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リアクション
「隊長! サーシャ隊長!!」
此方へ走って来る人影に、アレクは端末から目を離して呆れた顔で彼女を出迎えた。
「――ターニャ。相変わらず声がデカいな。お前ここで何やってんだ」
「サーシャ隊長にご挨拶に参りました!」
「交通機関止まってるだろ。此処まで何できた」
「走ってきました」
「嵐の中を?」
「はい! 雷が光って、鳴っていて、興奮してしまって思いきり走ってきました!」
目を爛々と輝かせるタチヤーナにアレクはため息をつく。
「バカのターネチカ!
トゥリンが心配するだろう。大体こんな中動き回って風邪でもひいたらどうするんだ」
「申し訳ありません!」
「雷で奇行に走るなんてお前は子犬か!? オラ鳴け子犬」
「ちゃふちゃふ!!」
「……お前って奴は何処まで素直なんだ。逆に心配になる」
「はい!」
何故此処で返事をしてしまうのか分からないが、上官の言葉には例え困惑しようと返事をするのがルールだ。そういう点では恐らくタチヤーナは良い軍人ではあるのだろう。
アレクはタチヤーナに説教するのを諦めて、端末を取り出し届いたばかりのトゥリンのメールに「found her in messroom(食堂、発見)」という素っ気無さ過ぎにも程があるほぼ伝令分のような返信をする。
「トゥリンに連絡した。その辺で『大人しく、待ってろ』。
いいな?」
「カピタン。それは隊長命令でありますか!?」
「それで言う事聞くならそういう事にしとけ」
敬礼をして去って行ったタチヤーナに代わるようにやってきたのはカガチだ。
「――道理で見覚えのある軍服だと思ったよ」
向けられた爽やかな笑顔に、アレクもまた爽やかな笑顔で応える。
「どばるだーんおにいちゃん。貴方の宿敵でぇございます」
「Dobar dan.Moj stari neprijatelj.(こんにちは俺の宿敵)
今日もバカみてぇに元気そうだな」
「あれ? 俺にはあの変なキャラやらねえの」
「何でお前相手にまで疲れなきゃならねんだよ」
「だな。
息詰まるし、それに自分の心と自分の言葉で話すんじゃなきゃ、んなもん嘘だ」
「――そういう考え方もあるのか」
初めて聞く考えに目を見張ってカガチを見てから、アレクは窓の外を睨みつける様に眉を顰め考え事を始めた。
嘘つき。確かにカガチの言う通りだ。けれど自分の嘘つきが始まったのは別に今じゃないのだし――。
「――どうしようか、ジゼル――」
「ジゼルちゃんがどうかしたって」
「暑くなってきてから夜に服を着てくれないんだ」
「そいつぁ深刻ね」
「ベビードールだか何だか知らんが薄いヒラヒラとパンツの二枚だけで同じベッドに入ってくるんだぞ? そんなことをされたらお兄ちゃん死んでしまいます!」
「理性が」
「うん」
「――まあでも……、いいんじゃないの?
ジゼルちゃんとも兄妹とはいえ――(そもそも血の繋がらない他人同士なんだから)
否。行き過ぎない程度に、自己責任で思うままにやれば……」
「思うままにやって天使のジゼルちゃんの不平を買ったらどうする。天の国へ帰ってしまうかもしれないじゃないか!」
「天女の羽衣かい」
「だから天女じゃなくて天使だと――。
……はぁ…………セクハラしたい。本気で怖がってドン引きしつつも泣き出しそうなあの可愛い可愛い顔が見たい……」
しょうもなさすぎる本音を打ち明けられて、お友達と読む宿敵は今日ばかりは首取り合戦をお休みにすることにした。
他人にとっては「あなた死んだ方がいいんじゃないですか?」と言いたくなる様な言葉で締めくくられてはいたが、本人にとっては深刻な悩みなのだろうから。
「それよりおい、ピロシキ食わねぇか?」
「Huh?」
「久しぶりに狩り何ぞ行ったら良い獲物が手に入ってのー。
折角だからお嬢ちゃんに言われた通りにピロシキにでもするかと思ったら、ついうっかり作り過ぎてもた」
大きなバットを抱えながら笑顔を向けてくる老人に、アレクはカガチの顔を見る。
「俺のパートナーの東條厳竜斎 の、じじい」
「トージョー?」
頷くカガチに、アレクは厳竜斎を値踏みする様に上から下まで見て、ぼそりと呟いた。
「A,ha.
Maybe so...(かもね)」
「今何つったん?」
「――否、お前のパートナーの事だから所在不明の食材入ってんじゃねえかって話」
「中の肉? じじいに聞いて」
カガチとアレクに視線を向けられて、厳竜斎は答える。
「羊」
「Go on.(続けろ)」
「……みたいなでかくて足六本のやつ」
爺さんの戯言に、アレクは右手の指を五本、更に『左手の中指をカガチに向かって立てて』、それから丁寧にも『左手だけ』甲の方が相手へ向くように『裏返した』。
「おいカガチ。俺の中で足が五本以上ある生き物は虫に入るんだがどうだ?」
さあ? と掌を見せるカガチだが、厳竜斎の方は何処か食えない笑顔を浮かべているままだ。
「いやなに、俺らが食って無事だったんだから食えるんじゃよー。気にせんと食え食え」
「じーさん。俺は訓練の時も戦争の時も食えるもんなら何でも食ったし、死なねぇもんなら別に気にしない。
ただ――他に配るのはマズいだろ」
「それにしても何だか懐かしいのぅ。
もう五十年以上前じゃから記憶も薄れとるが、こーやってわいわいしたもんじゃのー」
「Don’t bullshit me.(誤摩化してんじゃねえよ)
Well...
――トージョー……。I know.I know.(解かった解かった)」
アレクは舌打ちして、長い前髪をかき上げ両目ではっきりと目の前の老人を見て、誰にも気づかれないくらいほんの一瞬だけ笑った。
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