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リアクション
第3章 海底洞窟の探索
いくら呼吸が続くからと言って、水の中での飲食は難しく、ましてや水の中で眠ることはできない。水中での長時間の活動のためには潜水艇・潜水艦が必要だが、今ここにあったとしても、この海底洞窟に潜ることは、入口の広さからいってもかなりの小型でなければ無理だ。
アステリア族ら海の獣人が水源を守ってこれたのも、外敵の侵入を防いでこれたのも、その水の中という特徴の為であり……。
「……鎧、外してきて良かったよ」
ユキノ・シラトリ(ゆきの・しらとり)は呟いた。“禁猟区”で自らを危険探知機にする、というアイデアには身を守る鎧も必要だったが、それが動きを妨げるのであれば本末転倒だろうと思ったのだ。
戦いは嫌いじゃないけど、今回のメインは探索だ。出来るところまで調べてみたい。
(蛇の痕付いてないかな? そういえば濁った水って人体には悪影響はないのかな……ねぇ、ジェレミー様?)
“精神感応”で呼びかけながら振り返ると、様付で呼ばれたパートナーで父親のような存在でもあるジェレミー・ドナルド(じぇれみー・どなるど)は、ユキノの弟分ユキヒロ・シラトリ(ゆきひろ・しらとり)と何か話しこんでいた。
「何か見付けたの?」
すいっと水中を泳いで二人のところに行くと、ユキヒロにも聞こえるよう、声での会話に切り替える。
「ああ、魚を調べていた」
「何だよ姉ちゃん、そっちは探索メインだろー?」
そう言ったユキヒロがうんざりした顔なのは、ユキノのせいではなく、ツバメの羽を無理にウェットスーツに押し込んでいるからだろう。
ユキヒロが尾びれを掴んでいるせいで、その魚──日本の食卓に上る鯵くらいの大きさだった──は体をくねらせて弱弱しく抵抗している。
「大丈夫なの?」
「俺のや姉ちゃんの“禁猟区”にひっかかんないんだったら、危険な生き物じゃないってことだろ。……えーと、何て名前だったかな、これは内海じゃ一般的な魚なんだけど」
ユキヒロが指差したところをよく見れば、ヒレや鱗が欠けており、周辺に黒い輪シミのようなものが付いていた。
「濁った水の影響なのかな。地底かナラカ、どちらかに異変の原因があるのかな」
「……その可能性は高いな。これから潜るにつれて凶暴化した魚が出てくるかもしれん。貴様らは魔法使いだからマシかもしれんが、狭い場所での戦闘は避けろ。捜索を念頭に置く以上、多少の怪我は覚悟しろ。ただし、死ぬな」
「はい」
「へいへい」
ジェレミーの指示に、二人はそれぞれ返事をすると、再び捜索に戻る……といっても、勿論列から離れないように、だ。
思った以上に海底洞窟は広い。活動限界の時間を考慮するに、隅々まで見ていては帰還がままならなくなるおそれがあった。
「入口から大分進んだような気がするけど、大丈夫ですか?」
若干心配そうな顔の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に、案内役のイルカ獣人は頷いて見せた。
「他の出口もありますから、いざとなったら最寄りの出口にお連れします」
「そうですか、安心しました」
「僕はあんまり安心じゃないけど……」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の呟きに、え? と美羽が不思議そうに首を傾げる。自覚がないようだ。
コハクは美羽の動きに伴って、別の位置を取る。さっきから、こちらに向けられている視線を妨げるように。
……普段から美羽は動きやすいから、という理由で超ミニスカートをはいているので、生脚が見える。対してウェットスーツは全身を覆っているので、露出度は低い……筈なのだが、ぴったりしているせいで、美羽に限らずフランセットや周囲の女生徒たちのかたちのいい身体のラインがくっきりと出ていた。
そんな彼女たちを、フランセットを守る為、という名目で近距離にいた一人の男──鎧がじーっと見つめており……。
何だか嫌な予感に、コハクは他の女生徒たちになるべく不要な視線を向けないようにと気を付けつつ、地味に恋人を守っていたのだった。
ここに来る前、美羽はフランセットを守る! と言っていたが、そういう視線から守るのまでは想定外だったろう。気付かないならその方がいいのかな、とコハクは思いながら、
「……えーと、何で急に濁って来たのかは謎なんだもんね」
「うん、だからちゃんと自分の目で確かめないとね!」
「心配だね。もしかしてアステリアや他の魚たちが住めなくなるかもしれない……」
コハクは自身が故郷を失っているためか、気になっているようだ。ショットランサーをぎゅっと握りしめた。そんなコハクを気遣うように、
「だから理由を確かめたら、分らなくても見たことは女王に報告しよう。私たちに分らなくっても、今までの経験から女王には分るかも。アステリアだけじゃ対策が難しくても、私たちなら手伝えるかも。海に住む人たちを守ろう」
美羽の明るい笑顔にコハクは頷く。
