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【ぷりかる】水無月スーパーライブ

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【ぷりかる】水無月スーパーライブ

リアクション


準備と警戒(1)

 入場ゲートが開場されてからおおよそ2時間が経過しただろうか。それでも場外には今も長蛇の列ができている。
 お目当てのアイドルについて語っているのだろうか、それとも昨日見たニュースサイトを話題にしているのだろうか。
 どこを見ても誰のそれも笑顔、笑顔、笑顔。長時間並び待っているにも関わらず、それらの表情はどれも明るく楽しそうにも見えた。ライブやイベントが織りなす非日常は会場の外から始まっているようだ。
 そんな中だからこそ―――
「失礼」
 夏侯 惇(かこう・とん)が一人の男に声をかけた。男は全身汗だくで、大きな紙袋を幾つも持っている。その一つから「砲身」のようなものが見えた。
「どなたのファンであられるのかな?」
 ほぼほぼ間違いなく不審者であろうとも、はじめから強く当たったりはしない。結果それが多くのトラブルを未然に防ぐ事に繋がることをは知っているからだ。
 話を聞けば、男は楊 霞(よう・か)のファンで、彼女のブログに「自分が会場に居る証として照明弾を打ち上げる」のだという。
「約束したんだ! “ヨーカたん”も楽しみにしているってコメントしてくれたんだ!」
「………………少し、御同行願おうか。」
 照明弾の没収と尋問が必要だ。男は叫び喚いて抵抗したがにとっては何のことはない。紙袋を取り上げ、列から引き剥がした。
「どうした?!」
 騒ぎを聞きつけてカル・カルカー(かる・かるかー)が飛んできたが、これにドリル・ホール(どりる・ほーる)が両手をプラプラさせて「もう終わったよ」と笑って応えた。
「妙な奴が居たんでな、とりあえず連行する所だ」
 男に目を付けた理由ととのやりとりを話した。カルの判断も2人のそれと同じものだった。
「まぁ、例の送り主って訳じゃなさそうだけどな」
 グィネヴィア・フェリシカ(ぐぃねう゛ぃあ・ふぇりしか)の元に届いた脅迫状、手口こそ明記されていないものの、読み方次第では大規模な爆破予告にも取れる。だからこそ彼らも警備に加わって会場の外を見回っているのだが―――
「そっか……犯人じゃないのか……」
「何だ? あれが犯人なら良かったって顔だな」
 いたずらな笑みでドリルがからかう。「ま、実際に犯人と出会したら戦わなきゃならないからな」
「べっ、別に戦うのが怖いんじゃないよ! ってゆーか怖いなんて一度も言ってないよっ!」
「あー、まぁ確かに今日は言ってないかもな」
 脅迫状に関してのカルの見解は次の通りだ。
 『「脅迫状である確率は20%」という小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)の推論に同意するならば「裏を返せば80%は脅迫状じゃないということになる。だとすれば脅迫状を出すだけ出して実際には何もしない、つまり愉快犯の可能性もあるということさ』
 裏を返した結果「犯人は何もしない」と推考してしまう所に、彼がヘタレを脱却できていない理由がありそうだ。
「じゃあ僕は向こうを見てくるよ。何かあったらすぐに―――」
「あぁ、すぐに駆けつけて助けてやる」
「要らないよっ! …………いら……」
「ん?」
「な、何でもない、何も言ってない」
 プリプリしながら持ち場へと戻ってゆくカルドリルは笑って見送った。こちらは心からの楽しげな笑みだが、彼らのもう一人のパートナーであるジョン・オーク(じょん・おーく)は先よりずっと作り笑顔で任務にあたっていた。
「ごめんなさい、これは没収させて頂きます」
 会場ゲート前の手荷物検査場。ジョンは女性の鞄から「ペットボトル」を取り出した。当然に女性は声を荒げて抗議してきたが「今回のライブでは液体の持ち込みは禁止されていますので」と、もはやどのイベントでも常識になりつつある要項について丁寧に説明し、頭を下げていた。
「申し訳ありません。飲み物は会場内の売店でも販売してますので、そちらでお買い求め下さい」
 見事な作り笑顔でやり過ごす。こうしたやり取りを何十回と繰り返してもなお笑顔で対応できるあたりが、彼女が立派なオトナであるという何よりの証である。


