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悪魔の鏡

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リアクション

 騒ぎは、金(偽)が存在していた時よりも大きくなっていた。
 本物であるからには、ニセモノよりもカッコよくなければならない。騒ぎの渦中に放り込まれた全員がまとめてスタイリッシュに連行されていく中、香ローザと武装警官たちは休むまもなく次の事件を追いかける。
「こいつはヤバいぜ。俺まで捕まっちまう……!」
 蒼空学園から空京に遊びに来ていた猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)もまた、自分のニセモノを追っていた。と、同時に背後からは怒った女の子たちと警官隊が執拗に追いかけてくる。
 痴漢、らしい。悪いやつがいるもんだ、と勇平は走りながらも一人頷く。
「全く……、羨ましい事をしやがって! 俺だってやりたくてもできないことを、いとも簡単にやりやがって! あと、パンツとかパンツとかパンツとか……!」
「何をわけのわからないことを言っておるのだ。……どうやら、ニセモノがうろつきまわっているらしいが、そいつの仕業であろうな」
 どういうわけか、パートナーの魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)も、勇平とともに追われていた。
 街中でところかまわずスキルを撃ちまくる連続魔術乱射犯がいるらしい。悪いやつがいるもんだ、と『複韻魔書』は、走りながらも頷く。
 痴漢常習犯の勇平と連続魔術乱射犯の『複韻魔書』の二人合わせて変態コンビ。街中ではすでに有名になっているのだが、二人の身に覚えはなかった。
「そなた、本当に無実の冤罪であろうな……?」
 彼女は、勇平をじと目で見つめた。ドッペルゲンガーを追って調査をしているのだが、素行が勇平とあまり変わらない。もちろん、彼女も人ごとではない。
 遥か前を走るニセモノを発見したはいいが、なかなか捕まえられないのだ。自分と同じ能力、足の速さも同じなので追いつかない。
「今日に限っては俺は無罪だ。こんなことで留置所に放り込まれたら堪らねえぞ」
 勇平は答える。空京の警察はとても優秀で勇敢らしい。すでに何人もがニセモノ騒動で御用になっている。檻の中で彼らと再会したくなかった。
 と……。
 ドン!
「きゃっ!?」
 勇平は、向こうの角から飛び出してきた小さな女の子とぶつかって、転んだ。勢いあまって、上にのしかかり押し倒す姿勢になる。
「……」
 押し倒されたままじっと見つめてくる女の子。
「ふむ、やはりそなた、冤罪ではなく真犯人であったということか」
『複韻魔書』が勇平をシメるためにスキルを放つ。
「わー、待て待てって! だからこれは不可抗力で!」
「言い訳は、あの世で閻魔にするがいい」
『複韻魔書』がさらに止めを刺そうとしたときだった。
「そのままでいいのよ! そいつ押さえていて!」
 女の子が走ってきたそのさらに向こうから、もう一人そっくりの小さな女の子が駆け寄ってくる。彼女は、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)だった。
「そいつ、ボクのニセモノなのよっ!」
 スキル【ディテクトイビル】でニセモノ探し出したものの、逃げられたので追いかけてきたのだ。
「……!」
「うわっ!?」
 勇平は驚いて飛びのいた。アルミナのニセモノが至近距離からスキルを撃ってきたのだ。一瞬の隙を突いて、ニセモノは逃げ出した。当たり構わず魔法を連発し始める。
「お前のニセモノと同じだな」
「全く、他人事ではない」
 うんうんと頷く二人に、アルミナが頼んでくる。
「追うの手伝って!」
「散々だ」
 背後からはまだ痴漢被害の女の子たちと警官隊も追ってくる。勇平はまた走り出さざるを得なかった。
 待ち行く人たちは、大慌てで彼らを避けながら何事かと見つめる。もう弁解できないくらいの大騒ぎが広がっていた。
 ニセモノたちは、行方も手段も選ばなかった。
 民家を横切り商店をぶち壊しにし交差点の車の間を走りぬけ歩いているお婆さんを突き倒しただひたすら前進する。
「キャー!」
 悲鳴が上がった。彼らは地元の中学校に突入していた。女子更衣室を横切り、下着を撒き散らしながら走り去る。濡れ衣を着せられた怒りの勇平の進路を止めるものなどないのだ。
「あ、せっちゃん! 助けてー」
 泣きながら追いかけていたアルミナは、マスターの辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の姿を見つけて、抱きつく。
「しばらく見んうちにえらいことになっておるのぅ……」
 一人で帰路についていた刹那は、アルミナのニセモノが巻き起こしている事件を目の当たりにして唖然とする。これは、放っておいたらますます被害は拡大する。
「あれか……」
 刹那はアルミナのニセモノに【毒虫の群れ】のスキルを使った。動きを封じようとする。
「こっちにもきたー!」
 勇平は全体攻撃のスキルに巻き込まれる。敵と認識されているのだろうか……。もはや何から逃げて何を追っているのかもわからない。
「キャー!」
 悲鳴が上がった。ニセモノを追ったまま銭湯に突入したのだ。女湯を横切った勇平はにやりと笑った。徐々にではあるが、ニセモノとの差が詰まってきているのだ。もう少し、あと少しで捕まえることができる。
「そこまでよ!」
 一足先に『複韻魔書』が自分のニセモノに追いついていた。相手を仕留めるために飛びかかる。ニセモノは抵抗して魔法を放った。もうその手はくわないと『複韻魔書』は反撃する。二人は壁をぶち壊し男湯へと転がり込んだ。
「!」
 全裸のマッチョばかりが唖然と見守る中、『複韻魔書』とニセモノは頭から石鹸水を被り泡だらけになりながら、くんずほぐれつ湯船へと沈んでいく。ぶくぶくぶく……。
 ややあって。
「……ふっ、捕まえたぞ。ざまあ見るがいい」
 首尾よくニセモノを確保した『複韻魔書』が全身ぬれねずみでお湯の中から出てくる。
 さて……、と辺りを見回して。
「……」
 我に返った『複韻魔書』はその場で硬直する。全裸のマッチョたちが、彼女らをじっと見つめていた。
「や……、こ、これは……」
 彼女は引きつった笑みを浮かべて後ずさる。
「貴様か! 男湯覗きの痴女というのは!」
 警官たちが追いついてきた。『複韻魔書』はたちまちにして取り囲まれ取り押さえられてしまった。
「な、ち、違う! 冤罪だ!」
 彼女の無実の叫びも空しく、ドッペルゲンガーと二人で連行されていった。
「……無茶しやがって……」
 勇平は涙をぬぐう。彼女の死は無駄にはしない。絶対にニセモノを捕まえるのだ。
「よし、追いついたぜ!」
 ニセモノは大通り沿いの店に逃げ込んだ。ガシャガシャと陳列棚を倒し勇平の追っ手を巻こうと抵抗してきた。勇平は渾身の力を振り絞ってドッペルゲンガーに飛び掛る。相手は激しく反撃してきた。店内はめちゃくちゃだ。
「大人しくしろ!」
 激しい格闘。勇平はスキルを駆使してドッペルゲンガーの動きを封じた。強引に押さえつけ確保する。
「終わったぜ、このニセモノが手間かけさせやがって」
「……」
 全員が、彼を注視していた。騒ぎを収めた勇敢な少年を称えていた……からではない。
 勇平とドッペルゲンガーが戦ったこの店は、女性下着の専門店で。
 勇平は戦闘の勢いで頭からパンツを被っていたからだ。腰にもポケットにも、パンツやブラジャーが挟まってはみ出ている。そうとは気づかず、勇平は勝ち誇った顔で店を出てきた。
「……」
 店はすでに警官隊に取り囲まれていて。勇平が出てくるなり、全員で殺到してきた。
「この変態が!」
 被害の女の子たちも勇平に襲い掛かってきた。
「ま、待ってくれ! 俺は何もしていない! 町を騒がす変態を捕まえたじゃないか」
「町を騒がす変態はお前らだ」
 勇平の弁解も空しく、ドッペルゲンガーもろともボコボコにされ、程なく警官に連行されていった。頭にパンツを被ったまま……。