その明るさと対照的に、暗さを秘めた笑顔を浮かべていたのは、彼女たちを眺めていた【女性の敵】ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だった。
果たして鎧に必要かは分からないが、ウェットスーツを着て足ヒレを付けた姿は、黒い丸々太ったヒキガエルのようでもあった。
ぬらりと光る瞳はコハクの嫌な予感通り、水中メガネに取り付けた“邪気眼レフ“を通した“顕微眼(ナノサイト)”越しであり……ひとつ計算が違ったのは、透過可能な布は一枚だけで、下には保温のためもあって露出の少ない水着を着ていた、ということだろうか。
それでも熱心に肌を眺めまわしていたので、さすがのフランセットから不審げな視線を向けられて、ようやくブルタは海草に話しかけた。
(見放されちゃこれ以上堪能できないからなぁ、少しは役に立つところを見せないとね)
“人の心、草の心”で、最近変わったことがないか、尋ねてみる。が、特別意味のある回答は得られなかった。海草たちは徐々に水が汚くなった、くらいの話しかしてくれない。
「もっと知性のある生き物が住んでたらいいんだけどなぁ」
そいつと話ができたらいいし、敵対したなら捕まえて吐かせればいいし……。
そんなことを考えながら横を見る。そこにはパートナーの悪魔ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)がいた。
彼女はアステリア族が非友好的だった場合の保険でもあり、怪物の魚退治の手段であり、いるかもしれない邪悪な知的生物の拷問役であり、更には悪魔的な実験を密かに行っていた。つまり、ブルタの連れてきた三匹のマーメイドが穢れで「変化しないか」観察していたのである。
マーメイドたちに今のところ変化はないが、所々濁りのせいか不純物の混じった水の中を進むのは苦しそうだった。生物にいい環境ではないのは確からしい。
フランセットはあえてそんな場所を選んで進めさせるステンノーラに、マーメイドを自分たちの背後を泳がせるように言っていたが、
「……ヴァイス・マム」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の声に振り返る。ローザマリアは傭兵ではなく、個人的な協力者としてフランセットに同行していた。
「何か見付けたか?」
ローザマリアが、案内役のところから一人引き返してきたので、フランセットはそう尋ねる。
ローザマリアは、パートナーや部下とともに、ブルタとは逆の視界……“ホークアイ”で、碧く透明な水の中を敵を求めて彷徨っていたのだ。同時に壁にチェックを付け、帰り道を確保してもいる。
「濁りの酷い方に、刃魚が少し。それから海蛇の群れね。案内役は水源への近道だって言ってたわ。今から掃討する」
「海蛇の毒は厄介だ。刺激せずに通り抜けられないか?」
「やってみるわ、駄目だったら殲滅ね」
ローザマリアは、水中銃を構えたまま水の中を身軽に泳いで行った。その動きは陸上と遜色ない。足にはヒレの代りに、Orcinus baleaと呼ばれる水中用のローラーシューズを履いていて、これは癖が強く負担もかかる代りに、推進装置による素早い動きを可能にしていた。
半円を描きながら続く通路に、彼女のパートナーである鯱の獣人シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)が、エコーでローザマリアを探知して首を向けた。
その側には、五匹の海豹が──いや、海豹の獣人たちが主を待っていた。特殊舟艇作戦群【Seal’s】、獣人族の中から選抜された5人1組の特殊作戦コマンド・グループだ。名前の由来はリーダーが常にSeal(海豹)の獣人から選抜されている事に因むという。
陸上ではぼってりとした丸いフォルムとよたよた這う姿が特徴的だが、水中ではもちろん上下左右、自在に泳ぐことができる。
「行くわよ。『The only easy day was yesterday』!」
ローザマリアの掛け声に、了解したと頷いて、海豹たちが散開した。仲間には少しの被害を出さない……各自庇いあえるようにだ。海豹の動きに翻弄される刃魚の、隙のできた腹に、シルヴィアが噛み付く。
ローザマリアは前方に捕えた刃魚の数をカウントしながら、合図を送る。一斉に退却する仲間を追ってきた刃魚の凶悪な顔面に“トゥルー・グリット”の細長い銃弾が次々とめり込んでいく。
刃魚が血を噴出しながら沈んでいくのを、海蛇たちが嗅ぎ付けて一斉に顔を出す。蛇基準で言えば、手のひらにすっぽりと収まりそうな可愛らしい顔をしていた。
……シルヴィアの実家である『マキャヴェリ水産グループ』は、一部アステリアとも漁場を接している。ために、見覚えがあった。
「あれは大人しい海蛇だよ。すっごく強い神経毒があるんだけど、持ったって全然大丈夫なくらい大人しいんだから……っ!?」
その筈だったが、進もうとする先、水源の方から一筋の黒い水が流れ、蛇たちの鼻先を通り過ぎると悶えだし、その目がぎらりと光り、何十匹かの蛇が彼女たちに、体をくねらせて突進してきた。