 オトナか否か、と言われれば間違いなくコドモである、と言わざるを得ない者が会場外に屋台を出していた。
「さあさあ安いよ〜、今だからこその値段だよ〜」
 変わった呼び子をしているのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。彼女は教導団員ではあるものの、警備には参加せずに商売に精を出していた。
「この人は後でブレイクするでありますよ〜、この値段で買えるのは今だけでありますよ〜」
 明らかに通りかかっただけの男子を捕まえて「缶バッジ」を勧めている。グイグイと推しているのは今日のライブでデビューするアイドルのバッジだというのだが―――
「ちょっと」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)それに気付いて吹雪の腕を掴んだ。
「これは一体どういう事かしら」
「何のことでありますか?」
「これとこれ、これとこれも。同じような物で値段が随分違うんだけど?」
「あぁ、そのことでありますか」
 バッジにブロマイド、うちわにタオル。そうした諸々の品々は全て―――
「安いのはパラ実から仕入れたパチモンであります!!」
 ゴンっ!!
 重い一撃が後頭部に入る。堂々と胸を張って仰け反ったばかりであったが、吹雪は白目を剥いて、雑多に並べられた商品の中に顔から崩れ落ちたのだった。
「少々お待ち下さい♪」
 取り繕った笑顔で言ったが、目が笑ってない。コルセアは素早い手つきでパチモンを選んでは除けてゆくのだった。


 会場裏のバックステージ。
 本来ならばこのエリアの警備担当は白百合団の担当であり、教導団員である佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)らは近づくことすら出来ないのだが―――
「んっ、しょっ」
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)は機器の隙間からゆっくりと頭を引き抜いた。
 メインのミキサーは問題なし。爆発物が取り付けてあったり、配線が切られているといった事も見られない。
 狙いはここではない、という事か。
「ぼ〜たん♪」
 パートナーのレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)が嬉しそうな顔をしてリストを差し出した。
「とりあえずバックステージ脇で警備をする教導団員はこれだけだって。白百合の人たちのはこれから交渉するって言ってたよ」
「そう、ありがとう」
 脅迫状の文言から推測するに、音響や照明機器に爆発物が取り付けられる可能性もある。警備という事ではなく、専門の知識を有する者としてそれらの機器のチェックをしたい、と小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)を通じて白百合団に打診して貰った。その際に『バックステージで行動する者のリスト』を作成し共有する事も提案したのだが、どうやら採用されたようだ。リスト化にはもう少し時間がかかりそうだが。
「それにしても、あの脅迫状は「無い」よねぇ」
 レナリィが楽しそうに言う。
「差出人も詩人なのかは分からないけど、もっと単純な内容の文章にしてくれたら良かったのに」
「詩人?」
「そうだよ、『輝きは一度爆ぜて失せることだろう』って一文だけを取ってみると確かに爆発予告見えてくるけど、前後の『歌姫たちが集いし時』『時代は終わる』それから最後の『新たな歴史の〜〜』っていう文章をまとめてみると『今日誕生する新しいアイドルたち』の事を祝っている様にも感じ取れるんだよねぇ」
「なるほど、そう捉えるなら、確かに詩人かもしれませんね」
 どう見てもレベルの低い詩人さんだろうけど、なんて思いつつ牡丹は視線を流した。
「さぁ、作業を続けましょう。次は―――メインライトの辺りでしょうか」
「あれ? そこは初めにチェックした所じゃなぁい?」
「そうね、二度目になるかしらね」
「?」
 内部犯である可能性、または密かに侵入してくる事も考えれば、どのタイミングで仕掛けてくるかは分からない。スタッフの出入りが激しい今だからこそ繰り返しのチェックが必要になる。
「うぅ〜、けっこう大変〜」
 リストが完成すればスタッフの管理を含め、より厳重な警備体制を取ることができる。
 ただしそれまでは地味で地道な点検を繰り返し行う事こそが最も効果的な方法なのだ。