リアクション
★第六話「まるで家族のように」★
さて、セレスティアーナたちが解毒薬を飲んでいる頃、冒険者の宿の入り口をくぐったものがいた。
「ほんと巨大だな。この空洞、一体なんなんだろ? 自然に出来たのか、実はニルヴァーナ文明の名残りなのか……考えると面白いな」
「それはともかく、アガルタで買い物を楽しみたいでござるな。溢れんばかりの女子力を更に磨きあげるでござるのよ!」
「あ〜はいはい、分かった分かった」
湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)とロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)だ。
「いらっしゃい」
2人に気づいて笑みを浮かべるのは店主のリネン・エルフト(りねん・えるふと)。普段は雇った従業員に店を構えているのだが、今日はセレスティアーナたちが来ると聞いて店に出てきたらしい。
そんなリネンは少女――レキと会話していたようだ。
「それで、秘密喫茶って本当にあるの?」
「あるのは本当みたいだけど、正確な位置は分からないのよねぇ」
秘密喫茶。その一言が聞こえた客の数名がびくりと身体を震わせた。
(秘密喫茶? そんなのがあるのか)
忍はそれを聞いて興味がわき、耳を傾ける。
「えーっ」
「なぜか行った人たちが口をつぐんじゃってね……あ、でもだいたいの位置なら分かるわよ」
「ほんとっ?」
アガルタの地図を取り出してリネンが説明していく。
アガルタは東西南北を貫く2本の大通りで大きく四つの区に別れている。北西からABCDと仮称がつけられており、リネンの店は北東のB区。俗称自由区と呼ばれ、建物のデザインなどに統一性がない。店も多種多様で冒険者が一番多く集まる。
「秘密喫茶があるのはC区の南……なはず。それ以上は分からないんだけど」
「ううん、ありがとう。行ってみるね」
喜び、さっそく向かおうとしたレキに佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が声をかけた。
「ちょっとよろしいですぅ?」
「うん? 何?」
「良かったら、私も一緒に行って良いですかぁ?」
迷いに迷ってたどり着いた宿屋で聞こえた話に興味が沸いたのだ。それは忍も同じ。どーせだから、と全員で探すことにした。
「人手があった方が見つけやすいだろうしな」
「買い物はどうするでござるか?」
「あ、買い物ならいいところさっき見つけたよ」
「では途中で寄り道しつつ向かいましょうかぁ」
「ええ、いってらっしゃい」
期待に胸を膨らませながら去っていった彼らを見送った、そのすぐ後。再び宿屋のドアが開いた。
「今日は千客万来ね……あら、セレスティアーナじゃない。いらっしゃい」
団体客に微笑みながら、従業員を呼ぶ。
「席は……なんとか足りそうね。ごめん、注文をお願い」
「はいっ」
リネン自身も接客のために立ち上がり、ひらりと一枚の紙が床に落ちた。美羽が拾って手渡す。
「はいっ落ちたよ」
「あ、ありがとう」
「……盗賊退治の依頼、ですか?」
その紙が見えたベアトリーチェが少し目つきを鋭くさせるが、リネンは軽く笑った。
「最近、人が増えてきたから……ならず者の数もね。
でも安心して。さっき情報が来て、どうも捕まったみたいよ」
「それは良かったです」
ほっと安堵したところで、全員の注文も終わり、飲み物がテーブルに置かれた。全員が一息ついたところで
「かんこ……視察ということだけど、どこら辺を回ったのかしら?」
「露店がたくさんあるところを通って来たぞ」
「ああ、なるほど。まだあまり回ってないのね。だったら公園の噴水は一度行ってみるのをお勧めするわ。あと芸術区……D区に楽器店併設のギャラリーもあるの。名前は『ウェヌスの風』だったかしら」
「あっそれってこれに載ってるところ?」
「そうそう。噂だけど、奥に開かずの間があるらしくてその部屋を覗いたら深遠が見れるとか」
「わぁっ、面白そう! 行こう、セレスティアーナちゃん」
「(危険そうなら止めなくては……大丈夫とは思いますが)」
街の情報について分かりやすくセレスティアーナに伝えていく。
「他は……そうね。いろいろあるけど、秘密喫茶を探すのもいいかもしれないわね」
「秘密喫茶って店の名前か? 随分変わってんなぁ」
「喫茶なのに秘密、ですか」
椅子に座りながら改めて街をどう見回るか皆で話し合い、秘密喫茶は最後に行くことにした。
それからリネンは自慢の厩舎を紹介した。そこには立派なワイルドペガサスがいた。仲間の子であるそのペガサスは乗り手を探しているとのこと。試しにセレスティアーナが挑戦してみた。
「お、おおうっ?」
どこか危うげな手つきだったが、相性は悪くないらしい。――ペガサスの方がフォローしていたが。
「良かったら使ってあげてくれないかしら?」
「名前はなんというのだ?」
「そうね……オストグランツ、とか?」
「オストグランツ……ふむ。よろしくな」