ローザマリアは“五月雨撃ち”で牽制すると、光条兵器のグルカナイフに持ち替えた。
「……これも穢れの影響か?」
死体となって千切れた海草のように流れていく海蛇。それを複雑そうな目で見やるフランセットに、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)もこれが実践か、と心中で呟いた。
(水中戦闘は教導団の訓練では経験済みだけど……実践じゃ初めてよ)
「敵でない者が急に敵になる……これ以後はこのようなことが増えるかもしれませんね」
海蛇を倒した後、斥候として、バディのパートナーマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と戻って来たゆかりは、念のため気になることはすべて彼女たちに報告した。
マリエッタの“神の目”は岩陰に隠れていた魚たちをも暴き出し、眠りを覚まさせてしまっていたが、気の毒がっている余裕はなさそうだ。
「そうだな。……皆、単独での行動は避けてくれ。パートナーのいる者は互いに注意し合って欲しい」
「では、行って参ります」
ゆかりはマリエッタと互いに背を預けるように、再び斥候として偵察に出た。
案内役の獣人はいるものの、進むたびに徐々に濁りの為か、視界は狭まっていた。透明度の高い美しい水は100メートルは先、地上からの光を呼び込んだ場所はそれ以上を見通せたが、それが徐々に短くなっている気がする。
水源の方向から、ゆらゆらと、黒い筋のような濁りが漂ってきていた。足元では拡散して、少し暗いかな? と思わせる程度だったが、それは確かに視界を妨げ、或いは岩肌に少しずつ溜まって黒ずませていた。
二人は消して本隊とはぐれないよう注意しながら、案内役の獣人に“テレパシー”で進路を聞きつつ、異常がないか確かめていく。戦闘はなるべく避け、地形などを細かくチェックすると状況を逐次報告した。二手以上に分かれた道でどちらを取るべきか、敵はいないか……。
ゆかりからの報告を受けたフランセットは、腕に嵌めたHCに地図やその他の記号を描きながら進路を決定していく。なお、この洞窟と水源が秘匿されている場所だけあって、女王にマッピングの許可は得ていた。可能なら全てが終わった後はデータを消去するつもりでもいる。
「カーリー」
「何?」
マリエッタに名を呼ばれ、ゆかりは問い返す。
「……いつの間にか、暗くなってるわ」
言われたとおり、足元の筋だった濁りは、今や薄い隅を流したような、泥水のようになって周囲を取り巻いていた。まだ互いの姿は見えるもの視界は先程に比べてかなり悪い。
「怪物は勿論、岩にぶつかってウェットスーツが破れでもしたら大変ですね」
そんな会話を交わしていると、横をすいっと、二人の教導団員が抜けていった。
「大丈夫?」
「問題ない、慣れている……」
と答えた男性の声は、だがあまり、冴えなかった。
(あぁ……何度生成しても、この力が吸い取られる感覚は……)
珍しい男性型の剣の花嫁──本人は花婿や剣の一族と呼んでいる──ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の顔が、ぼんやりと光精の指輪で浮かび上がった。
「俺達の一番の目的は汚染源特定と原因解明だ。いちいち気にしていられん」
「気にしないっていうことは、ちょっとは気になるのかしら?」
からかうような声は、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)。二人とも、フランセットに協力を申し出ていた。
「一刻も早く、苦しんでる海を助けてあげたいもの。今まで色んな作戦で仲間として頑張ったけど、一緒に行動するって初めてかも。お互い最善を尽しましょう」
フランセットににこっと笑うと、その笑顔を戦闘モードに切り替え、
「水中には水中の動き方が有るのよ」
二人とも鮫肌の服を着込み、オンにしたハイドシーカーやHC弐式の生態探知機能に引っかかるものを探すべく泳ぎ回る。ルカルカの襟元ではピーピング・ビーが周囲の景色をデータとして、ダリルのアクアバイオロボットが海底を動き回て、それぞれのデータをそれぞれのHCに送った。
「……あっちね」
遂に暗闇めいてきた海の中を、光精を先導させて進んでいけば、生態探知に引っかかった鮫の顎が目の前に迫っていた。
だが、ルカルカの服だけの軽装は、“静かなる闘気”に覆われており──いや、ダリルと連携した3倍の“超加速”は、鮫の目の前から彼女を消え失せさせていた。
鮫が岩に衝突するなり、両手に持った二歩の“聖槍ジャガーナート”を一体に、続いて来た一体に衝撃波をぶち込む。
ダリルは、
「綺麗な海に戻ったら改めてここを訪れたいものだ」
と、言いつつ強化光条兵器の剣の舞で、殺到する鮫を蹴散らしていく。
「しかし、これは何の影響なのだろうか。誰かの意図なのか、天災なのか、それとも……」
──水源は、近い。
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