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二章

 大衆浴場『油屋』
 浴場の方は男女混浴となっているが、脱衣所は男女別々に設けられている。
 そんな男だらけの脱衣所で変熊 仮面(へんくま・かめん)は全裸に薔薇学のマントだけといういつもの格好で仁王立ちしていた。
「ふむ……普段は薔薇風呂だが、大衆浴場も悪くはないな」
 悪くないとは言っているが変熊は一向に浴場に向かう様子がない。脱衣所に入ってきた男性客を見つけては自分の股間を見せつけるようなポーズをとっては相手をイラッとさせるような行為に勤しんでいる。
「……む」
 獲物がまだいないかと視線を送っていると、坊主頭でクマ髭を蓄えて眠りこけている太ったおじいさんが変熊の視界に飛び込んだ。その姿は雅羅たちが探している布袋そのものなのだが、変熊がそんなことを知っているわけもなく布袋に近づいていく。
「おじいさん、こんなところで寝ていては風邪を引きますよ?」
 そう言いながら変熊は笠地蔵のお話のように自分のマントと目だけが隠れる真っ赤な仮面をつけた。
「これでよし……ん?」
 変熊は何の気なしに布袋が腰に巻いていたタオルから覗くものを見て、
「なん……だと……?」
 思わず絶句した。
「いやいやいや……きっと何かの見間違いだ。手で確認すれば……」
 そう言って変熊はなんの躊躇もなく布袋の股間に手を伸ばして、その場で膝をつく。
「負けた……完敗だ。くそ! こんな立派なものを隠すなんて! その控えめな態度が人を傷つけるんだぞ! こんなもの外しなさい!」
 叫びながら変熊は布袋が腰に巻いていたタオルを奪い取り、泣きながら脱衣所を逃げ出した。
「……むぅ」
 寒さや五月蠅さで布袋も目を覚ますが、意識はハッキリと覚醒して寝ぼけたまま立ち上がった。
「サウナにでも入るかのぅ……」
 そのまま自分の身の異変に気づかぬまま、布袋は浴場の中にあるサウナへと足を運んだ


「全く、初詣に行くだけでなんで銭湯にまで入るのかしら?」
 脱衣所で服を脱ぎながらセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に問いかける。
「ほら、身を清めてから行った方が良いでしょ? それにその神社って七福神の布袋? って人が今の時期はいるらしいよ? じゃ、あたしは先に行ってるから」
 タオルで前を隠しならセレンはセレアナを置いて、先に入ってしまう。
「セレアナと一緒にお風呂も入りたいけど、一人でサウナにも入ってみたかったんだよね〜」
 楽しそうに鼻歌を歌いながら、セレンはサウナの扉を開けて中に入り、
「う……」
 思わずうめき声を上げる。
 中には一人だけ先客がいた。真っ赤なマントを羽織り、真っ赤な仮面で目元を隠しているのに堂々と股間が丸だしなクマ髭の変態がいたのだ。
「おお、これは可愛いお嬢さんだ。こんなじじいと一緒で恐縮じゃが、ゆっくりしていきなさい」
 自分の身につけているものを理解していない布袋が気さくに声を掛けると、
「ぎゃあああああああああああ! へ、変態だあああああああああああああああああ!」
「げほっ!?」
 悲鳴をあげたセレンはサイコキネシスで布袋を吹っ飛ばした!
 背中を壁に叩きつけられて、布袋は気を失ってしまう。
「セレン!? なにがあったの!?」
 声を聞きつけたセレアナがサウナに飛び込んできた。
「へ、変態が……変態が……」
 セレンが指差した方向をセレアナは見つめる。
「セレン……これが、その布袋様じゃないかしら?」
 セレアナは衝撃で仮面が外れた布袋を指差し、セレンは事態が飲み込めないのか布袋とセレアナの顔を交互に何度も見た。

