蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

悪魔の鏡

リアクション公開中!

悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

リアクション

 それはさておき、一方では……。

「う〜む、アスカが男性に乱暴を働いている夢を見てしまった……」
 空京の街中にあるアスカのアトリエ兼住居では、パートナーのホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が、心地よい昼寝から目を覚ましたところであった。
 やはり、寝る時には魔鎧の姿が一番落ち着く……。そんなことを考えながら、ホープは室内を見回す。
 厨房では、同じくアスカのパートナーにして、ホープの双子兄であるルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が夕食の仕込みをしているらしい。調理の音と仕込み中の料理の香りがほんのりと漂ってくる。
「……」
 兄のルーツは、弟のホープが魔鎧として転生し同居していることを知らないし、過去の罪からまだ出会うわけには行かない。ルーツがいる間はここでじっとしていよう。
「さて……、ネットオークションの続きでもやるかな」
 ホープは端末の前に座ると、日課のオークションサイトを訪問する。
 遊びではない。採算度外視で絵画作品を量産し続けるアスカのおかげで、このアトリエ兼住居は完成作品で一杯だ。整理のためにも、何点か捌いて生活費の足しにでも出来ればとの考えだろう。
「あのちみっ子め、作品作るなら限度を考えろっての。売るこっちの身にもなってほしいね」
 ブツブツ言いながらも、要らなくなった作品を展示していく。ふと、奇妙な出品物を見つけてホープは手を止めた。
「ん、何だこれ? 『悪魔の鏡』……。なになに……“どんなものでもコピーできる魔法の鏡”だって……? そんなものあるわけねーっての。イタズラ出品だろ……って、入札者すでにいるし……。一千万G……!? 何やってんだ、こいつら」
 まあ、オークションサイトではよくあることだ。変な連中に関わることもない。ホープが慣れた手つきで処理を行っていると、玄関で人が帰ってくる音が聞こえた。
「ただいま〜」
「帰ってきたな、ちみっこいのが」
 ホープは、扉を少し開けて隙間から様子を覗き見た。思ったとおり、ふらりとどこかへ出かけていたアスカが戻ってきたようだ。
「おかえり。帰りが少し遅いので、電話しようと思っていたところであった」
 ルーツが厨房から出迎えた。
「……ところで、今日の夕飯何にするのだ? おでんなら、今から汁を煮込んでおけばいい具合に出来上がるのでお勧めである」
 怪訝な表情のルーツに、アスカは意味ありげな笑みを浮かべる。
「ねえ、懐中時計どこ? 見てみたいな〜、是非見てみたいな〜」
「我の懐中時計であるか? ……いやまあ、構わないが。そこの机の上に置いてあるから、ついでに調整もしておいてくれると助かる」
「ありがとう〜」
「ところで、その手に持っているのは何だ? また新しいキャンバスでも買ってきたのか?」
 ルーツは、アスカが後ろ手に抱えている大判の包みを見て聞いた。
「うふふ……。秘密〜」
 アスカは機嫌良さそうに答えると、目的の懐中時計を探しに足を運ぶ。
「怪しい……。まあ、いいか。……ついでに部屋に戻るのなら例の魔鎧君に好きなおでんの具を聞いてきてくれ」
 ルーツの呼びかけに、アスカはは〜いと返事して奥へと姿を消す。
「……」
 じっと見ていると、程なくアスカはホープのいる部屋へとやってきた。急いでネットに戻り、何事もなかったかのように作業を続ける。
「やほーい、元気ぃ? 元気なら返事しる!」
「……ああ、アスカ帰ってきたのか」
 扉を開けて入り込んできたアスカが抱えていた鏡を見て、ホープは面倒くさそうな口調で言った。
「……って何その物体。鏡みたいだけどアスカの作った者じゃないだろそれ。すっげえ、趣味悪い額縁だな」
「ああ、これ……? バービーから貰ったのよー」
「誰だよ、バービーって。知らないおじさんから物をもらっちゃいけません、って言われてるだろ」
「そんなことよりさ、いいもの見せてあげよっか」
「ったく、なんだよ忙しいのに。何だか知らないけど、見せてくれるなら早く見せてよ」
「じゃん!」
 アスカは得意げに、隠し持っていた懐中時計をホープの前に差し出す。一つは、さっきルーツから借りたもの、そしてもう一つは彼女が手に入れてきた悪魔の鏡で作り出したもの。
 あの後……、彼女はバビッチ・佐野から悪魔の鏡のスペアをぶんどって……もとい、頂戴してきたのだ。それもこれも、ホープに素敵なプレゼントをするため。ルーツの懐中時計をうらやましがっていた彼に、もう一つ同じものをあげたかったのだ。
「……え!? なにこれ時計が二つ? ちょっとびっくりした」
「あげるわー」
「くれるのか? ふん……せっかくだから貰っとく」
 面倒そうに受け取ったホープは、その懐中時計のコピーを確かめて複雑な表情で沈黙した。
「どうしたの〜?」
「……」
 彼は、半眼でアスカに時計を見せる。
「……」
 時計を覗き込んだ彼女も黙り込んだ。コピーを作り出したときは不思議現象に見とれていたのと、早く渡したい気持ちでよく確認していなかったのだが。
 時計は……。文字が全て反転していたのだ。これは、ダメかもしれない……。
「世界に一つしかない貴重な時計だな」
「あ、あううう。せっかくいいアイデアだと思ったのに……」
「まあ、気持ちだけは受け取っておいてやるぜ。ちょっと宝箱にしまい込むけど、全然大事とかそんなんじゃないから。面白そうだから、持っておいてやるだけだから」
「……もういいもん。おでんで餌付けするもん。私が作るんじゃないけど……、おでんの具は何がいい?」
「餌付け……? 何だそりゃ。……ま、まあおでんの具なら卵かな……」
「もう鏡も要らないもん。ポイちょしてくるね」
 すっかり徒労だったアスカはしょぼーんとしながら、悪魔の鏡を捨てるため部屋を出て行く。
「不燃ゴミはしっかり分別しろよ。……それから、アスカ。……その、まあなんだ……。ありがとうな……」
「何か言った?」
「いや、なんでもないさ」
 嬉しそうな照れくさそうな笑顔で、ホープはアスカを見送る。
「しかしまあ……気のせいだよな……」
 ホープはオークションサイトの表示されたディスプレイを振り返った。あの鏡、オークションで一千万Gの値がついていた出品物にそっくりだったが……。
 そんなものにもはや価値はない。彼はアスカにもっと大切なものをもらったのだから。



