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第3章

「な……なんやて、源さんが、オロチに……」
 甚五郎から話を聞いた音々は、風船屋の玄関先でへたり込んでしまった。
「し、しっかりしてください、音々さん」
 咄嗟に小さな身体を支えたリースが呼びかけるが、呆然としたまま、声も出ない。
「まだ、あきらめるのは早いですよ」
 【博識】を使った北都が、音々に語りかけた。
「蛇は、獲物を丸呑みして、何日もかけて消化するんですよ。源さんは、オロチの腹の中で、生きている……僕は、そう思います。皆が力を合わせれば、きっと、助け出せるでしょう」
「北都さんの言う通りだと思います。オロチ退治を引き受けてくださった皆さんの力と、源さんの無事を信じましょう」
 フレンディスが持ってきた水を飲んで、音々は、よろよろと立ち上がった。
「そ……そやね、倒れている場合やあらへん。ウチにも、なんかできること……あるかもしれんし……」
「伝承の情報を頼りにするなら、お酒とかも、ありかもしれないな」
 音々の健気さに感心した長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が、呟く。怪談は苦手な淳二だが、話を聞いたからには、夜の川に向かわないわけにはいかない。
「日本の神話に、オロチに、お酒を飲ませて退治する話がありましたよね」
 淳二のパートナーのミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)は、「自分ががんばるしかない」と思った。オロチ戦では、遠距離から攻撃しつつ、仲間を支援することが、マスターである淳二をサポートすることになるだろう。
「オロチの弱点は、酒だけじゃないわ、女を忘れちゃダメよ!」
 移動用の服を脱ぎ捨てたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、メタリックブルーのトライアングルビキニ姿で叫んだ。
「オロチだか蛇だか知らないけど、そんなもの、さっさとやっつけちゃうわよ!」
 恋人でパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、やれやれと肩を竦めるが、やるところまでやらなければ止まらないセレンフィリティであることは、彼女自身が一番よく知っている。
「あまり無茶しないでよ」
 釘をさしつつ、自分もメタリックレオタード姿になるしかなかった。

「うーん、被り物は、蒸し暑いのが欠点だな」
 清盛が、目玉おばけを外した頭をパタパタと煽いでいると、コホン、と咳払いが聞こえた。
「……義仲!」
 何度かデートを重ねて、仲良くなった木曽 義仲(きそ・よしなか)の姿に、清盛の頬が染まる。
「頑張っておるようだな、清盛」
「音々と風船屋には、世話になっているからな。少しでも、恩返ししたいのだ」
 今も、気まぐれな旅を続けている清盛だが、桜の一件以来、ことある事に立ち寄るこの宿は、彼女にとって、故郷のようなものになっているらしい。
「酒瓶を持っている……ということは、義仲も、オロチ退治に行くのか?」
「旅館のために努力するそなたの前で、俺がのんびりするわけにはいくまい。ティエンの気晴らしにもなるしな……何より、そなたに、蛍を見せてやりたい」
 終わりの方は、口の中での独り言になって、聞こえていなかったはずなのに、清盛は、嬉しそうに手を振って義仲を見送った。
「オロチ退治が終わったら、一緒に、蛍を見よう。約束だぞ、義仲!」
 ふたりの様子を見守っていた高柳 陣(たかやなぎ・じん)が、ため息をつく。
「ここんとこ、ティエンが落ち込んでんだろ? だから、気晴らしに来てみたんだが……」
 最近、いろいろあって、落ち込み気味なティエン・シア(てぃえん・しあ)の気分転換と、「義仲くんを清盛ちゃんに会わせてあげよう」というティエンの発案に乗って、風船屋に来てみたが……、
「物の怪旅館はともかく、物騒なのがいるんじゃなぁ」
「もう、お兄ちゃん。僕なら大丈夫だよ。それより、義仲くん」
「む? うむ……また、清盛の奴が絡んでおるようだな」
 清盛から溢れ出ている特殊な波動は、海にいても、山にいても、奇妙なものごとを呼び寄せてしまうらしいのだ。
「物の怪とは、よう考えておる。しかしながら、蛍を見られぬのは、ちとわびしい。ここは、ひとつ、オロチを退治しようではないか」
「清盛ちゃんに、見せてあげたいんだよね♪ 約束しちゃったし、頑張らなきゃね♪」
「……ティエン、おぬし、妙に喜々としておらぬか?」
「えへへ。でも、できれば、オロチさんも助けてあげたいね」
 お兄ちゃんたちが、僕に気遣ってくれてるのは、嬉しいけど、心配かけちゃダメだ。
 ティエンは、「明るく元気に行こう!」と決めた。

「あれ? 何でリコもセレちゃんも、こんな所にいるの?」
 葦原観光で、たまたま風船屋に泊まることになった小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、思わぬ場所で出会った理子とセレスティアーナに驚いていた。
 美羽と理子は、親友兼ライバル。変装などで、誤魔化されるわけがない。
「あたしたち、お忍び旅行中なのよ。のんびり過ごすつもりで来たの」
「そんなこと言わないで、せっかくだから、オロチ退治しようよ!」
 と言って、美羽は、ブレード・オブ・リコという名の刀を取り出した。2本あるこの刀の1本をリコに使ってもらい、一緒に、オロチの首を切り落とすのだ。
 美羽のパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、友達の彼方を見つけていた。
「彼方も、テティスと旅行中? 部屋はどこ?」
「ええと、その……あ、あのさ、コハクはオロチ退治に行くのか?」
 手違いで、テティスと同室になってしまった彼方が、無理矢理、話題を変える。
「美羽が張り切っているからね。後ろの方で支援するつもりなんだ。彼方も、行かないか? ロイヤルガードとして、代王を護衛しよう」
「行く! ぜひ、同行させてくれ!」
 テティスと同じ部屋にいるという緊張から逃れたい彼方は、コハクの提案に飛びついた。