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リアクション
「こ、こら、何だその姿は!?」
上着で覆い隠していたパートナーのノーン・ノート(のーん・のーと)を外に出した途端ににそう指摘されて、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は「えへへ」とバツが悪そうに頭を掻いた。
学園で一番大きな入り口に突っ込んで、廊下の向こう側の窓を見ればかつみの焦げ茶の髪はバケツを頭から被った様にべっちゃり潰れていたし、ジーンズは脚に張り付いて普段より濃い色になってしまっている。
靴は一歩前に踏み出す度に、中に作った池でガポガポと音を鳴らすし、兎に角酷い状態だった。
午前中に行われた交流球技大会を利用して、本好きのノーンは蒼空学園の図書館へ入りたがった。
そうして充分本を堪能している間に天気は傾いていたのだが、本に夢中だったノーンはそんな事には一向に気づかず、そんな楽しそうなパートナーの様子を見ていたかつみもまた、ノーンへ「早く帰ろう」などと言える筈も無く、タイミングを失ってやっと外に出た時には二人して大雨に引き返す羽目に成ったのだ。
少々間抜けな自分達の行動にかつみは頬を赤くしながらも、パートナーを守る為に濡れ鼠になった自分を一切恥じていないようで、事も無げにノーンに答えた。
「ん?
ただ濡れただけだよ。ケガした訳でも無いし大丈夫」
「何が大丈夫だ、この大バカもの!!」
足下に立ってもひざ下にすら届かないような小さな生き物に一喝されて、かつみは肩を震わせた。
一体何故、ノーンはこんなに怒っているのだろうか。
「前から気になってはいたが、おまえパートナー達を大事にしようとするかわりに、人の事についてはぽっかり抜けているぞ!」
喝は続く。ぽかーんと口を開きっぱなしにしているかつみを放っておいて、ノーンは隣に現れた亜麻色の髪をツインテールにくくった少女からタオルをかりて戻って来た。
しゃがめと指示されてその通りにすると、タオルは頭の上にふってきて、わしわしと少し乱暴にかつみの髪を乾かした。
「わわ!」
引っ張られるような勢いにバランスを崩して倒れかけたかつみだったが、ノーンは気にせずに叫ぶように言う。
「ちょっと購買まで着替えを買いに行って来る!
いいからそこでじっとしてろ!!」
謎の茶色の物体が猛ダッシュで廊下を駆け抜けて行く姿は、真抜けているのか恐怖なのかよくわからない。
兎に角「(誰かにぶつかんなきゃいいけど――)」
そんな風にマイペースに思うパートナーを、走り抜けるノーンはその場の誰よりも想いやっていた。
「ああもうまったく! 風邪を引く前に着替えさせないと」
* * *
「なんだぁ今のは?」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の問いに、トゥリン・ユンサルは首を振って、たった今不思議な茶色い生き物に返されたタオルを、背負っていた白いウサギを模したぬいぐるみバッグにしまい込む。
一月程前、ひょんな事からパートナー契約を結んだ相手、タチヤーナ・ミロワはこの嵐の中何処かへと消えてしまった。
携帯は、(――予想通り)出ない。
一向に見つからない影に途方に暮れて母校の葦原の校舎を彷徨っていたところ、知り合いの唯斗が声を掛けてくれた。
それから何だ彼んだでちびっ子に甘い方な彼は、トゥリンについて回ってくれている。
トゥリンの話を聞いてタチヤーナの行動を推測し、蒼空学園にやってきたのも、元々は彼の提案だった。
「あのアレク――隊長を慕っている部下ならあり得るかもしれない」
理由はそんなもんだが、トゥリンには成る程と思わせるところがあったらしい。
自分とあと二人を除いた他の隊員は皆、隊長――アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)を敬畏している。
一人のカリスマで成り立っていると言って良い私設軍隊だから、尉官に寄せられる崇拝に近いそれは『嵐の中で挨拶に行こう!』等という異常なものすら可能にさせそうだと思うし、その上タチヤーナは一言で言って変わった女なのだ。
「今一度、彼女の特徴だけど――」
タチヤーナの事をよく知らない唯斗の確認に、トゥリンは頷いて背伸びし、唯斗の頭の辺りで掌を水平にポーズした。
「背は……アンタと同じ位」
男としては少々寂しい表現だが、相手は外国人だしそこは目を瞑ろう。
「ロシア人――スラヴ系で黒い髪。目は青い、アドリア海みたいに」
「それで軍服、と」
「プラヴダの、戦闘服――皆が戦闘で着てた迷彩じゃない方だよ。分かる?」
