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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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第九幕


「おおっと、そうはさせねえぜ?」
 大石 鍬次郎の「大和守安定・真打」が、健吾の刀とぶつかり合った。
「貴様は!!」
「元気だったかい?」
 鍬次郎はにやりと嗤う。助太刀しようとした卓兵衛を、アキラは慌てて羽交い絞めにした。気に食わない男だが、むざむざ殺させるわけにはいかない。
 次いで、周囲の客を非難させようとした。――が、客はこれも芝居の一環だと思ったらしく、動こうとしない。仕方がないので「芝居の邪魔だから、離れてくれ!」と頼んだら、渋々、少し距離を取ってくれた。
「そこだ!」
 何かが、客の一人を捕えた。その少女は、隣の連れを咄嗟に突き飛ばしたが、見えない何か――「不可視の封斬糸」――によって、絡め取られてしまった。更に、糸に流された【雷術】により、その少女は気を失う。
「くそ、千夏を逃がしたか!」
 天井の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が舌打ちした。斎藤 ハツネの拘束を解くわけにはいかない、千夏は仲間に任せるかと思った瞬間、目の前に河上 利秋の顔があった。右手は柄にかけられている。
「くそっ!!」
【疾風突き】が、今の今まで唯斗がいた天井を直撃する。落ちてくる破片は、場内を見回っていたグラキエス・エンドロアとゴルガイス・アラバンディットが細かく砕いた。間に合わないと判断したベルテハイト・ブルートシュタインは、「薔薇のショール」を客の頭から被せた。薔薇の花びらとベルテハイトの美しい横顔に、その女性客はうっとりとなる。
 唯斗は体を捻り、着地するや【百獣拳】の構えを取った。利秋が天井を蹴り、一直線に落ちてくる。放たれた拳と【歴戦の必殺術】が交差し、双方共に吹き飛んだ。
 その間にリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が千夏の腕を取り、舞台へ押し上げた。タイミング良く、照明が戻り、舞台全体が照らされる。
 中央にいたのは、立花 十内と千夏、二人のみだった。
「これを!!」
 舞台のすぐ下にいた丹羽 匡壱が脇差を放り投げる。千夏はそれをはしっと受け取った。
 しかし、いきなり舞台に立たされた千夏は、どうしたらいいか分からず、立ち尽くすのみだ。走りながら、プラチナムが「本気で斬りかかりなさい」と言ったことは覚えている。
「必ず助けるから。信じて」
 リーズもそう囁いた。
 誰を信じて良いのか、千夏にはもはや分からない。己を攫った者たちも、添い遂げさせてやると言っていた。親切なのか、ただ利用しているだけなのか。
 それすらも判断がつかぬ状況で、今、目の前に十内がいる。
「千夏さん……」
 ――ああっ。
 何年も聞いていなかった、聞きたかった声で己が名を呼ばれ、千夏の目の前がぐにゃりと歪んだ。
「千夏さん、私は貴女を――不幸にするつもりなどなかった。ただ、貴女が幸せであればよいと、それだけを願っていたのです。貴女に討たれるなら――本望です」
 過去四日の芝居を見ている者なら、それが「六郎」の今際の際のセリフだと気づいたろう。
「どうか、お幸せに……」
 十内がゆっくりと頷いた。
 千夏は脇差を鞘から抜き、捨てた。からん、と軽い音が場内に響いた。
 鞘を両手で強く握り、床を蹴る。周囲の音が消えた。千夏に見えるのは、十内ただ一人――。
 その時だった。背景として置かれている壁が、ぐらりと倒れてきた。
 いや、それは壁のフリをしていたぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)だった。十内と千夏が身を竦ませる。そして舞台袖から、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がアクセルギアを全開にし、十内へと体当たりを食らわせた。
 ずしん、と地響きを立て、ぬりかべ お父さんは倒れた。直後に、千夏の悲鳴が上がる。
 唯斗も健吾も、ハッと振り返った。
 その隙を、利秋は見逃さなかった。唯斗の陰に隠れていたハツネの「不可視の封斬糸」を斬り払う。
「しまった!」
 大きな音を立て、恭也の機晶戦車が砲身をハツネへ向けるが、鍬次郎が【疾風迅雷】の動きでその前に立ちはだかる。
「どけっ、一緒に吹っ飛ばすぞ!?」
「やれるもんならな!!」
 ハツネは【ポイントシフト】で舞台上にいた。
「クスクス……。ハツネはお姉ちゃんが好きよ。だから、お姉ちゃんが好きな人と一緒にいられるよう、協力してあげるね」
 アーム・デバイスが千夏の腹部を抉った。
 同時に、機晶戦車用大砲が火を噴く。しかし直前に鍬次郎が砲身の向きを変えたため、弾は舞台ではなく天井に穴を開けるに留まった。
「またか!」
 今度はグラキエスたちだけでなく、唯斗やアキラも破片を砕く。降り注ぐ細かいそれを、しかし客たちはむしろ喜んでいた。
 天井からは星空が見えていた。鍬次郎と利秋はそこから抜け出し、ハツネと葛葉もいつの間にか姿を消していた。
「義姉上!!」
 健吾が叫んだ。鍬次郎との戦いで斬られたらしく、血塗れの右肩を押さえている。舞台へ上がる途中、握力を完全に失い、彼は刀を落としたが、もはや気にも留めなかった。
「義姉上……何てことだ……」
 健吾はへなへなと座り込んだ。
 ぬりかべ お父さんの下からは、腕が一本だけ突き出ていた。それに重なるよう、千夏の手が添えられ、彼女もまた倒れていた。
「幕を!!」
 染之助の鋭い一言が飛んだ。葛城 吹雪が咄嗟に幕を下ろす。
 舞台の惨状が見えなくなると、し……んと場内は静まり返った。
 一瞬の後。
 割れんばかりの歓声が小屋に木霊したのだった。