蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

水宝玉は深海へ溶ける

リアクション公開中!

水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

※表記の無い訳(意訳)はマスターコメントにあります。最後にご覧下さい。





 空京の繁華街からかなり離れた寂れた空間。
 開発に失敗し何年か前から空き地だらけのその場所に、一軒の――恐らくかつてはゴシック調の豪勢なホテル系の建物だったに違いない――廃ビルが立っている。
月の明かりと頼りない数の街灯のみに照らし出されたその姿は夜近付きたくない物件の三位以内に入りそうなものだが、今その建物は中に外にと賑わっていた。
 入り口に辿り着くまでのガーデンスペースに申し訳程度に身を隠しているのは、行方不明の蒼空学園の生徒ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)を捜索にきた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)率いるボランティアチームだった。
 ジゼルの部屋に残されていた遺留物から容疑者と雅羅が断定しているある『組織』と人物を特定した仁科 耀助(にしな・ようすけ)は、
「ジゼルは生きている」と確固たる確信も無くも言う。
 確かにその場に死体は無かった。が、推察された組織の目的からして堂々と彼女は無事でいると口には出来ない。
 ここ一週間程の監視の間初めて全体でに動いた組織に、少しでもジゼルの痕跡が無いかと追いかけたのはいいが、これから突きつけられるのはどういう現実なのか。
雅羅を含め、ジゼルを探しに来た者たちは不安で成らないでいるのだ。
 先ほどからテレパシーでの通信を試みているルカルカ・ルー(るかるか・るー)も、
忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)もまた通信が上手くいかずに首を横に振るのに、雅羅は唇を噛み締めた。

「ジゼル……あなた本当に生きてるの?」
 愛銃のバントラインスペシャルのシリンダーを撫ぜる指先は緊張から微かに震えている。
それを見てキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)は生来の性格から耐えきれずに自分の赤毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「おい5分も経ったぞ。どうするんだ、突入するのか?」
「ビルの状況も構造も分からないのよ?
 向こうにはっきりした動きが無いんだったら出て来た所を叩いた方が――」雅羅が言っていた途中だった。
突如ビルの明かりが点灯し、次に耳を塞ぎたくなる様なハウリング音と二つの声がスピーカーにのって聞こえて来たのだ。
「通った? これホントに生きてんの? ま、いっか。
 ハァイ みんなーきこえてるー?」
「ちょっと、何勝手に放送初めてんですか!」
「え、だって好きにしろってアレクが」
「アレク? そもそもあの男何処に居るんです? どうして何時も僕に連絡をしないんだ……!」
「え? 上の窓んとこ居んじゃねーの? ほーらあれ8番のカメラに写ってるし」
 放送の声に導かれ、雅羅達は揃ってビルの窓を見た。
確かに所属不明の軍服を着た男が長い前髪を掻きあげてこちらを見下ろしている。
「ぎゃー!!!! 何してんですかこの変態! 頭下げなさい頭!」
 二つの放送の声のうち少年のように高い声がそう叫ぶと、男はふらりと窓から姿を消した。
「――い、今のが?
 アレクサンダル・ミロシェヴィッチ!?」
 雅羅が件の男と面識のある者達に振ると、彼らは揃って頷いている。
敵の大将首がライフルの射程圏内に、ボケーッと立っていたのだ。この場合だと間抜けはどちらだろうか。
 雅羅が顔を真っ赤にしている間に放送は復活する。耀助は雅羅の耳元で『組織』メンバーのリュシアン・オートゥイユの名を出した。
「ったく。締まらないですね。はぁ……
 蒼空学園生徒及び義勇兵の皆さん今晩は。我々は名称を持たない大量破壊兵器根絶を目的とした『組織』です。
 我々は現在このビルで、我々による収容状態から逃走を計った『バイオロイド兵器セイレーン』に対し征伐作戦を行っています。
 あなた方の目的がセイレーン奪還で無いのであれば、3分間待つので即刻この場から立ち去って下さい」
 丁寧に行われた忠告に被せながら、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は貴族然とした優雅さで顎に指先を持ってくる。
「ジゼルが蒼学の兵器ねぇ。むしろ雅羅さんのカラミティ体質の方がまだ兵器として有用というか、影響波及としては威力絶大な気がしないでも……」
「なんですって!?」「いや確かに」しっかり最後まで言いながらも言葉尻を咳き込み誤摩化したエースに対し、不用意に同意した所為でキロスは一人雅羅アタックの被害を受けてしまっていた。

 元より引く気は無かったのだからこんな調子で放送を流していた彼らだったが、
エースのパートナーで有りジゼルの友人でもあるリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)はこの放送を『ただの言葉』と流す事が出来なかった。
 それまで仲間達と同じくガーデンスペースの影に身を隠していた彼女だったが、
放送の声に怒髪天を衝いたらしく急に立ち上がると、背筋を伸ばし正面玄関の真ん前へ歩いて行く。
「一人の可愛い女の子を捕まえて兵器呼ばわりの拉致監禁、しかもやっている事は兵器破壊って結局のところは只のテロ行為でしょ。
兵器というカテゴリーに入れたら自我があって思考的主体を持ち、
理性と知性と感情を持つ一個体を好き放題していいと思う訳?

