リアクション
* * * そんなこんなであらかた見終わったセレスティアーナたちは、ハーリーが用意してくれた宿に向かっていた。今日回ったところの感想を言いあいながら――ほとんどのものが一部の記憶を失くしていたが――、和やかに歩いていた。 「姫さん!」 一番傍にいた和希がセレスティアーナを抱えて、転がった。暗黒の凍気が地面に突きささる。 「…………」 声もなくそこに現れたのは、仮面をつけた異形――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。無言ではあったが、にちりにちりと肉がうごめく音が不気味に響く。 「セレスティアーナ様や土星くん、下がってください」 陽一が伸ばされた手――と思われる部分をクリムゾン・アームズで受け止め、はじきながら声を上げた。イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がセレスティアーナの手を引く。触手が2人へ向かおうとするのを和希が翻るスカートも気にせずに、蹴り飛ばす。 「行け、姫さん!」 「しししかし」 「わたくしは戦いは……あまり得意ではありませんの。一緒に邪魔にならないように下がりますの」 「わわっわかった」 『…………』 3人が後ろへ下がる。 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が庇護者と護国の聖域をセレスティアーナに使った。少しでも彼女が傷つかないようにと願いを込めて。 そして目を閉じ、愛する人の顔を思い浮かべる。 「シャンバラ女王を守るために授けられた『守護の刀』、アイシャちゃん、セレスティアーナ様を守る力を貸して!」 再び目を開いた時、その緑の目には守り抜くと言う強い意志が宿っていた。『武器の聖化』をした守護の刀を、詩穂はエッツェルにつきいれる! 一瞬、エッツェルの顔がゆがむ。聖属性に弱いようだ。 「はーっはっはっ! 吾輩達が来たからにはもう大丈夫なのだ!」 高笑いを上げたのは木之本 瑠璃(きのもと・るり)。 「いや確かに、代王様のピンチに黙ってる訳にはいかないけどさ、あの人は流石に危険過ぎるでしょう……って、勝手に行くなって」 そんな瑠璃を追いかけているのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)。無謀すぎると瑠璃を止めようとしているが、そう簡単に止まるようなパートナーではない。 「いくのだー」 「……ああっもう!」 放っておくわけにもいかないと、エッツェルへ飛びかかっていった瑠璃を追いかける。 「すちゃらか防衛隊の出番うさ〜」 呑気なのか真剣なのか分からない声をあげているのはウサ耳付きのティー・ティー(てぃー・てぃー)。そんなティーに苦笑しつつ、源 鉄心(みなもと・てっしん)が息を吐きだす。 「狙いは代王……セレスティアーナ嬢か? ほとんど食べる所なさそうだが……いや、そういう問題じゃないか」 ちらとセレスティアーナを見ながら呟き、自分で否定しながら強固な氷の壁を作りだしてセレスティアーナたちを脅威から保護する。 エッツェルはというと、そんな周囲の動きに気を取られることなく、ただセレスティアーナ――女王との契約者、その身に宿す力を求めて『手』を伸ばす。 そこには自我も理性もなく、まさかくただの化け物。和希と陽一がその身を傷つけ血を流させたが浅く、痛みにのたうちまわる様子などない。 「やはり痛覚は鈍いようですね」 「硬ぇし、ったく、つくづく厄介だな」 龍の鱗のような表皮に攻撃が弾かれる。 頬についた傷をぬぐう陽一を見て、イコナが皆の傷をいやす。陽一は軽く礼を言ってから、再び攻撃に向かう。 鉄心はセレスティアーナたちへ「遠くへ」と言おうしたが、セレスティアーナたちが動けばエッツェルも動く。ここは街中だ。一般人が巻き込まれないとは言い切れない。 (下手に動き回るわけにもいかない、か。しかし近すぎても戦いづらいな) 「セレスティアーナ様たちはもう少し下がって!(たしか彼に物理的な攻撃は効果が薄いはずだったな)」 周囲へ声をかけながら、重力波でエッツェルの足止めをする。 「あわわ、わわ」 『……ほら、行くで』 パニックに陥りかけているセレスティアーナを、土星くんが引きつれてさらに下がらせる。 「セレスティアーナ様には近づけさせません」 「(能力はやはり相手の方が上……)でも負けるわけには!」 能力自体はエッツェルの方が上であり、今も詩穂から受けた攻撃の傷をすぐに癒し、無数に生えた触手で反撃してくる。しかしそこに理性はない。 「(能力はやはり相手の方が上……)でも負けるわけには!」 詩穂の背後から迫っていた触手を切り落とし、陽一は周囲の動きとあわせて動く。 「ぬぅ、強いのだ」 「だから待てって言ったんだ」 「流石にこのままでは状況が芳しくないのだ。と、言うわけでなぶら殿、アレなのだアレ」 「アレ?」 「開発中の合体必殺技を使ってみるのだ!」 