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第2回新ジェイダス杯

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第2回新ジェイダス杯

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予想屋

 
 
「さあ、いらはい、いらはい。アワビを食べて、優勝者をあてよう!」
 焼きアワビ屋台の中で叫んでいるのはマネキ・ング(まねき・んぐ)だ。
 周囲には、美味しそうなアワビの匂いが広がっていた。その匂いに誘われるかのように、人々が集まってくる。
「しかし、こんな時期に予想屋とかアワビ屋とか、不謹慎な気もするがな……」
 本来は、オリュンポスの構成員としてユグドラシルの内情偵察に来たはずなのだが、なぜか屋台でアワビを焼いているセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)であった。
「不謹慎? 違うな、エリュシオンの臣民は、不安に駆られたこのときこそ大衆娯楽を必要としているのだよ!」
 マネキ・ングは、自信満々で呼び込みを続けている。もはや確信犯だ。
「はーい、こちらがチケット売り場になっていますー。アワビを買って、投票してくださーい」
 二人の微妙な温度差などお構いなしで、メビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)がどんどんお客を連れてきた。
「アワビを買わないといけないんですかあ?」
 ちょっと想像していた予想屋さんとは違うと、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が小首をかしげた。
「もちろん。アワビが、勝車投票券の引き替えチップになっているのだよ」
 何やら胡散臭げにマネキ・ングが説明する。
「うーん、ああ、でも美味しそうです。一つください!」
 少し疑っていたソア・ウェンボリスだったが、美味しそうなアワビの匂いに、我慢できなくなったようだった。
 ちょっと高いお祭り価格でアワビを買うと、マネキ・ングの差し出した台帳に、優勝予想としてハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)の名前を書き込んで、控えの半券をもらう。前回のジェイダス杯では恐ろしいほどの加速力を披露したハーリー・デビットソンが今回も先行するのは簡単に予想できた。
「俺は、やっぱり天城 一輝(あまぎ・いっき)をマークしたいな」
 一緒にチケットを買いに来た緋桜 ケイ(ひおう・けい)が言った。前回のジェイダス杯の優勝者である天城一輝は、今回も本命の一人として扱われている。
 緋桜ケイも最初は少し訝しんだが、醤油の香ばしい香りと磯の香りに降参してアワビを買ってしまう。殻の上でジュウジュウと音をたてているアワビは、薄くスライスされていて、レースを鑑賞しながらつまむには最適の状態となっている。もっとも、ソア・ウェンボリスも緋桜ケイもレースに参加するので、スタート前の腹ごしらえという感じではあるのだが。
「ふふふふふ……。お客様もキャッシュで返ってくるよりも、報酬がアワビで返って来る方が嬉しいに決まっている」
 陰で、マネキ・ングがほくそ笑んだ。
 チケットを買った者たちは、優勝者を的中させれば、払った金額に見合った賞金が手に入ると思っている。だが、マネキ・ングはしたたかであった。
 お客たちは、買ったアワビとチケットを交換しているのだ。本人たちがどう思うと、マネキ・ングのルールではそう言うことになっている。交換した後のアワビをお客が食べているのは、あくまでもサービスであるのだ。
 仮に誰かが的中させたとしても、アワビで買ったチケットの報酬は、またアワビで支払われることになっている。通貨単位は統一しなければならないからだ。
「それじゃあ、私は自分に投票するんだもん」
 自信満々で小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が自分に投票した。すでに、優勝する気満々である。
「では、私も同じで……」
「僕もだ」
 一緒にいたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も、自分たちに投票した。
 三人とも、今回はそれぞれが出走するので、実質はライバルである。当然、優勝するのは自分自身なのであった。
