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 打ち合わせの結果、正面突入、強行突破と決まった。なぜってそれが一番単純であり、単純であるということは速度も出るわけで、それだけ密輸グループやマフィア連中の逃亡を防ぐことに繋がる。危険といえば危険かもしれないが、結局、こういったことは速やかに物事を進めた方が一番被害が少ないのだ。
 ふもとから洋館が見えるわけもないのに双眼鏡を覗き込んでいる遊んでいる『臆病者』は、説明を受けて他人事のように「ふーん」と頷いた。
 その様を見て、カル・カルカー(かる・かるかー)は、意外と肝が座ってるんだなと感心した。
 その感心は、ほんの一分間と続かなかったのだけれど。

「なに他人事みたいな風にしてるの? ほら、あなたも準備して」

 突入班の一人、桜月 舞香(さくらづき・まいか)が『臆病者』に声をかける。

「は?」

 お前はなにを言っているんだ、はっきりとそう書いてある顔で振り向いた。

「は、じゃなくって、準備」
「なんの」
「ないんだったらいいんだけど」

 舞香は軽く屈伸をしながら、後ろの桜月 綾乃(さくらづき・あやの)に振り返った。

「綾乃は? 大丈夫?」
「はい。もちろん」

 綾乃がにこやかに、

「まいちゃんのフォローは任せてくださいね」

 ん、と舞香は嬉しそうに頷いた。仲睦まじく結構なことである。そこへ、『臆病者』が不機嫌そうに割り込んだ。

「おい、待て。準備ってなんのだ」

 なにをとんまなことを言っているのだこいつは、舞香ははっきりとそう書いてある顔を返したし、傍から見ているカルにしたって同じような顔をしていた。
 舞香が洋館の方へと指さして、

「突入する準備」

 一拍、

「は!? なんで俺が!?」

 とうとうカルが口を開いて、

「なんでって、そりゃ君が突入しないわけにはいかないだろ。監視も必要なんだし」
「行くよ! 別にここで監視してりゃいいじゃねェか!」
「いくらあなたが役立たずだっていっても、少しは役に立つ時が来るかもしれないでしょう」

 座り込んだ『臆病者』を、舞香が首根っこ掴んで立ち上がらせる。『臆病者』はなおも抵抗する。

「よせ、やめろ。死んじまう。俺はお前らみたいなスーパーマンじゃない」
「命賭けるって言ったじゃない」
「命捨てるとは言ってねェ」
「ぐだぐだうるさいなあ。こーいうのはね、『御屋敷のお掃除に呼ばれたメイドです』とか、堂々といけば案外なんとかなるものよ」
「なるかバカ。こう見えても俺は小銭より重い金を持ったことがないんだ」

 それは非力アピールではなく貧乏アピールではないか。この場の誰もが思ったが、誰もがそんなしょうもない言葉にツッコミを入れることはしなかった。結局、無理やりだろうがなんだろうが、連れていくわけなのだし、そうであれば言葉を尽くすよりも、もっと手っ取り早く、

「じゃ、綾乃、手伝って。ほら、あなたも見てないで手伝ってよ」
「はい」
「あ、うん。わかった」

 舞香が『臆病者』の右手を掴んで、声をかけられた綾乃が左手を掴み、カルが両足を掴んだ。

「せーの」

 声を揃えて、

「おい、」

 『臆病者』が焦って、

「せっ!」

 『臆病者』の体を持ち上げた。そのまま運んでいく。
 「やめろ、おい、やめろ」とか「おろせ今すぐおろせ」などと喚き散らす姿を眺めてカルは思う。自分より情けない奴もいるものなんだなと。
 その事実に、少しだけ勇気付けられるものを感じた。


 パッと見には唯一の入り口である正面門には、幾人かの見張りが立っていた。屈強で、一糸乱れぬ黒服で、サングラスの下の目は鋭く正面を見据えていて、両の手には堂々と銃を構えていた。見える範囲には数えるほどだけの数だが、洋館内にも同じような黒服はいるだろうし、外でなにかあれば即座に駆けつけてくるであろう。
 そこに、メイド服姿の舞香と綾乃がゆっくりと歩み寄って、

「御屋敷のお掃除に呼ばれたメイドです」

 にっこりと、本当にそう言った。
 屈強で、一糸乱れぬ黒服で、サングラスの下の目は鋭く正面を見据えていて、両の手には堂々と銃を構えていても、人間である。まあ到底正気とは思えないような光景を見れば、驚きもする。
 だから、見張りの一人の目前まで舞香がすたすた歩いて行っても反応が遅れたし、その見張りの頭を、舞香のミニスカートから伸びた脚が打っても、すぐにはそうと認識できなかった。
 一発で昏倒した見張りが崩れ落ちる。そこに至って、ようやく他の見張りが、今のはハイキックだったと気づいた。

「か、かちこみだ!」

 ヤクザじゃあるまいし、内心でそう呟きながら、舞香は次の見張りへと距離を詰める。
 混乱から立ち直った数人が舞香に銃を向けた。すると、それが引き金であるかのように、彼らへと稲妻が落ちる。
 『稲妻の札』を手にする綾乃だった。

「まいちゃんに銃なんて向けさせません! お金では手にすることのできない魔法の力、存分に味わってもらいます!」

 不利を悟って周囲の仲間と固まろうとするマフィアを乱すのは、カルたちの役目だった。

「さあて、掻き回すぞ! みんな、頼むよ!」
「その意気込みやよし。しかしカル坊、あまり突出しすぎんでくれよ。有象無象とはいえ、数を頼みにされるとかなわんからな」

 カルを先導しつつも、夏侯 惇(かこう・とん)がカルに注意を促す。

「そこは私もいますから、いざという時には私が止めましょう。カルに死なれるわけにはいかないですからね」

 カルの隣をともに駆けるジョン・オーク(じょん・おーく)が穏やかに微笑みながらカルを見守る。

「そんな難しく考えるんじゃねーって! 全部倒しちまえば、それが一番安全なんだからよ!」

 機関銃を撃ちっぱなしにしながら、ドリル・ホール(どりる・ほーる)が叫んだ。
 パートナーたちの言葉に勇気を得ながら、カルは手を上げた。

「それじゃ、出し惜しみはなしでいこう! サングラス用意!」

 サングラスをかけ、

「今だ!」

 カルの合図で、ドリルが照明弾を撃ち込んだ。

「みんな派手にやっているな……」

 前方の閃光を眺めながら、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が呟いた。
 舞香やカルたちが派手に立ち回っている一方で、丈二の立ち回りは堅実だ。いわゆる撃ち漏らしを確実に潰していって、その上で出てきたマフィアどもが館内に戻ることも防いでいる。館内にいるであろう密輸グループやマフィアの主要メンバーたちの確保こそ最優先事項なのだから、館内の警備はできるだけ手薄になっていてほしいものだ。

「羨ましいかしら?」

 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が丈二に尋ねる。丈二は「いや」と即答した。

「自分たちのような人間もあってこその組織であります。必要とされているのであれば、これ以上に勝る誇りもない」
「そうね、ヒルダも同じ。それぞれ、人には役目があるってものよね」

 丈二とヒルダは頷いて自分の役目を果たしていった。