「噂どおり、本当に捨ててありました……」
 アスカが裏口から捨て去った悪魔の鏡を拾い上げたのは、あの御神楽環菜の血を引く少女、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だった。
 その気になれば、こんな鏡などなくとも何でも手に入る少女。彼女には、必死になって鏡を手に入れてまで欲しいものなどなかった。
 にもかかわらず、噂を聞きつけてこの町にやってきたのは、鏡を有効利用できるのではないか、と考えていたからだ。正しく活用すれば世のため人のために役立つ素晴らしい秘宝になるはずだ。
 そのためには、まず現物を入手して性能を検分しなければならない。鏡を確保するために【トレジャーセンス】や【未来予知】などのスキルを駆使して探し、こうして巡り合ったのだ。元所有者が放棄した以上もらって行っても問題はない。
 舞花は、悪魔の鏡を慎重にしまい込むと、すぐさまその場を立ち去り、空京の喧騒の中へと姿を消した。
 さて……。 
 こちらはひとまず置いておいて、シーンを変えよう……。




「結局、ヒラニプラに残っていて正解だったってわけかよ……」
 教導団の本拠地で、夏侯 淵(かこう・えん)は電話交換室の受話器を片手に呆れたように答えた。
 団長はしばらく一人きりになりたかったらしく、執務室からは追い出されてしまったが、それでも淵は連絡役としてこの地に止まっていたのだ。
「本物たちもまとめて町の治安部隊にしょっ引かれたってどういうことだよ!? ……はあ? 釈放のための手続きを取ってくれだと? 勘弁してくれよ、おい。何のために憲兵隊がそちらに赴いたんだよ? 仕事しろよ……、え、交通整理してる? なんだそれ……?」
 淵は迷惑そうな口調で答える。鏡の捜査に協力するのはやぶさかではないが、騒動の尻拭いまでさせられるつもりはなかった。
 電話の相手は、空京で活動している李 梅琳(り・めいりん)だった。騒動の主をまとめてしょっ引いたものの、本物が混ざっていたので報告してきたのだった。彼女は、空京の町で教導団の政治的圧力や職権を濫用したくないらしく、慎重な口調で手回しを依頼してくる。
「泣く子も黙る天下の教導団憲兵隊がそんなへっぴり腰じゃ、いい笑いものだぜ。いいから、町の警察署長を呼び出して、強引に話つけてこいよ」
 ルカルカもダリルもすでにヒラニプラを発った。そろそろ空京についた頃だろうか……。一人で処理するとなるといささか気が重い。ただの連絡係で十分なのだ。
「……あのな、梅琳。仕事の不満について俺に文句を言ったって仕方がないだろう? 団長は、極力秘密裏な事件解決を望んでいるんだ。表立って権力を振るうわけにはいかねえんだよ。……憲兵隊も同じだって? ……わかったよ仕方がねえな。ルカに連絡とって保釈金くらいは払わせる。あいつ、すげえ金持ちだからな……。後はこちらに任せて大人しく……。……えっ!?」
「私が代わろう」
 不意に横合いから受話器を取り上げられ、淵は驚いた。いつの間にこの電話交換室に現れたのだろうか、金団長がすぐ傍に立っていたのだ。
「……い、いつの間に?」
 淵は引きつり笑いを浮かべた。音もなくやってくるとは、おちおち内緒話も出来はしない。
「執務室までその声が聞こえてきたのでな。様子を見に来たまでだ」
「……地獄耳」
「何か言ったか?」
 鋭峰は淵をぎろりと睨んだ。イイエ、ナニゴトモゴザイマセン、と淵は笑みを浮かべながら後ずさりする。それをじっと見つめてから、鋭峰は電話口に告げた。
「任務ご苦労。話は聞かせてもらった」
「……やっぱり全部聞いていたのかよ」
 淵は離れたところで突っ込む。受話器の向こうでは梅琳が空京での状況報告の詳細を伝えているのがわかった。それに頷く鋭峰。
「計画に変更はなしだ。確保された人員の件も、こちらで穏便に手を打とう。君はそのまま引き続き、交通整理を続けてながら任務を遂行してくれたまえ。……ん、今、何か不満を言ったか? ……そうか、異論がないならいいが」
 鋭峰は、事件現場の責任者に労うように言うと、静かに受話器を置いた。冷厳な無表情を保ったまま、ほっと一息をついて言う。
「本日も何事もなし」
「言い放ったよ。……やっぱすげえよ、この人……」
 ふと……、淵は思った。
 表情豊かな団長は、いったいどんなだろう……。