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魔の山へ飛べ

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   序章

 葦原明倫館の西、島の中央部に「妖怪の山」はある。
 真田 佐保(さなだ・さほ)丹羽 匡壱(にわ・きょういち)は、その麓の村にやってきていた。
「思ったより、集まらなかったな」
 過日行われた御前試合は、「妖怪の山」を調査する選抜試験も兼ねていたのだが、上位入賞者は揃って遠征隊を辞退していた。
「義務ではござらぬから、仕方ないでござるよ」
「まあ、そりゃそうなんだが……」
 匡壱が嘆息していると、佐保の前にすっと薔薇が一輪差し出された。
「可愛いお嬢さん、色々と今までの経緯を教えてもらえるかな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。空京大学生である彼は、「ミシャグジ事件」についてもよく知らないらしかった。彼が遠征隊に参加できたのは、過去にこの山に入った経験があるためである。
「おまえ、この葦原島がミシャグジっていうでっかい化け物の上にあることは知っているか?」
「噂は少々」
 正確に言うならば、葦原島の本体がミシャグジであり、人々はその上に住んでいることになる。
「ミシャグジは、今は眠っているのと同じ状態でござる。ところが、漁火(いさりび)という女とオーソンというポータラカ人が、ミシャグジを蘇らせようとしたのでござる」
 漁火とオーソンの行動理由は全く異なったが、目的が一致したため、手を組んだらしかった。
「それは大変だ。そんなことをしたら、人々はこの島にいられないんじゃないかな?」
 匡壱と佐保は頷いた。
「一度は、<梟の一族>のカタルの力でそれを防ぎ、漁火も倒した。だがあの女は、うちの生徒の体を乗っ取って、更に何やら画策しているらしいんだ」
 ニルヴァーナで彼女らしい女の目撃証言があったが、定かではない。また漁火の傍には、シャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)もいるらしい。シャムシエルは、オーソンの手でユリンという別人格を与えられていたが、どういうわけか今は漁火と行動を共にしているのだった。
「その女性たちが、山にいると?」
「かもしれない。いないかもしれない。それは分からない」
「ただ、もしいるとしたら――何か企んでいるとしたら――この前、妖怪たちが暴れた理由もそこにあるかもしれないでござるよ」
「分からないことばかりだね」
「だから調査するんだ」
「なるほど」
「だが――こうも人数が少ないと、時間がかかるかもしれないな」
 匡壱は再び嘆息した。
「あんたら、山に入るなら名前を書いていってくれんかね?」
 声を掛けたのは、村長の吾作(ごさく)だった。「総奉行から、そう言われてるでな」
 御筆先の後、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)は「妖怪の山」への立ち入りを禁止した。とはいえ、腕に覚えがあり、好奇心旺盛な契約者たちは、当然無視するに決まっている。ハイナはそれを見越して、入山者にはせめて届けを出すよう命じていた。――無論、それすら無視する者もいるわけだが。
「ああ、もちろん」
 匡壱もそれは知っていたので、吾作から紐で綴じた名簿を受け取ると、一番新しいページを開いた。そして名前を書こうとして――ぴたりと彼の手が止まった。
「どうしたでござる?」
「……村長、この、前に名前のある連中だが」
「あんたらのお仲間だべ? 昨日いーっぱい来てよ、登ってっただよ」
「仲間? いっぱい?」
 佐保も名簿を覗き込んだ。なるほど、まだ新しい墨で書かれた名がずらりと並んでいる。それも、
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)――全員、上位入賞者じゃないか!!」
 そう、御前試合の上位入賞者三名が、揃いも揃って別の人間と入山していたのである。
「北門か! あいつらああああ!!!」
 匡壱の半ばキレ気味の怒鳴り声が、村中に響いたのだった。