。際立った美少女である佳奈子と比べるのは酷だが、地味で細身の整った風貌で、男子にも好かれるだろう。胸がないのは外見から明らかだが、それ以外の欠点は見つからなかった。
たいらがフラれたのは、やはりただ単に相手との相性が悪かったからだ、と佳奈子は確信する。
「噂は聞いてるわ、たいらさんのこと。これまでのいきさつ。私は偉そうに説教するつもりもないし、あなたに何をしてあげられるわけでもないけど。肝心なところを踏み外しちゃだめだと思うのよ」
佳奈子は、たいらを慰めてテロ活動の凶行に及ばないように説得したいと思っていた。告白した男の子にフラれて自暴自棄になる気持ちもわからないではない。でも、そこで思い止まってテロには加担しないでいて欲しかった。
「頑張って勇気振り絞って告白したのに、フラれちゃうのって辛いよね。でも、それはたいらさんがダメなんじゃなくて、縁がなかっただけなのよ」
「……」
「告白相手って、彼女持ちだったんだよね? たまたまその彼女が巨乳で、たまたまその彼が巨乳好きだったって話。もし、彼女放っといて、たいらさんに浮気しちゃったら、その彼、人としてどうなのって思っちゃうわ」
だから誰も悪くないのよ、と佳奈子は慰める。
そんな二人の話を聞きながら、佳奈子のパートナーのエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も優しく微笑んだ。
「そうね。恋が一度きりってことないはずなんだもの。逆に……その……胸の大きくない女の子の方が好きっていう男の子だって、少なくないはずよ。上手くいかなかったのは残念だけど、また仕切り直して……」
「……彼は、私のパートナーだったの」
ぽつりと呟くたいらに、えっ? と驚いて佳奈子とエレノアと顔を見合わせた。予想外だったが、契約者とパートナーの恋愛は珍しい話ではない。
「詳しくは省くけど……、中学校に入る前に契約を結んで、それ以降とても仲良くしてもらったわ。一緒に戦ったこともあったし、遊びに行った事もたくさんあったの。……ずっと前から好きだったわ。でも私……実は何も知らなかったのよね、彼のこと……」
「……」
佳奈子は、うわぁ……と困った表情になった。これは、薮蛇だった。結構重い恋愛話になるかもしれなかった。
「彼が、胸の大きい女の子が好きだったなんて。そして、私の知らないうちに、他の子と付き合っていたなんて……。じゃあ、私はなんだったのよ、って話よ」
たいらはパック牛乳を一気にすすり上げ空パックを握りつぶした。さっきまで穏やかだった瞳に怒りの炎をともらせて彼女は言う。
「フラれたからハイさようならってわけには行かないのよ、パートナーなんだもの。この後、どんな顔をして彼に会えばいいの? あんなこと言われたのに、全然彼のこと嫌いになれなくて、ずっと仲良くしていたいと思ってるんだもの。告白したのも、想いが溢れてきて我慢できなくなったからで後悔していないし。……もう私は、巨乳を恨むしかないのよ」
「よくわかるわ。それは、苦しいわよね。でも……なら一層のこと、パートナーの彼が悲しむようなことしない方がいいと思うんだけど……」
身につまされる話に、エレノアはドキドキしていた。心優しい彼女は、何とかしてあげたいと思うがこればかりはどうしようもない。
「胸がないのがいやなら大きくすればいいのかもしれないけど、それより自分の胸に自信を持てばいいんじゃないかな? そのままの自分を好きになってもらえるようになるのよ」
冷却期間が必要なのではないだろうか、と佳奈子は思った。仲がよくて倦怠期みたいになっているだけで、ここで諦めてしまうのはもったいない。彼の巨乳の恋人には悪いが、彼はまたたいらの元に戻ってくるかもしれない。そのためには、自信を失い消沈しているたいらを励まし、自信を取り戻してもらうのがいいだろう。巨乳よりも魅力的な“女子力”を磨くしかない。
佳奈子がそんなことを考えていると、たいらは言いたいことを吐き出したからか、表情を和らげる。
「……でも、パイ拓狩りをやめるつもりはないわ。これは、バカな私なりのけじめなんだもの。一度、惨めに落ちたほうがいい。軽蔑されても構わないのよ」
「それは、ただの自傷的行為じゃないの?」
「それに、私にフリーテロリストたちを止めたり計画を中止させたりするほどの影響力はないわよ。私は言いだしっぺなだけで、彼らは彼らで一人一人がリア充を爆発させるために動いているんだもの。誰にも支配されない、特定の宗教に染まらないから“フリー”テロリストなのよ」
たいらはちょっと面白そうに言った。
奴らは、協力はしあうが団結はしない。目的は同じだが、思想も思考も全員違う。信じる物は己のみで、他の全ての組織と手を組まない。そして何より……誰も殺さない。
「そういう意味では、面倒くさいけど、他の本格的なテロ集団と比べものにならないほど弱いわ。バラバラだし使命感を抱いているわけでもないから」
死して屍拾う者なし。自分もきっとひどい目に遭うだろう、その覚悟ならもう出来ている……、とたいらはふっきれた表情だった。
「そこまで決めてあるなら、もう止めないけど……。でも、なんならいっそのことコンテストにしてみたらどうなの?」
少し考えて、佳奈子は提案した。
「パイ拓取りをするのなら、せっかくだから自分の胸に自信のある人に自主的に取ってもらって、比べたらいいんじゃないかな?」
「そうそう……って佳奈子、パイ拓取るのに賛成してどうするのよ!?」
エレノアは頷きかけて、慌ててたしなめる。
「テロ行為を認めたわけじゃないわよ。自分で取ってもらったパイ拓をコンテストにかけて、芸術性を競うのよ。これならお祭りのおバカな遊びで終わるわ」
それでも何とかしてテロにだけは参加させたくない佳奈子は、おかしな次善作を持ち出してくる。
「たいらさんも、自分の胸のパイ拓を取って第三者に公正に評価してもらったらどう? そうしたら絶対、小さいと思ってる自分の胸に自信持てそうな気がするの。強制的にパイ拓を取ってくるよりは、自分で取ってもらってきて、色んな人のと比べた方が面白いよ」
「確かに、嫌がる子から無理やり取るんじゃなくて、自発的にコンテストに応募するって形なら、テロにはならないけど……。そんなの参加する人いるの?」
釈然としない様子のエレノア。
「まあ、どうしてもって言うなら、私も手伝うけど……」
「……」
たいらは、楽しそうに黙って話を聞いていた。
パラミタは恐ろしい。ふと口にした言葉が実現することもある。
佳奈子の提案が、この後一騒動を巻き起こすことになるのだ……。
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