「て、アレか!? いや駄目でしょ、未完成だし流石に危険過ぎるでしょうっ? てかお前絶対試してみたいだけだろ!」 瑠璃の言葉になぶらが大きく反応し、その大声にエッツェルの触手が向かった。 「ぐぅっ……まぁ、確かに一理あるけども」 その触手を受けとめながら、なぶらはこのままではただのジリ貧だということも分かっていた。 「大丈夫、絶対うまく行くのだ!」 元気に頷くのは自信があるからか、恐れを知らぬだけか。 「ちょっとこの場を任せるのだ」 他の仲間へと告げた瑠璃がなぶらの乗り物に乗りこみ、2人はエッツェルの頭上高くへと飛び上がる。 「行くぞ」 なぶらが瑠璃を掴んで垂直に落下。バーストダッシュでさらに加速。勢いづいたところでなぶらをシャトルのごとく切り離し、さらに風を起こして後押し。瑠璃は自らを翼と闘気で包み、あとはただ――標的へ落下するのみ。 「みんな、退避してくれ」 なぶらの声に、今まで足止めしてくれていた仲間たちが後ろへと跳ぶ。気づいたエッツェルが目からの体液噴射を放とうとするが、 「必殺! 鳳凰落とし、なのだ!」 それよりも早く、凄まじい速度で瑠璃がエッツェルに突きささる――そう。それは、まさしく突き刺さるという表現が正しいだろう。 「……ぐ、おおお」 肉が大きく削られ、エッツェルが初めて声を上げた。しかしそれは苦痛からと言うより、邪魔をされている苛立ちのようで 「瑠璃!」 「う……」 強烈な一撃は、使用者である瑠璃にも影響を及ぼしていた。がくりつ膝をついたままの瑠璃にエッツェルの触手が 「させません、ウサ! ボーさん! レガートさん」 最前線で戦う恐怖を必死に抑えながらティーがエッツェルへと向かう。まだ瑠璃となぶらが与えた傷は完全に回復していない。 「必ず、守って見せる!」 斬っても斬っても回復し、至近距離以外の魔法ははじかれ、硬い表皮に銃弾投擲のたぐいも効かないエッツェルに、詩穂は何度も挑み続ける。諦めの文字はない。守るために、刀を振るう。石化した仲間がいればすぐに石化を解く。 エッツェルの身体からは始終死の風が噴き出し、みなの心身を狂わせようとしてくる。 「サラダは、わたくしを守りながら、鉄心も手伝うのですわ! ティーは、お茶でうさぎだから……きっと食べられてさようならですわ! って、サラダを食べちゃ駄目ですのー」 後方から、イコナが半泣きになって何かを叫びながら必死にみんなを癒す。 驚異的な回復速度を見せるエッツェルだが、先ほどの瑠璃となぶらの一撃。詩穂をはじめとした聖攻撃が、徐々にエッツェルを追いこんでいく。 (大分弱まったか。今なら) 鉄心が目にもとまらぬ速さで肉薄し、何かをエッツェルに突き刺す。それは注射器。中に入っているのは人間部分の細胞を活性化させる液体だ。 「お願いだから、目を覚ましてください」 ティーの声と共に、金色の粒子が舞い、エッツェルを包み込む。それは生命力溢れる自然の風。風がその傷をいやし……いや。 触手がちぎれ、肉が裂ける。回復の術で起こった真逆の効果。それがエッツェルを追い詰めた。 逃亡を図るエッツェル。その行動を予測していた詩穂が立ちはだかって、動きを止めようとその身を刻む。エッツェルが足を止めた。 倒したか? そう思われた瞬間。 「(地面の振動? まさか)……セレスティアーナ様!」 陽一が振り返ると、地面から触手が伸びてセレスティアーナへ向かっていた。駆け抜けて一本の触手を切り落とすが、セレスティアーナへと向けられたのは一本だけでなかった。 氷の壁にぶち当たり何本もの触手がそこで止まるが、一本が突き破った! 「あ、ああ」 セレスティアーナはそれを見ることしかできない。最も近くにいたイコナがなんとか手を伸ばすが間に合わない! 『小娘!』 触手がその小さな体を貫こうとする直前、土星くんが彼女の身体を押した。一本の触手が右肩に赤い線を引き、もう一本が土星くんの一部を削り取った。 攻撃が失敗したエッツェルは、ぎこちない動きをしながら逃亡していった。 「セレスティアーナ様! 土星くん!」 みんな、傷つき痛む身体を動かして2人に駆け寄る。セレスティアーナはかすり傷。土星くんの方は少々深いが、命に別条はなさそうだ。 『まったく……腑抜け。しっかりせぇっちゅうねん。……ま、今回はしゃあないから守ったったけど』 ふよふよと再び宙を浮きながらそんな憎まれ口を叩く姿を見て、セレスティアーナもいつもの元気を取り戻した。 「行くぞ!」 先頭切って歩いて行く。陽一が苦笑して、土星くんに肩を差し出した。 「どうぞ」 本当は飛んでいるのも辛い土星くんは、 『……ふん』 そっぽを向きつつ、遠慮なく肩に乗った。そして周囲を見渡す。互いに、肩を貸し合いながら歩いている姿を見つめる。 みながみな、協力しながら戦っていた様子を思い浮かべる。 そうか。 ふと土星くんは思った。 一人で背負わなくていいのか、と。 |
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