 ***

 こちらも布袋のことなど知らずに油屋を訪れていたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)たちは座敷で食事をとっていた。
「いいところですねここは。近くに宿もとれたし、お風呂屋さんにはお座敷もあるから、セリーナさんも食べやすいし」
 その言葉を聞いてセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「お気遣い痛み入るわ。ありがとうねリースちゃん」
「ねえねえ、リースお姉ちゃん! あそこでおじいさんが寝てるよ!」
 ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)が指差した方角をリースは見つめる。
 座敷の隣のテーブルには寝ている布袋を心配そうに見つめているセレンとセレアナの姿があった。
「んん? ねえリース。あの人どこかで見たことないかな?」
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)に言われてリースは何かを思いだそうと首を捻った。
「ああ! あの人、布袋さんじゃないかな? あれ……? でも布袋さんは三が日は神社にずっといるって話しだったような……ちょっと話を聞いてみましょうか」
 そう言ってリースはセレン達に近づき、セレンもリース達に気がついた。
「あの……ひょっとしてその人、布袋さんじゃないですか……?」
 リースの問いにセレアナが頷いた。
「そうなんだ、実はここにいるセレンがサイコキネシスで……」
「さ、サウナで寝てて危なかったからここに運んできてあげたの!」
 セレンはセレアナの口を塞ぐと、情報を改ざんした。
「……まあ、なんでもいいけど、とりあえず起こしてあげないと私たちも初詣にいけないから困ってるの」
 そう言いながらセレアナは子供をあやすように布袋の身体を揺らすが、一向に起きる気配は無い。
「うう……あんなことさえなかったら、もっと思いっきり起こしたかったけど流石に申し訳ないよね……」
 セレンはその姿を見ながら苦笑いを浮かべる。
「とにかく、布袋さんを起こさないとまずいですよね。布袋さん! 起きてください!」
 リースはセレンより一層激しく布袋を揺さぶるが、頬やお腹の肉が揺れるだけで全く起きる気配が無い。
「ダメだよリース、そんなんじゃ起きないよ。こういう太ったおじさんは食べ物で釣らないとね」
 そう言っているマーガレットは風術を使った。
 座敷に優しい風が流れ、厨房からの料理の匂いを運びそこにいる全員の鼻をくすぐった。
「な、なんだか、こっちがお腹空いてきちゃうね……」
「うう……全然起きないね……」
 マーガレットはアテが外れてガックリと肩を落とした。
「次はラグエルの番だよ!」
 ラグエルは飛び込むように布袋のお腹に跨がると、その場でジャンプしてお腹を何度もお尻で押しつぶした。
「布袋おじいちゃん! 起きてー!」
 何度も起きてと叫びながらラグエルは何度も布袋の腹の上で飛び跳ねる。だが、そんなことをされても布袋はビクともしない。
「ん〜……布袋おじいちゃん、すっごく気持ちよさそうなの……なんだか、ラグエルも眠く……」
「こらこら、そんなところで寝ないの!」
 うとうとして布袋の腹の上で眠りそうなラグエルをマーガレットを抱き起こした。
 その様子を静観していたセリーナは携帯電話を取り出した。
「確か、雅羅ちゃんも布袋ちゃんの神社に行くって言ってたから、何か解決方法を知ってるかも……」
 そう言って、セリーナは電話をかけるとワンコールで雅羅が出てきた。
「あ、雅羅ちゃん? 今、雅羅ちゃんが行った神社の神様が……」
『油屋に居るんでしょ? 今、そっちに向かってるから布袋様を見張ってて!』
 そう言うなり、電話が切れると、
「お待たせ!」
 あっと言う間に雅羅が走って現れた。
「思ったより早かったわね?」
「ここにいるのは知ってたからね……さあ、布袋様を起こそうか?」
「でも、みんなで起こしたけど全然起きなかったの。雅羅ちゃんには策があるのかしら?」
「神主様曰く、結構な刺激を与えないと起きないらしいから……ちょっと可哀想だけどやるしかないわね」
 雅羅はため息をつきながら、テーブルに置いてあったお冷やを手にすると──そのまま布袋の鼻に流し込んだ。
「……ぶふぉ!?」
 さすがの布袋もこれには驚いて目を開けて飛び起きた。
「おはようございます、布袋様」
「お……? おお、夢か……なんだか溺れる夢を見てしまったわい。すっかり目が醒めてしまった」
「布袋様は今日が一月の二日なのは知っていますか?」
「二日……? おお! こりゃいかん! すっかり眠りこけてしまった、あの神社にいかんと!」
 布袋は思いだしたのか、口調こそ慌てているがゆっくりと起き上がった。
「それじゃあ、行きましょう。みんなもお参りに来るわよね?」
 雅羅に言われてセレンとリースたちは頷いた。
「もちろん、そのためにお風呂で綺麗になりに来たんだから」
「ええ、私たちも折角なのでご一緒させていただきます」
 そう言ってコントラクターたちは油屋を出て、神社へと向かった。
「お嬢さん、どこかでお会いしなかったかのぅ……?」
 布袋はセレンを不思議そうな顔で見つめていたが、
「間違いなく気のせいです」
 セレンはしばらく布袋と顔を合わせなかった。