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血星石は藍へ還る

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【8】


 第一階層で色々な出来事が起こっていた頃、誰よりも先に先行して第二階層に居たのは北都とリオンだ。
 動きにくそうなリオン(は超感覚で出ていた北都の犬耳尻尾をモフモフしたい衝動にかられていたようだがそこは我慢して、銃で応戦していた)を横抱きに宮殿用飛行翼で第二階層までさっさと昇ってしまったのだ。
 これは別に仲間を見捨てるとか、先攻してとか言う訳ではなく、下の階層に向かってある事をする為だった。
「さあリオン、『しびれ粉』を撒くよ」
 第一階層の仲間が被害に遭わない様に気をつけながら、北都はそれを行っていた。
「数は多いけど精鋭じゃないみたいだし、動きを抑えられれば他の人に任せても良さそうだ」
 隣を見ると、リオンが下の階層に向けて警戒をしている。
 これまで会得したスキルを駆使して危険を察知したら、周囲の仲間に逐一知らせる。
 そうして自らも敵の攻撃は避け、遮蔽物の向こうの敵には敵のみを選択する光条兵器の紅薔薇を投擲していた。
「でも、これ動き難いです……わわっ!?」
 着物の裾を踏みつけてドジっこらしく転びそうになってしまったところを、「気をつけて!」と北都に支えられ事なきを得た。
「さ、もう一踏ん張りだよ」
「はい!」
 リオン二回も三回も頷いて、光の刃でダマになっている兵士達を一網打尽にする。
 そのダマの前に居た耀助がこちらへ向かって手を振っていた。
「どうしたのリオン?」
「どうやらお礼を言われたみたいで」
 微笑むリオンにつられて北都も笑みを浮かべていると、突然二人の目の前に何かが横切った。
 向かった先を見ると、兵士が一人倒れていて、丁度眉間辺りにクナイが突き刺さっているのが確認出来る。
 慌てて耀助を見下ろすと、耀助の口がパクパクと動いた。
 どうも「さっきはありがとう」と「危なかったね」と言っているようで、北都はさっきリオンが耀助に合図されたのはお礼だったのか定かでは無いなと苦笑しつつも、自分も気を引き締め吹雪を作り出していた。
 これに先ほど体内に取り込んだ融合機晶石の力で、氷に雷撃を流して戦闘不能に陥らせる。殺さずに捕らえた方が、後に鏖殺寺院の情報を得る為にも有効だろうと考えたのだ。
 しかしその頃には他の者達も第二階層へ上がってきていた。
 これでは仲間にも攻撃が当たってしまいそうだ。
「今は辞めた方がよさそうかな」と吹雪の攻撃を辞めて、北都はその場で電撃を走らせた。



 北都達のサポートで一気に上がって行った第三階層で最初に躍り出たのはセレンフィリティとセレアナのコンビだった。
 まるでポールダンサーのようなセクシーな足取りで二人は妖艶に互いの身体へ手を伸ばし、滑らせながら階段を上がって行く。
 繰り広げられる二人の世界に呆気に取られた敵に待っていたのは二つの銃による攻撃だった。
 シュヴァルツとヴァイス。白と黒の名を持つこのコンビに相応しいその二丁のハンドガンから全方位に向けて二人は乱射を開始する。
 四つの銃の発する大音量に遮られ、敵は連携を取れなくなっている。
 その隙をついて混乱や暗い闇に落ちた様な感情を叩き込んでやった。
 しかし敵もここまでくるとそれなりの能力者が揃っているのか、この程度では怯んでいない。
 至る所に銃弾を喰らいながらも立ち上がる兵士達に、セレンフィリティは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、雑魚を相手にするより張り合いが有るわね!」
 一気に進んだのは固めた防御力に自信が有るからで、上げた攻撃力に自信があるからでもあった。
 銃弾より前に飛んでくる攻撃――セレンフィリティの心もとないメタリックブルーのビキニアーマーに潰されながらも揺れる胸元に思わず目を反らしてしまった敵兵の足に向かって、セレンフィリティは魔法で強化されている弾を打ち込んだ。
 銃弾は皮膚を捲り肉へ減り込み、貫通せずに中で割れ広がって行ったのだろう。
 敵兵は悲惨なうめき声を上げている。
「(あらら、まさかまさかだわ)」
 そのまさかで。
 セレンフィリティ自身もそれなりの経験が有るであろう兵士にこんな小技が通じると思ってもみなかったのだが、ではきっと彼は――違う意味で経験不足だったのだろうか。
 それなら付け入ったのにやや申し訳無いなぁと言う気持ちになりつつも、セレンフィリティは後ろからやってきたパートナーの腰を掴んで引き寄せ唇に噛み付くようにキスをした。
 セレアナの唇からは熱い吐息が漏れ、押し上げられた劣情にセレンフィリティはセレアナのアーマーの隙間から柔らかな双丘へと手を滑らせる。
 踞ったまま呆けてそれをみている敵兵は痛みを忘れ、動揺を隠せず、攻撃に移ろうともしない。
 でも実はこれは、セレンフィリティとセレアナの贈るちょっとしたサービスで餞別なのだ。