オストグランツ。そう名付けられたペガサスは、「仕方がないから世話してやる」と言わんばかりにいなないた。
* * *
運び入れたのか。そこには木や花々が植えられており、さまざまな色が咲き誇っていた。そして中央には
「わぁっ猫さんだ」
「可愛いね! いっちー、セレちゃん、みんなで写真撮ろう!」
「はやくはやくー」
突如聞こえた明るい笑い声に、
笠置 生駒(かさぎ・いこま)は作業の手を止めて顔を上げた。隣で同じく作業をしていた
ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)が「ああ」と頷く。
「どこかで見たような人がいるよ〜」
「代王、セレスティアーナじゃな。たしかハーリーがセレスティアーナが視察に来るとか言っておったな」
「あれ? そんなこと言ってたっけ〜?」
「聞いとらんかったんか」
呆れた目線に軽く笑いを返しつつ、生駒は額の汗をぬぐった。視線の先では自分が関わった噴水を見て喜ぶセレスティアーナたちの姿がある。知らず知らず、2人の頬が緩む。
そんな2人が今何しているかと言うと水道工事だ。ある程度のライフラインは整っているが、まだ完全とは言い難い。
「ああってもうこんな時間か。ジョージ、休憩するよ」
「分かった」
休憩すると言いながらセレスティアーナたちへ近付いて行く生駒に、ジョージは軽く肩をすくめながらついて行った。
「こんにちは。良かったら説明しようか?」
「わしらは一応この噴水や広場建設に関わっておるからな」
噴水には『
L’Esperanza』という名がついており、希望を意味しているだとか。周囲に植えられている植物は後々ニルヴァーナにしかない植物に変更する予定だとか、噴水の形が作られた経緯とか。
あ、なんだかようやく視察っぽい。
とか別に思ってません。
『ふぅ。ようやく落ち着けるわ』
「ふふっお疲れ様です」
セレスティアーナたちが噴水に夢中なので、土星くんはベンチに座って息を吐きだしていた。そんな彼にベアトリアーチェが微笑み返す。
『まったく。子守する身にもなれっちゅーねん』
「でも」
『ん?』
「こういう時間も悪くないと思いませんか?」
土星くんがその問いに答えるまで、少し間があった。
『まあ、な』
「あと近くに『
にゃあカフェ』があるよ」
噴水の形でもある猫の話題になったところで生駒が思い出したように言うと、せっかくなのでそこにも寄っていこうと言うことになった。
生駒たちはそんな背を見送って、再び作業に戻る。
「さ、がんばるかな」
「そうじゃな」
* * *
にゃあカフェにたどり着くと、店主である
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が笑顔で一行を出迎えた。
「せっかくだから寛いでいってよ。色々な所を観……視察して疲れたでしょ」
言いなおしながら、セレスティアーナにそっと薔薇を差し出す。
「猫達が2人の疲れを癒してくれるよ。もちろん、他の人達も御一緒にどうぞ」
「おじゃまします!」
中では5匹の猫が自由気ままに過ごしていた。三毛の『ちまき』、茶トラの『きなこ』、ハチワレの『おはぎ』とサバトラの『ごましお』、白猫金目銀目の『おもち』。性格も見た目も違う猫たちは、ちらとドアを見て、きなことおはぎが愛想を振りまけば女性陣の悲鳴が上がる。
一方で三毛のちまきはお姫様気質らしく、ぷいっと顔をそむけて毛づくろいを始めた。
「お疲れ様です。今日はどんなところを回られたんですか?」
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が優しく問いかけると、セレスティアーナや美羽、
結奈らが競うように報告をする。
「露店でたくさん食べたぞ」
「猫さんの噴水が可愛かったんだよ。あ、この子たちも可愛いけど」
「あとこれからギャラリーと秘密喫茶っていうところを探すつもりなんだ」
目をキラキラさせながらかわるがわる報告してくる様は、姿は違えど姉妹のようにも見える。そんな様子を微笑ましく見ながらエースはハーブティを入れ、エオリアはマドレーヌを準備――。
『だあああああっなんやねん!』
聞こえた悲鳴にそちらを振り返った。声を上げたのは土星くん。その原因は一目で分かる。
「土星くん、みんなにモテモテだねぇ」
「いや、エース。そんな呑気な」
ふふふっと元気よく土星くんに飛びかかっている猫たちの楽しそうな姿に笑みをこぼすエースに、駄目だこれはとエオリアが奥から玩具を持ってきて、それで猫たちの気を引きつける。
「いい子ですね。こっちですよ……ごましお?」
「おや、珍しいね」
大人しいごましおが、土星くんの頭に乗ったまま離れない。よほどその場所が気に入ったらしい。
『おい、なんとか』
「いいんじゃないか、そのままで……ぷくっ」
『おいこら小娘ども。今笑ったやろ!』
「笑ってないもん……ふふっ」
「そうそう笑ってな……ぷぷぷっ」
『だあああっ』
「にゃっ」
「あ、ごましおがうるさいって」
『おおっすまん……って、なんでや!』
カフェではしばらく笑いが途切れることはなかった。