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とある魔法使いの灰撒き騒動

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とある魔法使いの灰撒き騒動

リアクション

「何の騒ぎだ?」
 せっかくの休日。家でダラダラすると決めてソファを陣取り、借りてきたホラーDVDを鑑賞していた高柳 陣(たかやなぎ・じん)は、ようやく外の騒ぎに気がついた。
 その前から逃げる人々の声が上がっていたりして結構騒々しかったのだが、映画の内容が内容だけに声が混ざってしまっていたらしい。
 リモコンで停止させて、窓の方へ耳を傾ける。――やっぱりしている。
「あっ、陣! どうして消しちゃうのよ! あともう少しでラストだったのにっ」
 抱き込んでいたクッションをぽすぽすしながらユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)がブーブー不満を訴えた。
「うっせ。事件は解決したじゃねえか。あとはどうせ主人公2人がカップリングしてキスしてエンドだろ」
 某国映画は大抵がいつもそんなラストだ。
「もう! そこがいーんじゃないっ」
 とか言っているユピリアは無視して、がらりと窓を開けてバルコニーへ出る。
「……なんだ? 霧? にしちゃあ灰色がかってるが」
「お兄ちゃん、これ灰だよ!」
 眼鏡の奥で目を細める陣の横で、ティエン・シア(てぃえん・しあ)が驚きの声を上げた。お椀型にした手のひらで舞い落ちてくるそれらを受け止める。確かに灰だ。
「これ全部か?」
 ぐるっと周囲を見渡した陣の元に、またも人の声と魔法の光が届く。
 下を覗くと、騒ぎの主たちが見えた。
「あれは……エースたちか」
 エース、メシエが青灰色のスキンスーツか何かを身に着けているような者たちに、半円形に囲まれているのが見えた。どうやら彼らに魔法を用いているようだが、倒しても倒しても、砕いた先から新たな相手が生まれて、数は一向に減らない。その先ではリリアが何者かと戦っている最中で、苦戦している。
「あいつだれだ?」
「アッシュくんみたい。イルミンスールの」
「って、だれ? んなやついたか?」
「陣!」
 ユピリアが血相を変えて叫んだ。
「いくら公式NPCなのに出番がなくて、同じイルミンスールの生徒にすらかまってもらえず存在価値を危ぶまれてるからって、こういうときはとりあえず知ってるフリをしなくちゃだめよ! それがせめてもの礼儀なのよ!」
「お姉ちゃん…。
 う、うん! 僕、よく知らないけど知ってるフリをするよ!」
 力説するユピリアのただごとではない勢いに気圧されつつも、ティエンは必死にうなずく。
「それ意味あるのか?」
 懐疑的な陣に、ユピリアのじと目が向いた。
「必ずシナリオに出られるMCの陣には、選択されず埋もれていく待機LCの不安なんて分からないわ…」
「お姉ちゃん…!」
「メタ発言はそこまでにしておけ。心底どうでもいい」
 共感しあい、手をとりあう2人を一言の下にバッサリ切り捨て、陣は玄関へと向かった。
「それよりこの灰どうにかするぞ」