「ああはなりたくないもんじゃのぅ……」
 警官隊にしょっ引かれていった勇平と『複韻魔書』を半眼で見送った刹那は、アルミナのニセモノに攻撃を仕掛けた。【毒虫の群れ】のスキルを抵抗するものの、そちらに気を取られているらしい。その間にアルミナも気を取り直し体勢を整える。
「シャー!」
 ニセモノは、すぐさま反撃してきた。【火術】、【氷術】、【サンダーブラスト】……、アルミナと同じスキルを連発し、翻弄しようとする。
「わわわ……!」
 自分のお株を取られてアルミナは慌てた。お返しとばかりに同じスキルを放つと、敵は避けずにくらいながら間合いを詰めてきた。
 ヒュッ! と刹那が何本もの暗器を投擲してドッペルゲンガーの動きを遮る。
「……?」
 刺客に入った刹那をニセモノは見失い、戸惑った。
「【しびれ粉】」
 刹那のスキルがニセモノの動きを封じていた。
「わらわは、官憲に捕らわれるような真似はせぬ」
 刹那は、アルミナのニセモノを慎重に確保すると、アルミナはほっとした表情になる。まだ居残っていた警官に身柄を引き渡し、後の処分は任せたと連行されていくニセモノを確認した。
「全く、くだらない真似をしてくれたものよのぅ……」
 不快感をあらわにする刹那。騒ぎは大きくなりすぎた。
 さて、原因を作ったバビッチ・佐野とやらから迷惑料でももらってくるか……。