「ヒャッハー。いいことしてるじゃねえか。所場代は払っているんだろうなあ」
 払ってないんならもらってやるとばかりに、南 鮪(みなみ・まぐろ)がメビウス・クグサクスクルスに詰め寄ってきた。
「ええっと……」
「所場代なら、すでにエリュシオンの担当者に払っている!」
 口籠もるメビウス・クグサクスクルスに変わって、マネキ・ングがドきっぱりと言い放った。
 えっ、誰にと、セリス・ファーランドが怪訝な顔をする。
 それに答えるかのように、マネキ・ングがチラリとエステル・シャンフロウの方に視線をむけた。
 そんなことには気づかずに、マネキ・ングから試食と称してアワビをもらったエステル・シャンフロウは、屋台の端っこでデュランドール・ロンバスと共に美味しそうにアワビを食べている。当然、所場代などはもらってはいないのだが、マネキ・ングに言わせれば、そのアワビがすでに所場代なのだ。
 マネキ・ング、したたかな招き猫である。
「チッ、まあいい。それじゃあ、俺も一口乗っとくかあ」
 もちろん、南鮪が投票したのは自分である。
「うまく作戦を遂行しているようだな。どれ、俺も一つ買わせてもらおう」
 潜入調査のためのすばらしい擬装だと褒めながら、話を合わせるという目的でドクター・ハデスがアワビを買った。もちろん、マネキ・ングは純粋に儲けるためにアワビ屋台と予想屋をやっている。
「優勝は、当然我らがオリュンポスだな」
 そう言って、ドクター・ハデスがペルセポネ・エレウシスとヘスティア・ウルカヌスに投票した。こちらも、本音は儲ける気満々である。
「おい、誰に許可をとって出店を出している」
 そこへやってきた恐竜騎士団副団長のジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)が誰何した。
 すかさず、マネキ・ングがひょいと挙げた右手でくいくいとエステル・シャンフロウたちを指し示す。ドクター・ハデスの方は、素早く姿を消していた。
「むっ、これはこれは」
 あわてて、ジャジラッド・ボゴルが軽くエステル・シャンフロウに一礼した。せっかくエリュシオン帝国内にできたコネである、今のところは大切にしておきたい。ただでさえ、恐竜騎士団は帝国内でもあまり評判はよくないのだ。
 礼儀には礼儀でと、エステル・シャンフロウがちゃんと会釈を返す。あまり気安いのもどうかとデュランドール・ロンバスにたしなめられるが、まあまあとごまかした。先の反乱で学生からいきなり領主にされたので、プライベートでは年齢相応の素の姿に戻ってしまうようだ。
「まあ、許可をとっているのであればよい。で、それは、なんだ?」
 あらためて、ジャジラッド・ボゴルがマネキ・ングに訊ねた。よく考えれば、これは第三騎士団の仕事であって、恐竜騎士団としては完全な越権行為である。
「勝車投票券か。であれば、当然オレに投票しておこう」
 あたりまえのように、ジャジラッド・ボゴルが自分に投票した。
 ほとんどの者が、自分かパートナーにかけているわけだが、中にはそうはしない者もいる。
「吹雪は自分に全額賭けろだなんて言っていたけれど、お金をどぶに捨てるようなものよね」
 葛城吹雪に、自分の代わりにチケットを買っておいてくれるように頼まれたコルセア・レキシントンであったが、端から従うつもりなどないようだ。
「まず、吹雪とオリュンポスは外すのは当然として、後は誰を外そうかしら」
 消去法で次々に候補者を絞り込んでいく。最終的に、あまりよく知らない神戸紗千が残ったので、それを買うことにした。
「まあ資金はもともと吹雪のものだし。足りなければ吹雪のコレクション処分すればいいわけだしね」
 そう言うと、葛城吹雪から預かってきたお金を全て使うコルセア・レキシントンであった。
「ええと、アワビくださいな」
 同じようにやってきた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)に投票する。競竜仲間でもあるエリシア・ボックの自信満々の態度は、御神楽舞花にとって賭けるに値するものであった。御神楽舞花本人とノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)も出走するが、ここはあえて一点買いの勝負に出る。
「えーっと、もうだいぶ売れちゃったのかなあ〜」
 のんびりとやってきた清泉 北都(いずみ・ほくと)が、すでに投票された予想の一覧を見て考え込んだ。ここは同じ選手に投票しても、払戻金のレートが下がるだけだ。そう考えると、やはりここは一発大穴狙いに賭けるしかないだろう。
「小ババ様一枚ください」