 2人から分断され、リリアは1人前衛にいて、苦境に立たされていた。
 メシエやエースが魔法を飛ばすも、リリアたちの元へ届く前に灰人形たちの捨身の防御で邪魔をされる。灰人形はただの傀儡で、周囲に浮遊する灰から無尽蔵に生み出されてきているので、倒しても倒しても新しい灰人形が生まれてきて、数は増えこそすれ減らなかった。
「オラオラオラーーーーーーッ!!」
 偽アッシュの腕が猛烈なラッシュを浴びせる。相手が若くてキレイな女子だろうが、全く遠慮がない傍若無人ぶりである。本来のアッシュがチラとでも残っていれば、こんなことはまず起きない。やはり考える頭がなければこんなものなのだろう。
「……くぅっ!」
 重い一撃はリリアの細腕をしびれさせる。
 守勢に回ることでどうにかしのいでいたリリアは、そのとき、何かの気配を真上に感じた。
 と同時に、ザッと音を立てて、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)がウイングソードを手に着地する。振り切られたウイングソードが2者を離間させ、彼女の登場に偽アッシュが驚いている隙をねらってエレノアは風術を起こした。
「……うっ」
 至近距離で沸き起こった風が偽アッシュを背後へ押しやろうとする。
「今のうちよ、離れて」
「え、ええ」
 リリアもまだ驚きから冷め切っていなかったが、エレノアにうながされるまま距離をとった。
 そこには布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)がいて、笑顔で2人を迎える。
「リリアさん、無事で良かった」
「ええ。ありがとう」
「あの怪力は相当厄介みたいね。ヘタに近付かない方がいいわ」
 エレノアが風術をさらに発動させながら言う。強風は偽アッシュを押しとどめ、周囲の灰人形たちもうかつに近寄れなくさせているようだ。
「あなたもよ、佳奈子。私たちは彼の火炎魔法を抑えることに専念しましょう」
「うん、分かった。すごいバカ力みたいだもんね、偽アッシュくん」
「おい、そこのきさま! バカとはなんだ、バカとはッ!!」
 風術の威力が弱まったのを感じ取った偽アッシュが、すかさず爆炎を放った。
「俺様の腕は世界一イイィィィィイッ!!」
 ばっと開かれた両腕から生まれた火柱が地を走り、3人へと迫る。それを見て、佳奈子は凍てつく炎を発動させた。
 瞬時に生まれた青白い炎が火柱とぶつかり、相殺を図る。壮絶な炎と炎の激突だった。
「ハーッハッハ! やるな小娘! だが俺様の力はまだまだこんなモンじゃないぜ!」
 偽アッシュは哄笑し、さらなる魔法力を込めて火炎を連発する。
「……くううっ」
「佳奈子、がんばって」
 エレノアも彼女の補助に入りたかったが、少し離れた所にいるエースやメシエと同様すでに周囲は灰人形たちがむらがっていた。エレノアは風術を用いて竜巻のような風のバリアを張り、灰人形を寄せつけないようにするのが精一杯だ。
「どうしたどうしたーッ! この程度かァァァン?」
 偽アッシュは火炎を次々に放ちながらも高笑っていて、まだ余力がありそうだった。
 このままではやがてこちらの魔法力が尽きて押し切られるかもしれない、そう思ったとき。
 陣たちがこの場へ到着した。
「待たせたな! 加勢するぜ!」
 言うなり、手にしていた白いホースを腰だめにかまえる。ぶつかり合う火炎の光を反射して、ピカっと金の口金が光った。
「よし。やれ、ティエン!」
「うんっ」
 陣の合図でティエンが消火栓の元栓を豪快にひねる。と同時に大量の水がホースを伝って、陣の持つ放水口から放出された。
「灰なんざ、濡れてしまえばただの砂と変わりねえ!!」
 暴れ馬のように飛び跳ねるそれを押さえ込み、陣はまずエレノアたちを囲う灰人形たちへ水をぶつける。その次にエースたちの方へ。そして空中に漂う灰を狙って噴水のように360度放水した。
 一度濡れた灰は水に流れるか地面で塊になって、人型にはならない。
「一網打尽だぜ」
「ぬぬう…!」
 偽アッシュはギリギリと歯噛みし、陣の元へ灰人形を向かわせる。
「行け! 人形ども!!」
 物量作戦だった。放水に散らされても散らされても前進をやめない。崩れた仲間の灰を足場に流れる水をかわし、灰人形たちはどんどん陣へと迫って行く。
 そこに、一閃が走った。
「私が時間を稼ぐから! あなたは放水を続けて!」
 ブーストソードを手にユピリアが言う。
 ブラインドナイブスも用いて灰人形を散らす合間に、ユピリアは偽アッシュをキッと睨みつけた。
「ベランダに干してあった私のお気に入りの勝負下着まで灰まみれにしてくれちゃったんだから、責任とってもらうわよ!」
 ちなみにこの勝負下着、陣の目に触れるとこまで2人の関係が進んだことは1度もない。よって勝負の場に上がることはあっても毎回不戦敗下着である。どこにもありがたみはない。それどころかゲンが悪――おっと、玄関にだれか来たようd……
「ここは止めさせないよ!」
 消火栓におおいかぶさるようにして、我が身をもって守っているティエンにも灰人形が向かったが、佳奈子の放った光の閃刃がこれを切り刻んだ。
「ティエンちゃんは私たちに任せて!」
「すまない。頼む」
 ユピリア、リリア、エレノア、佳奈子が防御に立ち、それぞれ魔法と剣で散らすなか、陣が水を空中散布する。
「灰人形たちは封じた! 今こそその腕を返してもらうぞ!」
 ホワイトアウトと雪使いの合わせ技で自分たちを囲う最後の灰人形の一群を散らし、復活したエースとメシエが走り寄る。
 グラウンドストライクが発動しかけた、その瞬間だった。

「てめェら、調子こいてんじゃねぇえ!!」

 偽アッシュが怒りの咆哮を上げるとともに、発光した。