 甘い空気と冷たい気配は一緒にやってくる。

 次の瞬間には二つの銃弾の音がその場に木霊していた。



 セレンフィリティとセレアナが姿を表したその物陰に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は潜んでいた。
 二人の肢体に兵士達の目が一斉に注目したその瞬間、グラキエスはドラゴンのような姿をした巨大で強力な生物と、電気を帯びた巨大な鳥をその場に召喚した。
 見た目のインパクトと強烈な魔法攻撃で奇襲に後ろへ退いた兵士達に向かって、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は巨体に見合わぬ程のスピードで突撃し、ドラゴン特有の怪力で一人を捕まえると上へと飛ばし、落ちてくる所へ協力な拳を腹部へ二発喰らわせた。
 第三階層の敵は10人。
 その幾人かはセレンフィリティ達が相手をしているが、その間にも浮いている連中は居る。
 巨大な鳥の間からしびれ粉を撒くグラキエスとゴルガイスを狙う兵士へ逆に狙いを付けているのはロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の機晶石をエネルギー源としたスナイパーライフルから放たれた正確無比なヘッドショットだった。
 簡単に前に出られない。
 という状況を作り出し、先に進もうとする者達をサポートする三人は、新たな攻撃体形へ移行する。
 彼等を邪魔する兵士たちへグラキエスは火の柱を天から落下させ、ロアは援護射撃を行った。
 そして肉体の壁となって守るのは、ゴルガイスの240の巨体である。
 続々と進んで行く者達の背を見送り、三人はそっと息を吐いていた。
 今日は中々に実りのある日になりそうだ。
「良い発見もありましたし……」
 と、ロアは思い出す。

 情報を聞いて調査に乗り出した時に騒いでいた寿子たちを見て、グラキエスが首を横に振った事を。

「奇抜な鎧に女装?
 駄目だ。
 俺には魔鎧がある。
 女装をしても俺の外見では男だと分かってしまう。
 俺達は皆が意表を突いた所に奇襲をかける」
 ただの主張を言う。意見を言う。提案をする。
 常人ならば何でも無い事だが、これはグラキエスにとっては大変なことなのだ。
 生きる為の代償に記憶を失くし、肉体も衰弱し、精神年齢までも低下してしまったグラキエスにとっては。
 だからどうしても父の様にふるまい、時には過保護になってしまうゴルガイスとロアは、その何でも無いグラキエスの行動と言葉、すなわち『しっかりとした自己主張』に感動し、うんうんと頷いて喜んだのだ。
「何気なく相手の提案を飲むのではなく、自分で判断できたな。
 偉いぞ、グラキエス」
「エンド、リスクを判断して断る事ができましたね。
 理由もちゃんと言えて、偉いですよ。
 アラバンディット、エンドの精神はちゃんと成長しています。
 これなら近い内に一人で買い物もさせてあげられそうですよ」






 庭園の頂は白い花々に囲まれ、咽せ返るような匂いがする。
 磨き上げられた靴で花を踏みつけに立っているのはトレンチコートの男と、20名の傭兵部隊と3人の鏖殺寺院のコマンダーだ。
「遅かったわねえ、もう待ちくたびれたわよアデーレさん。
 ……ああもう本当の名前くらい知ってるのかしらね」
「オスヴァルト・ゲーリング。落とし前つけて貰いにきたよ」
「トーヴァちゃん、だったかしら?
 貴女とは余り会った事無かったわねぇ、貴女はあの男と一緒。私を馬鹿にしているのが見えて本当に生意気で腹立たしい」
「ごめんねぇアタシ香水臭い奴嫌いなのてめえのそのオカマキャラ鼻につくんだよ!!」
 微動だにしない剣先を真っ直ぐゲーリングの喉元へ向けているトーヴァの横顔から敵へ向いて、雅羅は叫んだ。
「あの娘は何処!?」
「あの娘……?
 ああ、セイレーンの事ね? そんな風に気軽に呼ばないで頂戴。
 紹介しましょう。
 これが彼女の新しい姿……
 究極にしての至高の乙女、『アルティメット セイレーン』!!!」

 高らかなテノールに導かれ、月の光りを塞ぎ女が現れた。

 背負った月光で構造色の羽根は青く輝き、乳白金の長い髪は海の中にいるように風に揺らめいている。
 見下ろす瞳は赤と黒の虹彩に彩られ、誰一人寄せ付けないというたった一つの意志を物語っていた。