優秀な参謀の死後、適当な隊長と輪をかけて適当な副隊長、そして小回りのきく一等軍曹が取り仕切るようになった結果悪ノリは助長され、最早組織名すら隠そうともしないその名前を出しながら、トゥリンは首を傾げ唯斗を見上げる。
「あの――色んな所がでか……豊満なお姉さんとか、ギャルっぽい子が着てるやつだよな」
「あんなに着崩してない。
アタシは身体が小さ過ぎて戦闘の迷彩は合わなかったし、ズボンも履けなかったから、危険が無ければ何でも好きなのを着たらいいってアリクスは言ってくれたけど、いくら変な軍隊でも本来軍服をあんな風に着る事は許されてないよ」
目的を捜索する為歩き出しながら、トゥリンは怒った様に小さくて細い腕を、何時も彼女の隊長がそうしているように組んでいた。
「じゃあパンツスタイル」
「うん。でも――首にネックマフをしてる」
「この時期に?」
「umm……、こう、して」
トゥリンはやはり中央に白いウサギが描かれたTシャツの愛らしいリボンがあしらわれた襟を首の上まであげる。
「こうすると」
そしてそれにすりすりと頬を寄せるアクションをした。
「気持ちいいんだって」
小首を傾げて言い終える姿に、唯斗は何となくきゅんとしてしまった。これが庇護欲――否、父性のなのだろうか。
思わず出た締まりのない表情に、トゥリンは片眉をつり上げてそっぽを向いてしまう。
「何その顔、気持ち悪……」
口ではそう言っているのに、頬が一瞬赤く染まった事を唯斗は見逃さなかった。
「(何この生き物! 可愛い!)」
顔を半分覆うような忍び装束の下でにやけながら、唯斗は迷い無くトゥリン廊下を進んで行く後ろを影のようについて行った。
タチヤーナを捕獲するのには、何となくだが策はあるのだ。
でもこの少女の可愛らしさをもっと見ていたくなってしまって、唯斗は隠し球のようにそれを持ち続けていた。
* * *
トゥリンと唯斗が去って行った入り口で、杜守 柚(ともり・ゆず)は瑠璃色の瞳をぐるぐるに回していた。
肩の近くにあるのは高円寺 海(こうえんじ・かい)の顔で、その声に、近過ぎるその距離に柚はもじもじ胸の前で指を絡ませている。
彼女は海に恋をしていた。
周囲には少々分かりやす過ぎる位のその感情は、赤い色となって彼女の頬を染め上げている。
「悪い、近過ぎた」
ぱっと身体を話した海に、柚はぶんぶんと首を横に振って、それから安堵と少しの残念な気持ちに息を漏らした。
大雨の音と、彼の背の高さに追いつけない柚の小ささを気遣ってそうしてくれていたのだ。嬉しく無い訳はないし、心の奥底でもっと近付きたいとすら思ってしまうのは多くを望み過ぎだろうか。
こうして海の姿を見つめている時は夢の中に居るようだが、恐ろしい雷音は彼女の乙女心を現実へと引き戻した。
それ程弱い訳ではない。けれどじゃあ、強いのかと言ったらそういう訳でもない。
恋する乙女は、『恋する』の部分を剥ぎ取っても乙女なのだ。
徐々に近寄って来る雷音に目眩がしそうだ。
海の方は、相変わらず女性が苦手で、自分を慕ってくれる彼女を未だどう扱っていいのかわからない部分もあった。
しかし柚と過ごした日々は、心の距離はそこまで遠くは無い。さっきも一緒に帰ろうとしていたくらいなのだ。
今も無理をしている彼女にすぐに気がついて、海は彼女の小動物のように愛らしい顔を覗き込む。直前に、女性に対して距離が近過ぎたと反省した己を忘れながら。
「怖いのか?」
「建物の中だから、落ちても大丈夫だと思うんですけど――怖いです」
素直に口に出した柚に頷いて、さて彼女の恐怖を和らげるにはどうしたものかと逡巡していた時だった。
雷が落ちた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げて、柚小さなの身体がしがみついてくる。
肩が小刻みに震えているのが腹の辺りに直接感じられた。
やがて低くなって行った音に、柚ははっとして海の顔を見上げた。
「ご、ごめんなさい!!」
頭より身体が先に動いていたらしい。
海は自分に安心感を求めてくれた少女の背中に手を回して、ほんの少しの間大事なものを抱え込む様にすると、そっと身体を離した。
抱擁は人のストレスを緩和することが出来るらしいから、柚の恐怖もこれで少しでも和らいでくれるといい。
そう思っての行動だったのだが、改めて見た柚は海の顔を凝視したまま動かない。
「まずかったか?」
聞いた海に柚は「ううん! ううん!」と懸命に首を横に振っている。
やはり女の子は良く分からない。
下を向いて暫く考えて、海は自分の趣味と実益を兼ねた提案を口にした。
「取り敢えず……体育館にでも行こうと思うんだ」
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