 これ、立派な人権侵害でしょ。そんな非倫理的行為許されないわ!」
 静かな怒りを含めてはっきりと啖呵を切るリリアが何処からか狙撃されないか注意を払いながら
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)はかつて聞いた誰かの言葉を思い出す。
「(女性は冷静に逆上する生き物だと聞いた事がありますが、こういう事なのでしょうか)」。
 そんなリリアの『静かな怒り』の言葉へ、数十秒の間の後リュシアンの声が返って来た。

「空京大学所属リリア・オーランソートさん。あなたの主張は我々には認められません。我々は確信しています。
 『セイレーンは、バイオロイド兵器だ』。
 一週間前の空京同時催眠事件の際、我々はセイレーンが大量破壊兵器としての能力を行使した事を確認しています。
なんなら中央南通りのドラックストア前監視カメラの録画映像でもご覧なさい。18時32分44秒からですよ。
 ――いいですか。
 先ほども申し上げましたが、我々の目的は『大量破壊兵器の根絶』。
 その目的さえ達成されればいいのです。
 そこに付随する感情論や人権問題について今貴女と議論するつもりはありません。

 ……三分経ちましたね。さっきのは挨拶。これより先は警告ですよ。
 さあ、命が惜しければとっとと退却なさい。
 そこより一歩でもこちら側に足を進めた場合、軍事作戦への介入、我々組織への敵対行動と見なし直ちに攻撃対象として一斉射――」
「あはは、それじゃ『会話』にならねーって。
 みぃんなぁ! ごめんねー意地悪な言い方しちゃって」
「トーヴァさんの言う通りスよ。
 リュシアンさんはいつも言い方キツいっつーか、正直傷つくっス。
 そういうのアレっスよ? 友達無くすし」
「だーかーらーッッマイクを取るな!!」
 わざわざ名前を呼び合ってくれたお陰で正体の割れたトーヴァ・スヴェンソンとキアラ・アルジェント相手のリュシアンのマイク取り合い合戦に、
雅羅達は呆気に取られてしまった。

 そして同じ頃ビルの中に待機していた彼らの仲間までもが呆れ声だった。
「Hey,alex! how long must I wait?」
 待ちきれずに叫んだのはトゥリン・ユンサル。
 見た目は幼女。中身も年齢も幼女、つまり10歳の糞餓鬼様だ。
 リュシアン曰く小便垂れの小娘にそんな口を聞かれながらも、壁を背に大理石の廊下に気怠げに座ったままのアレクは眉一つ動かさない。
「He loves the speech.
 and It’s to relieve stress.please let him to love.」
「ugh...」頬を膨らませて座り込むトゥリンに向かって、アレクは何かを思い出し口に出した。
「Ah,that reminds me of this...
 You have that?」「Fucking what?」
「いいからマイクを返しなさいこの雌犬共!!」「―― . . .――」
 リュシアンの放送の声にかき消されたアルファベット三文字に、
トゥリンはパートナーのハムザ・アルカンに背負わせていた大量の彼女の得物の中から一つを乱暴にふんだくると、
肩に担いで構えるとコッキングレバーを引いて即トリガーへ掛ける指に力を込めた。
 空気を突き破る音とバックブラストの光りが弾けると、
弾道は煙で軌道を描きながら雅羅たちが隠れている元トピアリーらしき妙な形に育った木の近くにあった石像へ着弾する。
 飛び散る破片にサクシード達が即座に氷壁を作ったから良かったものの、無反動砲によるこの攻撃は『契約者向けの威嚇射撃』のつもりなのだろうか、
それとも『示威行動』なのだろうか。
 いずれにせよこれは『生活態度に問題の無い一般学生達』がやる事とは到底思えなかった。
 驚愕したまま口を開けている雅羅らの上に、またも放送の声が降ってきた。

「あちゃー。やっちゃったよ器物損壊だこりゃ」
「Signore Alexander Milosevic!!
 貴方イカれてる! どうかしてるっスよ!!」
『Shut the Fuck up.』
「うわ。つくづく品性下劣な男っスね。何度でも言ってやるっスよ。
 この イカレポンチの サイコ野郎」
『…………。
 Ти си надмен.Узнемирава? дисциплину.
 Клекните тамо.』
「ハァ? 何言ってるんだか全?然分からないスね!」
『I said KNEEL!!』

 それは始めのハウリングよりも酷い銃声と悲鳴の音だった。
 争いの相手はテレパシーの会話なのか片方の声しか聞こえなかったので雅羅たちには訳が分からなかった。
「何今の……」驚きで瞼をしぱたかせる雅羅に、耀助は頭をかいて答える。
「撃ったんじゃないかな。仲間に向かって」
「嘘。仲間なのに!? ……それにこれから戦うのに戦力を減らすの!?」
「あー、なんつったっけ今の女の名前」「キアラちゃん」
「そう、そいつが争ってた相手はアレクサンダルって奴だろ。名指ししてたしな。
 てことは撃った、いや撃たせたのも隊長って事だ。
つまり隊長命令は絶対で、それに従う人間が居る、と――」キロスが言った。
「パートナーの事を撃つとは余り思――いたく無いし、お姉さんの方では無いだろな。
とすると実際に撃ったのはリュシアンの方だろうね。
 あとはー……回復すればいいやって事じゃないか? 殴って分からせるのと同じ。
 しっかしこれはちょっと……

 ……ヤバいね。俺達と大分『価値観』が違いそうだ」
「ええ、そうね。一刻を争うわ。突入しましょう」
 銃を握りしめる雅羅に向かって皆が頷いた。